5.冬支度(2) ロウソク作り・後編

「――あら、なんか甘い香りがする」


 キッチンに入ったロラはクンクンと鼻を動かし、あたりをきょろきょろした。それに気が付いたアンリエッタは、手を止めて「こんにちは」と声をかけた。すると、ロラはピシッと姿勢を正した。


「お邪魔します。シュゼットの友達のロラといいます」

「わたしはシュゼットの祖母のアンリエッタよ。よろしくね」


 ふたりがにこやかに握手を交わすと、シュゼットはアンリエッタにみんながロウソク作りを手伝ってくれることを話した。


「それじゃあ最初の作業を教えるわね。ロウソク作りをするには、最初にミツロウを溶かす必要があるの。今がその作業中よ」


 アンリエッタはロラに鍋の中をのぞくように言った。二つの大きな鍋の中にはお湯が張られ、その中にはそれぞれ小さな鍋が置かれている。小さな鍋の中身がミツロウだ。鍋の中のミツロウはもうほとんど溶けている。


「ハチミツみたいな色ね」

「それを木綿糸をつけて、少しずつ太くしていくんだ。はい、ロラの分」


 シュゼットはロラにロウソクの長さに切った木綿糸を渡した。縫い糸よりも太く、しっかりとした糸だ。

 糸を両手に持ったリアーヌがロラの隣に立ち、先生のような顔で話し出した。


「この糸を上五センチくらい残して、ミツロウに漬けるの。そうすると、糸の周りにミツロウがくっつくから、それを何度も繰り返す。大体二十回くらい繰り返すと、よく見るロウソクの太さになるよ。ちなみに、ロウソクはゆっくり漬けること。でも長く入れすぎると、ロウソクが変な形になるから、ミツロウの中に糸を留めないことが大切よ」


 ロラは眉間にしわを寄せ、「気を付けることが多くて、ちょっと難しそうね……」とつぶやく。


「聞くよりやってみる方が早いって! アンリエッタさん、もう良い?」

「ぜひお手本になってあげてちょうだい、エクトル」


 エクトルはロラに「よく見てろよ」と言い、木綿糸をミツロウの中に入れた。ゆっくりと下まで入れ、上の五センチだけ残すと、同じ速度でゆっくりと引き上げる。すると、糸の周りには薄オレンジ色のロウが付着していた。ロラは「すごい!」と声を上げた。


「ロウが固まる前に、形をきれいに整えて……」


 ロウつきの木綿糸を作業台に乗せたエクトルは、慣れた手つきで糸をまっすぐに伸ばした。


「よしっ。これで土台が完成! あとは今と同じようにロウに入れるんだ。シュゼットが言うように二十回くらいかな」

「やってみたい、やってみたい!」


 ロラは木綿糸を持った右手を上げ、その場でピョコピョコ飛び跳ねた。


「おうっ、やってみろ!」


 シュゼットは興奮するロラの肩をなでながら「気を付けてね」と言った。




 にぎやかなロウソク作りは日が沈む前に終わった。

 途中の昼食では、シュゼットとアンリエッタが腕によりをかけてハーブ料理を作った。お腹がいっぱいになった子どもたちは益々やる気になり、午後は午前の倍もテキパキと動いてくれた。ロラも息苦しそうな顔をすることはなく、常に笑顔が絶えなかった。


 最後に、全員で協力して地下室に手作りロウソクを運び終えると、シュゼットはみんなにお礼を言った。


「――みんなのおかげで、必要な分ができたよ。これで冬も明るく過ごせるね」

「シュゼットの役に立ててよかったあ」


 少し疲れたのか、あくびをしながらそう言うコラリーを、シュゼットは「ありがとう」と言って頭をなでた。


「わたしこそ、楽しい体験をありがとう、シュゼット、それにみんなも。わたし、ロウソク作り大好きになっちゃった」

「それならうちのロウソク作りにも来る?」


 クレールがニヤリとしながら尋ねると、ロラは満面の笑みで「喜んで!」と答えた。


「えっ、冗談だよ。もっと楽しいことして遊ぼうぜ」

「ううん。わたし、今は何でもやってみたいの」


 そう話し出したロラの瞳に、眩しい光が宿った。自分の未来を暖かく見据える瞳だ。


「みんなが当たり前にやってきたことのほとんどを、わたしはやってこなかった。体のせいだから仕方ないんだけど、やっぱり寂しいのよね。だから、いろんなことを何度だって、たくさん経験したいの」


 その言葉に、シュゼットの胸は熱くなった。

 ロラの容態が良いのももちろん嬉しい。しかしそれ以上に、寂しさを感じていたであろうロラの世界が、これから広がっていくことが嬉しかった。

 ロラはきっと良くなる。シュゼットはこの時そう強く感じた。


「……良いね。わたしもロラと一緒に、いろんなことがしたいな」


 シュゼットがそう答えると、ロラは笑顔で「ありがとう」と答えた。



 ちょうど家に帰ってきたエリクは、ロラたちと共に微笑み合うシュゼットを見ると、ホッとしたような顔で笑った。


「今日も楽しかったみたいだな」

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