二十四話 旅路

 俺、ローラ、ステーマルの三人でアジトを出発する。もちろん徒歩だ。


 アジト出発前に打合せをしようと思っていたが、予想よりも時間がなくてそのまま出発する事になってしまった。

 一応荷物としては最低限用意しているので、行動するだけなら問題はないはずだが。


「ステーマルさん、サドーの町はここからどれくらいですか?」


「やめてくれい、敬語なんてサブイボが立つわ。呼び捨てでいいし、敬語もいらね」


 そう言われても、すぐに変えられないのが日本人だ。


「だいぶ年上の人にそこまで無礼な事はできないですよ……」


「盗賊やってて無礼もへったくれもあるかよ。お前は変な奴だなぁ」


 それ、シエラにも昔言われたわ。


「そうよ! こいつは変なの! ステーマルが良いって言ってるんだからいいじゃない! ね、ステーマル?」


「お、おう。お前も変な奴だな……」


 そうなんです、むしろそいつの方が変なんです。可愛い見た目に騙されないで。


「それで、サドーの町だな? 町までは徒歩で一日ってとこだな。だがお前らみたいな子供がいるともう少しかかるか。途中で一泊する事になるだろう。平気か?」


「はい、大丈夫です。あの、俺は町に入るのが初めてなんですけど何か気をつけておくことはありますか?」


「そだなぁ、サドーの町は金回りが良くて栄えてるな。だが貧富の差が大きくて、悪い奴も多い。突然殴られるとかはないが、スリ、強請りとか他の町より多い気がする。あー、後初めてだと町に入る時に身分確認されるな。盗賊ですなんて間違っても言うなよ?」


 当たり前のことだな。でもローラなんかは気を付けないと何を言い出すか分からない。そこはちゃんと言い聞かせておかないとな。


「じゃあ俺達はなんて言って入れば?」


「ああ、そこはオイラがなんとかする。依頼中に拾った孤児だとか言えばまずは町には入れる。そこから代官府に行って身分証を作ってもらう事になるがな」


「でもそれだと俺たちとステーマルさんとの関係を疑われる事になりませんか?」


「最初は仕方ねえだろな。そこから極端に接触しなけりゃ多分繋がりは見つからねえ。ハンターズギルドにもお前らだけで行って登録してもらう事になる。むしろそこだけは絶対にオイラと一緒に行っちゃなんねえ。ガキンチョ連れてギルドに行けば、誰がどう見てもオイラが後見人って思われちまうからなあ」


「ああ、なるほど。納得ですね。シエラさんが頼っているのも頷けます」


「へへ、よせやい。シエラの姐さんには返しきれねえ恩がある。お前らの面倒みるくらい訳ねえさ。それよかよ、やっぱお前歳の割に面白えな。この仕事終わったらマジでオイラと組んで仕事しねえか?」


 ステーマルが割と真剣な目をして俺に躙り寄る。ははは……と曖昧な返事で誤魔化すのはサラリーマンの得意技だぜ?


「それで、今回の仕事ですけど、シエラさんからは領主の弱みを握ってこいとしか言われてません。具体的にどうすればいいですか?」


「ああ、それはな——」


 ステーマルから詳細な内容を聞いて、俺は不安しかなかった。主にローラの事で。


 今回の任務では、ハンター、それも駆け出しのド新人に見える事が重要だ。俺たちは十歳前後だから見た目では新人で問題ないだろう。だけど態度だな。田舎の子供みたいな奴を演じないと怪しまれてしまう、と思う。

 こう見えてローラは、本人曰く良いところの出身みたいだ。確かに態度もデカいし毛並みもいい。それでいて魔術師という、多分稀な存在である。


 そんな奴が、新人です! 下働きします! は正直違和感バリバリだろう。違和感を感じる相手に人は警戒をする。警戒されたら入る情報も入らなくなる。なぜシエラは今回の仕事はローラじゃなきゃ無理だ、と言ったのだろう。見た目だけか?

 俺も込みでの作戦だと信じたいところ。


 頭の中で作戦のシミュレーションをしながら道を行く。初めての事だから想定外の事も多いだろう。何パターンか考え、その範疇で物事が推移してくれれば助かるなぁ。不確定要素の多くは、今まさに角兎を追い回してるアイツなんだけど……。


「さぁ、今日の夕飯が獲れたわ! この辺で野営とするわよ!」


 角兎を仕留めたローラがドヤ顔で戻ってくる。なんでお前がリーダー風なんだ。本当のリーダーであるステーマルはローラの態度に何も文句は言わないし。

 仕方なく街道脇の待避所? 馬車が避けたり、旅人の休憩所になっている所に腰をおろす。

 長旅ならタープのようなテントも用意するそうだが、一泊程であれば焚き火だけで夜を過ごすのが常識のようだ。


 焚き火を囲み、ローラが獲ってきた角兎を捌く。もちろん俺も出来るが、学べる事もあるかも知れないのでステーマルにお願いをした。流石、現役のハンター。まるで手品の様に見事な解体芸を見せてくれた。


 兎肉を食べ、お湯を飲みながらステーマルをじっと見る。サル顔のハンターだとは思っていたけど、これは良く見ると……。名前もステーマル、ステマル、捨て……。そしてこれから行くのがサドーの町か。茶道なのか、作動なのか、佐渡なのか……。

 おっと、これ以上はいかんな。一人であたふたしている俺を、すてま……ステーマルが疑問の目で見ている。


「あんた、食べないならアタシが貰うわよ?」


 ぱくっ


「あぁっ!?」


 ローラに晩飯を取られた……。くそっ、あいつがあいつにそっくりなのがいけないんだ!!



 ※ ※ ※ ※




 翌日の昼過ぎにサドーの町に着いた。ここからは俺もローラも孤児プレイだ。装備は一旦外し、ステーマルの荷物の中に紛れさせる。

 遠くから町を見ると、裏手に大きめの山があり、手前には半円に壁が町を囲っている。城壁というのか市壁というのか不明だが、それなりに立派な壁だ。少々の魔物の群れでは全く問題なさそう。

 その市壁の入り口、門の所に列が出来ているので俺たちも黙って並ぶ。入門の列はそこまで長くなく、すぐに俺達の番だ。


「町への目的は?」


「ハンターギルドの依頼が終わったんで、帰ってきました」


「ふむ、確かに。それで、そっちの子供達は?」


「山の中で獲物を追っていたら、たまたま遭遇したんでさぁ。どうやら村を魔物の群れに襲われて逃げてきたらしいんで、オイラが保護しました。まぁ、可哀想ですが孤児ですなぁ」


「そうか……。お前達、怪我はないか?」


 衛兵の言葉に無言で頷く俺達。


「なら、よかったな。悪いが俺は何もしてやれない。だが二人で協力すればこの町でも生きていけるだろう。ほれ、割符だ。これを待って手続きすればこの町の住人になれるからな、頑張れよ」


 衛兵に見送られながら門を後にする。なんだか悪人が多いと言われていたから拍子抜けしてしまった。


「あの人、普通にいい人でしたね。みんなあんな感じなんですか?」


「バカ言っちゃいけねえ。この町の衛兵でまともなのはアイツだけだ。他は賄賂なしでは町にも入れさせねぇ碌でなしだ。今日は本当ついてたぜ」


 お人好しの衛兵はロックと言うらしい。覚えておこう。


「さて、オイラの役目はここらで一旦終わりだ。まずは役所に行って、住人登録をして身分証を貰ってくるんだぞ。それからの事はこの手紙に書いてあるから、良く読んでおいてくれ。ほれ、お前らの荷物だ。あー、そうそう、宿屋は『風読鴉かぜよみがらす亭』がおすすめだ。今後の連絡については週一くらいで宿屋に手紙をだす。それを確認してくれ」


 と一息に言って、ステーマルは去って行った。最後にポンと革袋を渡してきたのは恐らく当座の活動資金だろう。行き連れの孤児に渡しても怪しくないサイズで、でも実際は充分な金額が入れてあるはずだ。多分……。


「さて、じゃあ役所に向かおうか」


「…………」


「あれ? ローラ、どうしたの?」


「あんたさ、町に入ったの初めてなのよね?」


「ああ、そうだな。生まれは村だし、しかも奴隷だったから町というか人がこんな沢山いるところは初めてだよ」


「だったら、なんで驚かないの? 人の多さとか、建物の大きさとか。それに役所とか、何をするところかアンタ知ってるの?」


 うっ。ローラの癖に鋭い。

 正直言えば、日本の田舎町よりもよっぽど栄えてないこの町で、驚くことなんて何もない。あえて言えば異国情緒溢れるところに感動はしているが、打ち震えるほどではない。ローラはそれが気に入らなかったんだろうか。

 だがここは上手く誤魔化さなくては。


「だってさ、ローラ。俺達は今、魔物の群れに滅ぼされた村の孤児だ。運良くハンターに拾われて、ギリギリ命が繋がっただけ。なのに町に入っただけで喜んでいたらおかしくない?」


「ううん、だからこそだと思うわ! だって、生きていられたのよ!? 村が無くなって、みんな死んでしまったのにアタシたちは生きてるのよ!? これは喜ぶべき事なんじゃないかしら。どこに行こうとも、何をしようとも、アタシたちは生きていかなきゃならないの。まずはその命が繋がった事に感謝して、全てにおいて感動する事が当たり前よ! アンタももっと感情を表に出すべきね!」


 …………。

 ローラが凄いまともな事を言ってる。しかも説得力がある。

 俺は確かに大人しくしていた方がいいと思った。目立ちたくなかったし。

 だが、ローラは実際に自分の町を壊滅させられた人間だ。町や家や家族をなくし、単身盗賊を追いかけてきた激情型の人間だ。ローラは少し極端だが、多くの人はきっとそういう感情を抱くのだろう。そんなローラの言葉に、俺は酷く感銘を受けてしまった。


「そうか、そうだね。ローラの言う通りだ。俺は少し考え過ぎていたのかも。無事に町に着いたことを喜ぶべきだよな。よし、よし、いくぞ! 俺は、俺達は生きてここまで来たんだーー!! 絶対に、絶対に生き延びてやるぞーーー!!!」


 町の真ん中で大声で叫び、感情をあらわにしてみた。どうだ! こんな感じか?


「え、何それ。ドン引きなんだけど」


 すっごい目で俺を見ながら、ローラは俺から静かに離れていった。




 ※ ※ ※ ※



 ローラの策略により強制羞恥会を開催させられた俺は、足早に広場を抜け出し宿へと向かった。出来ることならこのまま二度と宿屋から出たくない。任務なんか知らぬ。俺の心の平穏の方が大事だ。


 隣でくつくつ笑い続けてるローラにも腹が立つ。いや、むしろこいつが全ての元凶だ。なんとかして辱めを受けさせたいが、今のところ良い案は浮かんでいない。とりあえず晩飯のランクを下げてやろう。


「あーっはっは、あははは。まさかアンタがあそこであんな事を言うなんて思ってなかったわ! アタシをここまで笑わせるなんてやるじゃない! 自信を待って良いわ!」


 なんの自信だよ。お笑いでグランプリでも目指すか? 俺はこのままで終わらせるつもりはないぞ?


「ふふ、それで、この後はどうするのよ、ふふふっ」


「とりあえずは役所に行って手続きだな。そのまま町を廻って服とか必要な物を買いに行く。ギルドへ行くのは明日以降にしようと思う」


「ええ、構わないわ、ふふっ。あんたはてっきり暫くは宿から出ないのかと思っていたわ。ほら、気が変わらないうちにさっさと行くわよ!」


 ぐうっ、ローラに見透かされているなんて、なんたる屈辱! 俺は任務の成功よりもローラへの復讐を心に誓った。

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