13.事件の真相・後編
シュゼットがそれを尋ねようとした時、エリクがクロードの肩をガッと力強く掴んだ。
「お前の行動の動機はわかった。でも、人の生活を脅かすことは許されないことだ」
クロードはまた口をへの字にしてそっぽを向いた。
「医者を目指すなら、精神的な苦痛をかけられた人間の体調への影響は考えるべきじゃないのか」
クロードはゴクッと唾を飲んで、下を向いた。
「シュゼットならどうなっても良いと思ったのか」
「……俺は、ただ、ダミアン先生の役に立ちたくて」
クロードの肩を掴むエリクの手に力が入った。
「だったらもう二度とやり方を間違えるな、クロード。自分の気に入らない相手を攻撃することに労力を使うんじゃなく、大事に思うダミアン先生自身のために、仕事で役に立つんだ。それこそニノンみたいに独り立ちして、少しでも実践的にダミアン先生を補助するのもいいな」
クロードの肩がピクリと反応した。
「ダミアン先生をないがしろにするような声を実際に聞いたのか?」
クロードは小さく首を横に振った。
「シュゼットがいるからと言って、ダミアン先生が魔法治療に手を抜いたことがあるか?」
クロードは今度は少し大きく首を横に振った。
「患者のところに行く頻度が減ったか? 行くのを面倒くさがったりしてたか?」
クロードはブンブン首を横に振った。
「それならお前の知るダミアン先生も、周囲の人間も、何も変わってねえじゃねえか」
クロードの目から涙がこぼれた。
「……でも、悔しかったんだ。ずっと、ダミアン先生に、憧れてたから……」
「それならなおさら、お前自身が医者になることに
エリクの優しい声色に、クロードは小さくうなずき、ますます涙をこぼした。そして、シュゼットの方を見た。その瞳に、もう悪意はないように見えた。
「……怖い思いさせて、ごめん」
シュゼットは小さく首を横に振り、クロードのそばに屈みこんだ。
「……何の慰めにもならないかもしれないけど、話すとね。わたしの自然療法は、魔法治療よりもずっと時間がかかるし、完璧に病気を治す力はないんだ」
クロードはポカンと口を開け、しばらく黙ってから、絞り出すような声で「……そう、なのか」と言った。
「うん。症状を緩和させたり、予防に役立ったり、改善する手助けをしたり。だから、魔法治療とは似て非なるものなんだ。クロードに同等に見てもらって、むしろ恐縮するくらい……」
シュゼットは両腕で自分の体をギュッと抱きしめた。
なぜか、そうしていなければ、泣いてしまうような気がした。
――だって、一番助けたかった人は、助けられなかったもん。
それって誰?
シュゼットは自分の思考に自分で問うた。しかし答えはわからなかった。それはまだシュゼットが取り戻していない前世の記憶だからだ。
「だからね、わたしは病気をきちんと治してくれる魔法治療をしてくれるダミアン先生のことを、尊敬してるんだよ」
「……本当に?」
「本当だよ。この町に来た時、こんなに優しくて立派なお医者さんがいて良かったって、心から安心したもん」
クロードの目から滝のような涙があふれてきた。
こんなにも慕ってもらえるなんて、ダミアン先生は幸せ者だな、とシュゼットは思った。
「……俺、あんたのこと、誤解してたんだな」
「当然だよ、話したこともないんだから。でも今知ってみて、どう? 少しは安心した?」
「……うん。全然違ったんだな、ダミアン先生とあんたは」
クロードは鼻をすすると、涙の浮かんだ目で、シュゼットをまっすぐに見た。シュゼットも姿勢を正す。
「……本当に、ごめんなさい」
「もうしねえな?」
エリクの問いかけに、クロードは力強くうなずいた。
「もう絶対にしない。ごめんなさい、シュゼットさん」
シュゼットは口元に微笑みを浮かべて「はい」と優しく答えた。
「あっ。ただね、クロードにもう一つ、話しておかなきゃならないことがあって」
クロードは落ち着いた声で「うん」と言う。
「おこがましいかもしれないけど、わたしも、自分の自然療法で、町の人の力になりたいとは思ってるんだ。今みたいに冬風邪が流行る前なら、予防方法をみんなに伝えたいと思うし、もし冬風邪に罹ってしまった人がいたら、少しでも症状を楽にしてあげたいって思うんだ」
「うん」
「だから、それはクロードが嫌だって言っても、やるから。それは、知っておいてほしくて」
クロードはもう一度「うん」と言い、少しだけうつむいて黙り込んだ。
――やっぱりダミアン先生の仕事を取ろうとしてるって思われるかな。
シュゼットはいつもよりも早く動く心臓の鼓動を感じながら、ジッとクロードを見つめた。
クロードはゆっくりと顔を上げ、いつの間にか雲が晴れた夜空を見上げて口を開いた。
「……ダミアン先生が、前に言ってたんだ。病気で苦しむ人は、一人でも少ない方が良いって。病気になって苦しんでいる人を助けるために、先生は医者になったんだって。俺も、そう思う。俺も、だから医者を目指してる」
クロードの目がシュゼットを捉えた。その目には微笑みが浮かんでいた。
「だから先生は、病気になる人が少ない方が喜ぶと思う。予防できるって知ったら、喜ぶと思う」
「……本当に?」
「うん。先生がうれしいなら、俺もうれしい」
クロードはニコッと笑って、シュゼットの方に少しだけ体を動かした。シュゼットも屈んだまま一歩クロードに歩み寄る。
「一緒に町の人の健康を守ってくれるか?」
「もちろんだよ。やり方は違うけど、向かってる方向は同じだからね」
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