第7話
日をまたぎ、再びダンジョンへ舞い戻ってきた。
正直、今日は昨日の探索がキツかったせいか、身体中がちょっと筋肉痛気味だ。もしかしたら〈身体強化〉で無理やり動かしてる分、反動がデカいのかな。
推しの配信者さんが言うには、こういうのはポーションで治すべきらしいんだけど、今はそんな金もないから我慢するしかない。
探索者にとってポーションは命綱みたいなもんだけど、その値段は決して安くない。
それにまだ序盤の階層だ。ここでポーションをガブ飲みしてたら、ボス戦とか、マジでヤバい時のために取っておくべき金が尽きてしまう。
まあ、運動してれば痛みにも慣れて気にならなくなるはずだ。たぶん。
今日の目標は第5階層の中ボス、ホブゴブリンの討伐。
第6階層までは、もし余裕があったらでいい。無理はしない。
とりあえず、3階層まではサッと最短距離を進み、第4階層へ。
昨日の続きみたいな、見慣れた風景が続いてはいるが、空気がピンと張り詰めているような、そんな妙な感覚があった。
第3階層までの明るさとは全然違って、第4階層は一段と薄暗い。
壁に生えた発光性の苔も数が減ってて、心許ない光しか届かない。
足元にはデコボコした岩の隆起が多くて、いちいち注意しながら歩かないと転びそうだ。ひんやりとした湿った空気が肌を刺す。
俺は無意識のうちに、短剣を握る手にぐっと力を込めていた。
敵の数が多いのか、それとも出てくる奴らの質が上がってるのか。とにかく、先に進めばわかることだろう。
しばらく歩くと、通路の先に動く影が見えた。
三体。ゴブリンのパーティーだ。
剣、弓、盾。まさに王道中の王道って感じの構成だけど、連携されたらマジで厄介なんだよな、こいつら。
ウルフが1匹で初心者の壁になるなら、こいつらは初心者の前でスクラムを組んでいる感じだ。前までのゴブリンと同じように戦ったら一瞬で倒される。
こちらに気づいたのか、彼らは素早く散開した。
剣と盾を持ったゴブリンが、ギィギィと耳障りな声で威嚇しながら、じりじりと距離を詰めてくる。
その間にも、弓を持ったゴブリンは後方にスッと下がって、完全に狙撃体勢に入っている。距離も配置も申し分ない。
完璧に訓練された動きとは言わないけど、その連携は明らかに俺を仕留めに来ている。これはマジで油断できない。
まずは前衛の二匹を引きつけて、その隙に後衛の弓役に接近して一気に仕留める。そう頭の中で戦略を組み立てていた。
だけど、そう簡単にはいかなかった。
ズシュッと、風を切る音がして、矢が飛んできた。反射的に身体を傾けて避ける。
その直後、盾役のゴブリンがズンッと重い足音を立てて一歩踏み込んできた。真正面から力任せに押してくるスタイルに、対応が一瞬遅れる。
さらに剣役のゴブリンが、まるで俺の視線を奪うように斜めからグイッと突き込んでくる。咄嗟に短剣で受け流そうとしたけど、間に合わない。
キンッと鈍い金属音がして、かすめるように肩口を裂いた。
「ぐっ……!」
鋭い痛みが走る。制服の生地が破れ、血がじんわりと滲んでくるのが分かった。
これは、まずい。無理に正面から押し切ろうとしたのが間違いだった。
盾に意識を奪われている間に、弓がさらに狙ってくる。
ここで崩れたら、本当に終わりだ。ダンジョンで倒れるなんて、絶対に避けたい。
瞬間的に〈身体強化〉を最大限まで展開する。全身の筋肉がギシギシと音を立てるような感覚とともに、足元が羽のように軽くなるのを感じた。心臓がドクドクと激しく脈打ち、アドレナリンが全身を駆け巡る。
剣役ゴブリンが再び剣を振り下ろしてきたのを、一歩踏み込んで紙一重で受け流す。同時に《入替》スキルを発動!
視界が一瞬、ぐにゃりと歪む。次の瞬間、俺は剣役ゴブリンの背後に瞬間的に回り込んでいた。
相手は自分の攻撃が空を切り、そして俺が目の前から消えたことに困惑しているのが、その動きからありありと伝わってくる。その隙を逃さず、迷わず強化された短剣をその背中に叩き込んだ。手応えはあった。ゴブリンが呻き声を上げる。
だが、まだ完全に倒れていない。即座にそのまま、もう
今度は盾役ゴブリンと入れ替わる。俺がいた場所には剣役ゴブリンが、そして目の前には盾役ゴブリンが立ち尽くしている。
その隙に一体、また一体と確実に仕留めていく。残るは恐怖に顔を歪ませた弓役ゴブリンだけだ。彼は震える手で新たな矢を取り出そうとしているが、もう遅い。こちらの強化された短剣が、その喉元に届いた。
敵の全滅を確認すると、緊張の糸が切れたように、思わずその場に膝をついた。
息が上がる。ハアハアと荒い呼吸を繰り返すたびに、全身が熱く火照る。
肩口の傷がズキズキと痛み、シャツに広がる血の染みが目に入る。
……やっぱり、被弾はよくない。
戦い方そのものに問題があったわけじゃないけど、安全第一っていう探索の基本を忘れかけてた。もっと冷静に、もっと丁寧に立ち回るべきだった。
……やっぱ、被弾はよくないな。
戦い方そのものに問題があったわけじゃないけど、安全第一っていう基本を忘れかけてた。
短剣を鞘に収め、荒い息を整える。全身の筋肉が疲労を訴え、微かに震えていた。これまでのゴブリンとの戦闘では、比較的あっさり倒せてたから、どこか油断してた部分があったのかもしれない。やっぱり、どんな相手でも慢心は禁物だ。
昨日ドロップしたポーションをさっそく飲み、傷を治す。
グイッと一気に飲み干す。喉を通る感触は、なんだか生温かくて、ちょっとドロッとしているような……。うわ、あんまり美味しくないな。
でも、その直後だった。
身体の内側から、じんわりと温かいものが広がっていくのが分かった。肩口の傷が、ズキズキとした痛みから、スーッと引いていくような感覚。まるで、魔法みたいに傷口が塞がれていくのが、触れていないのに肌で感じられた。
「……うおっ」
思わず声が出た。たった数秒で、肩の裂傷は跡形もなく消え失せていた。シャツの破れはそのままだけど、皮膚は綺麗に元通り。痛みも完全に消え去り、さっきまでの疲労感まで少し和らいだ気がする。
それにしても今回の戦闘は反省がいっぱいだ。
自分のスキルを過信しすぎてたのかもしれない。今までの探索が順調に進みすぎていたから大丈夫だろうって、油断してた部分があったんだ。油
もっと冷静に、もっと慎重に、そしてもっと狡猾に動かないと。このダンジョンは、俺の都合に合わせてくれるほど甘くない。
配信者の言葉がふとよみがえる。
「一対一を意識しろ。囲まれたら終わりだ」
まさにその通りだった。
次はもっとスマートに、無駄なく立ち回る。
多対一を一対一の繰り返しへ、振り返ってみれば今回の戦闘でもそういう動きをできていたことがあった。
今度はそれを意識してやってみよう。
気を取り直して進むと、再びゴブリンのパーティーと遭遇した。
構成はさっきと同じ――剣、弓、盾。だけど、こっちはもう迷わない。呼吸を整え、再び気を引き締める。先ほどの戦闘の反省を活かす時だ。今度こそ、無傷で、効率的に。俺は冷静に相手の動きを観察し、頭の中で最適な手順を組み立てる。《魔眼》で彼らの魔力の流れを読み取り、連携の綻びを探す。初めてのダンジョン探索の興奮と緊張が、心地よい集中力へと変わっていくのを感じた。
「今度は……こっちから行く!」
まずは物陰に身を潜め、《潜入》スキルで気配を薄くする。
相手はまだこっちに気づいてないみたいだ。通路の脇、壁際に控えてる弓役を確認。
他の2体と距離がある。――よし、狙い目だ。
一気に足元に力を込めて、弓役ゴブリンへと飛び込む。
風を切るように距離を詰め、《入替》スキルを発動!
瞬間、視界がぐにゃりと揺れ、弓役と盾役がすり替わる。目の前の光景がぐにゃりと歪み、一瞬で位置が入れ替わる。俺がいた場所には盾役ゴブリンが呆然と立ち尽くし、目の前には矢筒から慌てて矢を取り出そうとしている弓役ゴブリンの背中があった。寸前の《入替》によって、弓役は完全に無防備な状態。
迷わず、強化された短剣をその背中に突き立てる。弓役ゴブリンは声も上げられず、すぐに光の粒子となって消滅した。
残るは剣役と盾役の二体。剣役ゴブリンがこっちに気づき、怒りの形相で突進してくる。盾役ゴブリンも、混乱しながらも盾を構え、俺を取り囲もうと動く。
しかし、先ほどの経験で俺は彼らの動きを予測できる。剣役ゴブリンの攻撃を半身でかわし、その勢いを殺さずに懐に潜り込む。再び《入替》スキルを発動。今度は剣役と、少し離れて様子を伺っていた盾役のゴブリンの位置が入れ替わる。
剣役ゴブリンは自分の攻撃が空を切り、見慣れない壁際に立たされたことに困惑している。その背後には、先ほどまで自分が守っていたはずの盾役ゴブリンがいる。盾役ゴブリンもまた、突然目の前に現れた仲間の背中に驚き、動きが止まっていた。
互いに混乱している二匹の間をすり抜け、盾役ゴブリンの横腹に短剣を突き刺す。硬い感触があったが、強化された短剣は難なくその皮膚を貫き、盾役ゴブリンもまた粒子となった。
最後に残った剣役ゴブリンは、すでに戦意を喪失したかのように怯えきっていた。それでも向かってくるが、その動きは単調だ。流れるような動きで剣をかわし、致命の一撃を与える。
三体目のゴブリンも消滅し、周囲には静寂が戻った。今回は、一度も被弾することなく、完璧な形で戦闘を終えられた。全身の疲労はあれど、達成感が体を満たす。
さぁリベンジも終わったしマッピングの続きだ!
◇
大体1時間ほど経過したころだろうか、ついに階段を発見した。
つまり第5階層への挑戦、中ボスであるホブゴブリンとの戦いが待っている。
攻略情報によれば、ホブゴブリンは単体ではなく、ゴブリンのパーティーと一緒に出現する。
まずはホブゴブリンの攻撃を避けながら、ゴブリンのパーティーを先に倒すのが基本。周りを片付けてから、一対一でホブゴブリンと向き合うのが攻略のセオリーだ。
その手順を頭の中で何度かなぞってみる。
焦らず、一つずつ処理していけば大丈夫なはずだ。
深呼吸して、ゆっくりと階段を下りる。
次はいよいよ中ボス戦。気張っていこう。
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