「ただいまー」

「キャンッ！」

「おかえり、シュゼット、ブロン」

　安楽椅子（あんらくいす）に座る祖母のアンリエッタがゆっくりと立ち上がると、シュゼットは荷物を投げ置いて、アンリエッタの体を支えた。

「おばあちゃんったら、無理しないで。今は足が悪いんだから」

「ふふふ、つい動きたくなっちゃうのよね」

「その分わたしが動くから、してほしいことがあるなら言って」

「それなら、今日もただいまのハグをしてくれる？」

「喜んで！」

　シュゼットはアンリエッタをきちんと座らせてから、ギュウッとアンリエッタに抱き着いた。ブロンもクンクン甘えた声を出しながら、アンリエッタの足にからみつく。

「ただいま、おばあちゃん」

「はい、おかえりなさい」

　ふたりは顔を見合わせてフフッと笑った。

「今日もお客さんに喜んでもらえた？」

「うん。ドニさん、頭痛がすごく良くなったって、喜んでた。それからバルバラも、半年かけて肌がきれいになって、意中のお相手とお付き合いすることになったって報告してくれたんだ」

「まあ、それはすごい！　シュゼットの植物の才能は本当に素晴らしいわね」

「ありがとう、おばあちゃん。ドニさんったらちょっと多く支払ってくれて、自家製のジャムまでくれたんだ」

　シュゼットはさっきもらった真っ赤なジャムが入った瓶を振って見せた。

「ありがたいわねえ。ドニさんのジャムはおいしいもの」

「そうだね。あ、でもこの話はまた後でね。すぐに夕食作りするから」

「頼むわ。わたしは香り袋を縫ってたところだから、もう少し進めちゃうわね」

「ありがとう、お願いしまーす」

　シュゼットは買い物カゴをテーブルの上に置くと、リビングルームと隣り合っているキッチンへ向かった。

　竈（かまど）にマッチで火を熾し、コンロの上に水で満たしたヤカンと水を入れた鍋をのせる。お湯が沸騰する間に、手早く野菜を切り始めた。

「そういえばドニさんの家は、魔法動力のコンロを買ったんだって。すっごく高かったから、その分のお金を稼ぐのにがんばったら頭痛になっちゃったみたい。朝から晩まで働いてるって奥さんがぼやいてたから」

　シュゼットがキッチンから大声でそう言うと、アンリエッタも声を張り上げてきた。

「それは大変だったわねえ。でも、便利なのはわかるけど、心配をかけるほど体調を崩したら本末転倒ね」

　アンリエッタの最もだが辛口な意見に、シュゼットは思わず「確かにね」と笑ってしまった。

　魔法が存在するこの世界では、あらゆる仕事が魔法で行われている。コンロに火をつけるのも、パンを焼くのも、洗濯をするのも、病院の治療も、汽車の走行も。

　しかし魔法が動力となっている仕事は、とにかく値段が高い。

　そのため、その日暮らしのお金しか持たず、魔法が使えない者は、マッチで火をつけて料理をし、冷たい水で洗濯をし、小麦粉を練ってパンを作り、馬車や徒歩で移動したりしている。

　病気になった時も、平民が高価な魔法医療を受けられるはずもなく、栄養のあるものを食べて寝ているか、教会の作った薬を飲むか、民間療法に頼るしかない。

　そこで、シュゼットの出番だ。シュゼットはアロマとハーブの知識を生かし、平民向けの民間療法を仕事にしているのだ。

　今日は役場仕事で頭痛に悩まされているドニのもとを訪ねた。カモミールとラベンダー、それからイランイランのアロマオイルでトリートメントを、一か月間三日おきに施したところ、かなり頭痛が良くなり、肩も軽くなったと笑顔を見せてくれた。

　自分のアロマテラピーによって健やかな表情に変わったお客を見ると、シュゼットも嬉しい気持ちになった。

　――やっぱり、これは神から与えられた使命だ！

　そう思わずにはいられなかった。

　本当は前世の記憶がよみがえっているだけだが……。

「――そういえばね、おばあちゃん。今日、驚いたことがあったんだよ」

　シュゼットは皿を出しながら、道端で眠っていた青年の話をした。

「固い地面で寝ちゃうなんて、よっぽど疲れてるのね」

「あんまり心配だから、余ってたラベンダーの香り袋をあげたんだ。あれで少しは良く寝れると良いんだけど」

　シュゼットはハーブ入りのポトフを、ふたりの皿に同じ量だけ取り分けた。

「きっと大丈夫よ。香り袋にはシュゼットの愛情も入ってるもの」

　アンリエッタはパチンと片目を閉じて微笑んだ。シュゼットは微笑ながら「そうだと良いな」と答えた。