第3話 狐火・三
ほどなくして、晴明がひとつ
空は澄んで高く
時は
「ところで
「申し遅れました。坂田は
「ふむ、頼光殿の御供か。ならばしかたあるまい。して、碓井は?」
「
「ふむ……。郷里の災難となれば大事じゃ、やむを得ん。して、卜部は?」
「は、奴は近つ
「ふむ、釣りとな?」
「はい、釣りに」
「……」
「……」
「釣り?」
「釣りにございまする」
暫しの間をおいて晴明が目を剥くと、右手を挙げてばしりと膝を叩いた。
「……
「晴明様、お気をお鎮めになって。文語になっておられますぞ」
「
「晴明様もご存知でございましょうが……奴は一度決めたことは曲げない男でして。あらかじめ
「わしよりも釣りが大事か、呆れた奴よ」
怒りの面を解くと、晴明は言葉通りの呆れ顔になって、溜め息をひとつ洩らす。
「晴明様が
「ううむ……。ぬう、そなたらに初めて
「いやぁ……ははは」
「そなたら四人、一人ひとりならば文武両道、礼節も
「いやぁ……面目ございませぬ」
「これも頼光殿が好きにまかせて放任されておるのがいかん。あの御仁も明朗闊達なお人ではあるが、すこしばかり豪快がゆき過ぎておるぞ」
晴明が渋面をつくって腕を組む。綱は苦笑した。
こうは言っても晴明が決して本気で立腹している訳ではないのを承知している。三十数歳年長の晴明と彼ら四天王の間柄は、ながい付き合いのうちに恐縮することのない関係が築かれていた。
卜部季武の非礼も晴明ならばどうこう言いつつも腹は立てない、そう見越してのことである。綱は季武が『晴明様に召されるなど、どうせ
実をいえば碓井、坂田の両名も同じようなことを口にしていたのだが、これはさすがに綱の胸の内に
「今日ばかりは大切な話があったのじゃがな。来ない者にいつまでも小言をいうても仕方あるまい。綱、そなただけでも
「心得ました。
綱は
「うむ、わしも
「は、それでいったいどのような……?」
「うむ、ではよいか? 心して聞くのじゃぞ」
「は、
晴明は背すじを立てると腕を組み、そして重々しく口をひらいた。
「
晴明の言葉を聞いた途端に、綱の眼が
「大江山の鬼王、
綱は土器を手にすると、一息に酒を干す。平生の穏かな雰囲気がすうと消え、豪気な
「頼光殿とその郎等の四天王。鬼や
「成る程。これはたしかに火急の用。碓井、卜部、坂田らにも聞かせねばなりませぬな。うむ、首に縄を巻いてでも連れてくるべきでございました」
「もうそれは詮なきことよ。かれらにはそなたから伝えておくのじゃ。とにかく、今までとはちがい手強い物怪に襲われることも増えよう。
「うけたまわりし晴明様が御厚情、身にあまる恩倖でございます。それにしても晴明様、そう遠くない内と仰いましたが、その鬼王討伐の勅命とはいつの頃に下されましょうか……?」
「
晴明はため息をつくと思案するように目をふせる。そして言葉を続けた。
「なにせ
五年前に出家した花山帝の次に
「殿上のことはよくわかりませんなぁ、私には。ただ、関白様の娘御の定子様は、年若くしてずいぶんな才女と聞きましたが?」
「文も歌も
「伏魔殿の内とも知らず、女房たちと蝶よ花よと……」
綱が苦笑まじりに皮肉をぽつりと洩らした。晴明は無言でうなずき、また
庭に散った辛夷の白い花びらが、風でさらさらと音を立てて流れた。
関白藤原道隆と権勢をあらそう弟の
時の殿上は衣冠禽獣のやからが蠢く魔窟である。そして古来から欲と妄執うずまくところに鬼はあらわれる。
(いまの内裏の情勢、まさに鬼のつけこむにはうってつけよ……)
それにしても、と晴明は思う。晴明の前に座るのこの豪勇をもって知られる
晴明は綱の
怪力乱神を幾たびも退けてきた手練の猛者。屠ってきた鬼は数知れぬ偉丈夫。しかしながら綱のその
――これも血筋の為せるわざか、と晴明は思う。
いまでこそ
殿上のことはわからない、と綱はいうが、京からみれば辺鄙の地である東国生まれの武士にしては、かれの出生はいささか高貴なものである。
それでいて頼光四天王の筆頭と呼ばれ、日夜、怪異から都を守るために懸命に戦っている。天皇を
「そなたには嫌味のひとつも言う資格はあるのう。ふふ」
「……お聞き流しを」
晴明の含み笑いにつられ、綱はまた微苦笑を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます