12.事件の真相・前編

 シュゼットたちに気が付いたエリクは、目を見開いてから、すぐに冷静な顔になった。


「シュゼット、下がってろ」

「エリク。その人、なんなの」

「コイツは……」

「お前に嫌がらせしてたのは俺だよ」


 エリクに押さえつけられている人物が、じりじりと顔を上げて答えた。

 ドアから漏れるかすかな光ではわからないが、その顔はシュゼットとほとんど年が変わらないように見える。すると、ニノンが「あー!」と声を上げ、押さえつけられている男にデデデッと近づいて行った。


「やっぱりクロードだ! 声で『もしかしたら』って思ったんだよ! あんたが犯人だったの!」

「知り合いか?」


 ニノンは怒りで体をぶるぶる震わせながら答えた。


「知り合いも何も! ダミアン先生のところの同僚だよ!」


 ニノンはクロードの顔をつかみ、自分の方を向かせた。


「何してるのさ、クロード! わたしの親友に!」

「うるせえよ、ニノン! 俺はただ……」

「ただなんだっていうのさ!」


 ニノンの怒鳴り声があたりに響き渡る。すると、家の中からブロンを抱えたアンリエッタが恐る恐る出てきた。シュゼットは急いでアンリエッタに駆け寄る。

「出てきちゃだめだよ」

「大丈夫よ。ニノンもエリクもいるもの。それにこれ」


 アンリエッタの手には、太いロープが握られている。シュゼットはロープを受け取ると、ゆっくりとエリクたち方に歩み寄った。相変わらずニノンに怒鳴られているクロードと目が合う。その恨みに満ちた目に、シュゼットはグッと唇をかんだ。


 ――やっぱり予想通り、同業者だったんだ。あの目は、わたしが医者の仕事をとってるって思って、恨んでるのかな。


 ロープを受け取ったエリクは、先に手の自由を奪ってから、体全体をぐるりと縛り上げた。

 縛られた体全体を見てみると、やはりクロードはシュゼットと年の変わらない青年に見えた。


「これで魔法も使えないな」

「さあ、話してよね、クロード。どうしてシュゼットに嫌がらせなんかしてたのか」


 ニノンは鋭い目で睨みつけながらクロードの脇腹に手を近づけ、「言わなきゃくすぐるよ」と脅した。

 クロードは口をへの字にしてそっぽを向く。ニノンは「往生際が悪いぞ!」と言って、クロードの脇腹をくすぐった。


「バカッ、やめろよ、ニノン!」

「あんたが話す気になったらやめるよ!」

「だって、お前は嫌じゃないのかよ! 得体の知れない民間療法で、ダミアン先生の仕事を取られて!」


 クロードは身をよじりながら怒鳴った。


「嫌なわけないじゃん! わたしはシュゼットと友達なんだから」


 ニノンは手を止めて言い返す。すると、クロードは涙の浮かんだ瞳で訴えた。


「医者の立場として聞いてるんだよ! こんな俺と年の変わらない奴が、みんなからちやほやされて、褒められて。面白くねえよ! ダミアン先生はすごい医者なのに!」

「シュゼットの民間療法と、ダミアン先生がすごい医者なことは関係ないでしょう!」

「落ち着け、ニノン」


 興奮で顔を真っ赤にしているニノンを、エリクが止めに入った。

 ニノンがふうふう息をつきながら離れると、エリクは鼻をすするクロードの前に屈みこんだ。その顔は落ち着きを払っている。


「お前は、クロードは、シュゼットがダミアン先生に取って代わる存在になるんじゃないか。それを危惧して、シュゼットの仕事をやめさせようとしたってことか?」


 クロードはプイッとそっぽを向く。その仕草や表情は拗ねている子どものようだ。シュゼットは、ひょっとしたらクロードは体が大きいだけで、思っているよりも年下なのかもしれない、と思った。

 エリクはまるで石のように動かずに、ジッとクロードを見つめている。その無言の圧力に負けたのか、クロードはそっぽを向いたまま、ぼそぼそと答えた。


「……だって、ダミアン先生は、ずっと一番すごい人だったんだ。町のみんなの健康を、一番に考えて、いつだって患者のもとに駆け付けて。……なのに、一年前に、町に帰ってきたら、『シュゼットに聞いてみよう』とか、『シュゼットのおかげで元気になった』とか、話してるのをよく聞くようになって」


 一年前っていうと、嫌がらせが始まったころだ、とシュゼットは思った。


「ダミアン先生がないがしろにされてる気がして、それが、嫌だったんだよ!」


 クロードはずっと黙っているシュゼットをキッとにらみつけた。


「なんでさっさと止めなかったんだよ!」

「……それは」


 ――頼ってくれる人がいる限り、続けたいって思ったから。


「ドア叩いて脅したり、夏からずっとしつこく手紙を送ってやったのに! 全然堪えないんだもん!」

「……えっ」


 シュゼットは目をパチパチさせた。

 嫌がらせの手紙は、エリクが一緒に暮らすようになってからピタリと来なくなっている。

 一体どういうことだろうか。

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