側仕えの日常

アーティの側使えとしての朝は早い。

 朝早く起きまずは自分の身支度を整える。顔を洗い、髪を整えて服を着替える。なんて事ない日常の一部分だが姫に仕える仕事の為自分の身だしなみも手を抜く事は許されない。

 アーティはドレッサーの前で入念に髪を解かして乱れがないか確認する。早起きには慣れているのでテキパキと用意をする。

 自分の支度が終わると今度はフレイルの支度に取り掛かる。洗顔用の洗い桶に水を入れてタオルを用意する。ワゴンでそれをフレイルの部屋まで運ぶ。

 一応フレイルの部屋の扉をノックしてから部屋に入る。フレイルはまだ寝ていた。フレイルが起きていたためしはない。

 アーティはカーテンを開けて部屋全体に日光を差し込ませる。日光を浴びたフレイルは鬱陶しそうに布団の中に潜ってしまった。

 他の側使えと協力して布団を剥がしてフレイルを起こした。

 目が開いていないフレイルをベッドの淵に座らせてワゴンを前に持ってくる。

 フレイルはその場で洗顔をして側使えに顔を拭いてもらった。その間簡単ながら寝起きで乱れたフレイルの髪をアーティは解かしている。

 フレイルが二度寝しないように注意しつドレスルームで今日着るドレスを選ぶ。アーティはこれが苦手であった。

 日用使いのドレスに会食用、会談用、外出用、ダンス用、等どれも豪華なドレスに見えるのに細かく使い分けが必要であった。ドレスを見慣れていないアーティにとって覚える事が多く必死であった。

 ドレスを準備してフレイルの下に行くと布団に帰りそうになっていたのでそれを阻止してドレスに着替えさせる。

 中々目が開かないフレイルを立たせて数人がかりでドレスを着させていく。その間フレイルは邪魔をせず立っているだけである。

 着付けが終わると椅子に座らせて温かい紅茶を淹れて目を覚まさせる。その間椅子の後ろでアーティはフレイルの髪を解く。

 紅茶を飲んでいるうちに段々とフレイルの目が覚めていく。完全に目が覚めて髪のセットが終わったらようやく食堂に向かう事になる。

 フレイルが廊下に出るとオーズとソニアが扉の前に立っている。二人に気取った挨拶をしフレイルは食堂に向かう。

 アーティはフレイルが部屋から出たら急いでワゴンを片付けてフレイルが食事をとっている食堂に向かう。また違う日は部屋の掃除をしてベッドのシーツと布団を変えなくてはいけない。

 食堂ではフレイルが優雅に朝食をとっていた。アーティの空いた腹に美味しそうな匂いは刺激的だった。

 側使えには姫より先に食事をしてはいけないルールがある。フレイルが食べ終わるまでアーティは我慢しなければならない。

 フレイルは食事をしつその日の予定を聞く。もちろんアーティもその予定を聞いて覚えておかなければならない。

 フレイルの優雅な食事が終わると急いで食器を下げて厨房に向かう。そこでようやく朝食にありつける。

 朝食は主にフレイルが食べた物でどれも城のシェフの手作りのため非常に美味であった。

 しかしあまり食事に時間をかけるわけにもいかないので味わいつつそれでも急いで朝食を済ませた。

 フレイルは自室に帰っているのでアーティもそこに向かう。自室ではフレイルがソニアに予定が多いだの休みが欲しいだのいつものように文句を言っていた。

 忙しい朝が終わりアーティはこれから一日中フレイルの後について歩く事になる。

 午前中フレイルは歴史の授業を受ける。もちろんアーティは全て初めて知る内容であった。しかし姫が間違いを犯しその場で進言できるのは姫の近くにいる者だけ、アーティもしっかり歴史を知らなければならない。アーティは勉強が出来たので苦にはならなかった。逆にオーズは聞いているのか聞いていないのか分からない様な顔で立っているだけであった。

 歴史の授業が終わると次はマナーのレッスンであった。食事での作法、挨拶、式典での対応等王族に必要な事を叩き込まれる。これが出来なければ人前に出る資格が無いとされ姫には必須の内容であった。それはアーティも同じで側使えが無礼を働けばその責任は姫に及ぶ。なのでアーティもついでにマナーを叩き込まれた。

 午前中の用事が終わり昼食の時間になった。アーティはそもそも昼食など食べた事がなく驚いた。昼食では食事中のフレイルに大臣が政治の話をしていた。アーティは何もする事なくじっと立っているだけであった。

 姫の仕事には城で働く者を声をかけて労うというものがある。昼食が終わると厨房に行き料理の感想と労いの言葉をかけた。

 今日は兵士の詰所まで赴いた。詰所は姫が来る事を事前に知っていたので綺麗に掃除されていた。こうやって掃除をする口実を作るのも姫の仕事なのかもしれない。

 以外に用事が無いように見えるが城は広くそしてフレイルはゆっくり歩くので何をするのにも時間がかかった。

 どんなに遅れていても走ってはいけない。姫は余裕な態度を常に見せつけなければならない。何事もテキパキと行うアーティはこの移動時間が焦ったかった。

 おやつの時間になりフレイルは中庭でおやつを食べた。アーティはここでは自分で紅茶を淹れフレイルからあれこれ指摘を受けながら上達していった。側使えを鍛えるのも姫の仕事なのだ。

 オーズはソニアの指導で剣を振り続けている。護衛騎士になってそれなりになるので随分と剣を振る姿は様になってきた。しかしまだソニアとの模擬戦では勝った事が無かった。

 おやつの時間が終わるとダンスのレッスンがあった。フレイルはダンスが苦手だと言っていたがアーティが見たフレイルの踊る姿は見事だった。それでも講師からは何らかの指摘を受けていた。アーティには何処が悪いのか分からなかったがフレイルは指摘を納得しているようなので何かがダメだったのだろう。

 ダンスレッスンが今日の最後の用事でフレイルは晩御飯を食べることなる。アーティは食べてばっかりだなと思った。

 食堂では食事しながら今日あった事の報告を受けフレイルの本日の公務は終了となる。

 その後アーティは護衛騎士の二人に食事を持ってくる。ワゴンに乗せた食事にはアーティの分とフレイル用のお茶菓子も乗っていた。

 フレイルを交えソニアの部屋で食事をとる。最初はアーティとオーズが同じ部屋で食べようとしたがフレイルが自分も食べると言って聞かなかった。しかし側使えの部屋で姫が食べるわけにはいかず男のオーズの部屋で食べるのは有らぬ噂がたってしまう。そこでソニアの部屋に集まり食べる事になった。

 食事が終わるとフレイルの湯浴みをするため浴場に行く。フレイルのドレスを脱がせて王族専用の大きな浴場でフレイルの身体を丁寧に洗う。特に髪は気を使って洗わなければならない。

 お風呂が終わると部屋着に着替えせてフレイルの自室で髪を拭き乾かす。

 これでアーティの本日の業務は終了となった。アーティは自室に戻るとレッスンの復習をして明日に備えて就寝する。忙しい毎日だが家にいて兄の帰りを待って生活よりよっぽど性に合っていた。


アーティには一つ悩みがあった。それはスキルが使えない事だ。神官はアーティのスキルは引き寄せると言っていた。しかしどう引き寄せるのか分からないのだ。

 フレイルの部屋で試しに椅子を引き寄せようとしても椅子はピクリとも動かなかった。

「重すぎるんじゃないの?私のハンカチにしてみたら?」

 フレイルの助言により引き寄せる物をハンカチに変えた。

「ふんぬぅぅぅ」

 アーティがどんなに力を入れてもハンカチは動かない。三人はアーティを見守った。

「うーん、ダメです姫様、何故スキルが発動しないのでしょうか?」

 アーティは頭を悩ませた。オーズも妹の為に何かしてやれることはないか考えるが自身のスキルも偶然効果が分かったので何も出来ない。

 アーティはフレイルにハンカチを返した。ハンカチには花の刺繍が入っていた。

「素敵な刺繍ですね」

 アーティは感想を漏らした。

「これ?これは少し前に街で買ってきたの。お店を紹介しようか?」

 フレイルはアーティにハンカチを褒められて少し嬉しかった。

「本当ですか!私街での買い物って食材くらいしか買ったことなくてお店とか全然分からなかったんです」

「ちょっと待って、アーティ貴方服とか装飾品とか買ったことないの?」

 アーティの発言にフレイルは敏感に反応した。そしてオーズはしまったといった表情をした。

「はい、今は仕事を覚えるので精一杯ですし、城に入る前は家にずっといました」

 アーティは素直にこれまでの生活を答えてしまった。

「そう、そうなの兄ちゃん。私言ったよね?賃金出したらそれを贅沢品に使えって」

 フレイルはオーズを睨んだ。オーズは必死に言い訳する

「いや違うんだ、たまたまアーティを連れて買い物に行こうってタイミングで」

「はぁ?だから妹に何にも買ってやらなくていいって事?」

「いやそうじゃなくて」

 こうなってしまったらフレイルは収まらない。アーティは自分の発言でオーズの立場が悪くなった事にオロオロした。ソニアはまた始まったかとばかり頭を押さえた。

「ソニア!明日の予定で空いてる時間は!」

「午後からは何もありません」

「じゃあその時間から街に出て買い物をするから」

 フレイルはあっという間に予定を決めた。アーティはオロオロするだけで一切口を挟めなかった。

 

 翌日フレイルは馬車に乗って街に出ていた。馬車の中ではオーズが下を向きフレイルの説教を聞いていた。

「いい?店に入ったら兄ちゃんはしっかり商品を見てアーティに送る物を選ぶ」

「はい」

「私の護衛も忘れない」

「はい」

 オーズはただ返事をするしかなかった。ソニアは馬を操っている為馬車の中にはアーティしかこの説教を止める者がいないがアーティはフレイルに口出し出来るわけがない。

 ソニアはハンカチを買った事のある店の前に馬車を停めた。多くの兵士が周りを囲み市民をフレイルに近づかないよう警護していた。

 馬車からフレイルが降りると市民から歓声が上がった。フレイルの少し後ろをアーティとオーズ、そしてソニアがついていく。

 フレイルは野次馬に笑顔で手を振り声援に応えていた。それはいつもオーズに見せる傍若無人の態度とは正反対のものであった。

 店の中に入ると従業員一同が待ち構えており一斉に頭を下げてた。

「フレイル様、本日はご来店いただき誠にありがとうございます」

 店長らしき人物がフレイルに歓迎の挨拶をした。

「こちらこそ本日は貸し切りして頂いてありがとうございます。突然の事でご迷惑ではなかったでしょうか?」

 フレイルも見事に可憐なお姫様を演じている。この状態のフレイルを見るたびにオーズは笑いそうになる。

「いえいえ、フレイル様をお招き出来ることは私共の至上の喜びでございます」

 店長が言っている事は嘘では無かった。フレイルが買ったとなればそれは王室御用達を意味し拍がつく。それは店としてはなによりのブランドであり宣伝でもある。

 フレイルは店内を回った。店長もフレイルの後に付き商品の説明をしている。

 オーズは警護をする傍ら商品を横目で見た。その値段はどれもこれも高額でオーズは肝を冷やした。それもそのはずフレイルが来る様な店なので安価な物など置いていない。しかし値段に見合うだけの品質はしっかりと兼ね備えていた。

 オーズもアーティも貧乏性なので普段使いする様な物は汚してしまいそうなので買えない。かと言って実用性のない物は要らないので買わない。この店は兄妹にとってあまりにも不釣り合いであった。

 フレイルは気に入った物を店長に伝えると店員がカウンターに持って行く。そんな事を幾度も繰り返した。姫であるフレイルが買い物に来て一品だけ買うなどあってはならない。姫らしく豪快に使うのも王族の見栄の一つである。

 しかし無駄な物を買っている訳ではなく実用性のある手袋や帽子、扇子など普段使いする物をいつも買っていた。フレイルは民からの税金で暮らしている自覚はあった。

 フレイルは二階に向かった。一階は衣服、二階には宝石やアクセサリーが陳列されていた。

 一階以上に高価な品の数々に兄妹は凍りついた。もし触れて傷付けでもしたら目も当てられない。

 フレイルはあまり宝石に興味は無かったが店内をゆっくりと回るのも余裕ある姫をアピールする狙いがある。

 フレイルが店長から説明を受けている背後でアーティはアクセサリーの棚をジッと見ていた。

 ひとしきり買い物が済んだところで四人は店を出た。店から出ると市民たちがフレイルを見るために更に集まっていた。フレイルが出てきた事で大きな歓声が上がった。

 フレイルが馬車に向かって歩いていると何かが羽ばたく音がする。しかしそれに誰も気付かない。市民の声が大きすぎて誰も異常を察知出来なかった。

 最初に気付いたのはソニアだった。フレイルの真下に大きな影できた事に違和感を感じて上を見た。上から何か降りてくる。

「土下座!」

 ソニアは叫んだ。オーズすぐに土下座した。これは何度も訓練してソニアが合図したら反射的にオーズは土下座するようになった。

 ソニアの判断は正しかった。しかし本来ならフレイルを真っ先に助けに守りに行かなれければならない。ソニアは危機の察知が遅すぎたのだ。周囲を警戒していたが上から来るとは思わなかった。

 上からフレイルの前に何かが降りてきた。

 それは大きな悪魔の様な翼を持ち。全身は鱗で覆われて大きな腕には長い爪が生えていた。変身したカミガーナーと同じ様な怪物の見た目をしていた。

 ソニアは剣を抜いた。兵士たちも剣を抜いた。市民たちは叫び声を上げて逃げて行く。

 怪物はアーティとフレイルをその大きな手で掴んだ。

「姫様!」

 ソニアが斬りかかろうとしたが怪物は大きく羽ばたき空な飛んで行った。ソニアはそれを睨みつけることしか出来なかった。

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