第8話


階段を降りきった先には、古びた石造りの門がそびえ立っていた。

高さは優に3メートルを超え、幅も5メートルはあろうかという巨大な門だ。


「ここが、中ボスの部屋か……」


思わず声が漏れた。門から見える重厚な魔力は、これまでの雑魚モンスターとは確かに違う威圧感を放っている。


一応このボスに挑む際の目安として、ゴブリンパーティーを無事に討伐することが求められている。俺は一応クリアはしているが一応覚悟は必要だろう。


装備を確認する。武器に防具、ポーションもある。朝は気になっていた筋肉痛も、今は全く気にならない。


「よし……行くか」


意を決して、門を押し開く。軋むような音を立てて門が内側へと開き、その先に広がる大部屋が視界に飛び込んできた。


部屋は円形をしており、天井は高く、中心には巨大な岩が鎮座している。その岩の上に、一際大きなゴブリンが座っていた。


「あれが、ホブゴブリン……!」


通常のゴブリンよりも一回りも二回りも大きい体躯。筋骨隆々とした両腕には、使い込まれた大斧が握られている。


その周囲には、通常のゴブリンが三匹。一匹は剣を構え、一匹は弓を、そしてもう一匹は盾を持っている。4階層にもいたパーティゴブリンだ。


ホブゴブリンは、俺が入ってきたことに気づくと、岩からゆっくりと立ち上がった。その動きは緩慢に見えるが、纏う魔力は尋常ではない。


「グルルルル……」


低い唸り声が部屋に響き渡る。パーティゴブリンたちも武器を構え、いつでも飛びかかれる体勢を取った。


まずは、パーティゴブリンから処理する。これが子のダンジョンの中ボスの攻略方法だ。ホブゴブリンの前に、まずは取り巻きを減らす。そうして強力なホブゴブリンを集中して倒すのだ。


つまり最初にやることは4階層と変わりない。俺は真っ先に弓持ちのゴブリンを狙うべく、入替の準備した。しかし、その瞬間だった。


グォオオオオッ!


ホブゴブリンが咆哮を上げ、大地が揺れる。大斧を構えたかと思うと、信じられない速度で地面を蹴り、俺めがけて一直線に突進してきた。その動きは、先ほどまでの緩慢さが嘘のようだ。


「速いっ!」


咄嗟に《入替》で距離を取ろうとするが、ホブゴブリンの突進は予想以上に速く、横薙ぎに振るわれた大斧の刃が、俺の腕を掠めた。


「ぐっ!」


服が破れ、皮膚が切れる。痛みはほとんど感じないものの、身体強化を施しているにもかかわらず、ここまで一撃が重い相手は初めてだ。


ホブゴブリンは一度攻撃を外すと、すぐに体勢を立て直し、再び大斧を振り上げる。


「くそっ、やっぱり中ボスは格が違うな!」


スピードも目で追えないわけではない、パワーだって耐えられないわけではない。しかしそれでも今までとは違う手ごたえに思わず困惑する。


このままじゃジリ貧だ。もっと、もっと正確に、状況を把握しないと。たとえ今は無事でも何回も攻撃を食らえば無事では済まない。


それに何回もホブゴブリンに邪魔されるようでは取り巻きすらも倒せないぞ。


どうする?《魔眼》は使える。多分今ホブゴブリンの行動が見えているのはこのスキルのおかげだ。でもこれじゃ足りない。取り巻きも見つつ、ホブゴブリンの行動に注意を払わないとうまく対処できない。


考えろ。確かに命の危険ではない。このままでも少しずつではあるが倒せるはずだ。でも、それじゃ意味ない。もっとスキルの可能性を引き出したい!


これまでは特定のモンスターとか、魔力の流れとか、一点を見ることに魔眼スキルを使ってた。でも、魔眼スキルは「何かを目に入れる」スキルなんだよな。


目に入れるってことは、ただ見るだけじゃない。つまりもっと広い範囲をよく見ることだってできるんじゃないか?


俺は、部屋全体をざっと見回した。ホブゴブリンの巨体、周りのパーティゴブリンたち。一つ一つを認識するだけじゃなくて、空間そのものを、丸ごと自分の視界に"入れる"ようなイメージで。


魔眼を最大限に発動し、視界を"広げる"。


すると、まるで意識が視覚の限界を超えていくような感覚に襲われた。


部屋の隅々まで、ホブゴブリンのわずかな体の傾き、パーティゴブリンたちが剣を構える角度、弓を引く力加減、それらすべてが、今まで以上に明確に、そして俯瞰的に捉えられるようになった。


ホブゴブリンの動きはもちろん、周囲のパーティゴブリンたちの配置、そして彼らの魔力の流れまでもが、鮮明に脳内に流れ込んできた。


冷静に状況を分析する。ホブゴブリンの突進は直線的で、その分隙も生まれる。


パーティゴブリンたちは、ホブゴブリンの攻撃に合わせて連携を取ろうとしているようだ。特に厄介なのは、俺の背後から弓で援護しようとしている弓ゴブリンと、側面から剣で切り込もうとしている剣ゴブリン。


「まずは、弓と剣から」


盾持ちのゴブリンは厄介だが、動きが遅い。弓と剣を先に倒し、ホブゴブリンの援護を削る。


俺は後ろから迫りくるホブゴブリンの大斧を《入替》で紙一重でかわし、そのまま背後に回る。ホブゴブリンが体勢を立て直す間を縫って、弓兵ゴブリンに向かって駆け出した。


すごいぞ。今俺の視界には入っていないはずだったのに、後ろにも目が付いた気分だ!


「グガッ!?」


不意に目の前に現れた俺に意表を突かれた弓兵ゴブリンが驚いたような声を出す。その隙を逃さず、強化した短剣で首を切り裂いた。


弓兵ゴブリンが消滅した瞬間、再び《魔眼》がホブゴブリンの動きを捉えた。今度は、横からの薙ぎ払い。その軌道が、まるで最初から中止していたかのように見える。


剣を構え、斬りかかってくる剣兵ゴブリンの元へ魔眼を放ち《入替》で懐に入り込んでホブゴブリンの攻撃を回避する。


その刹那、俺は剣ゴブリンの脇腹を狙い、短剣を突き刺す。ゴブリンが呻き声を上げたところで、そのまま首を刈り取った。


残るは盾持ちゴブリン。盾で身を固めていたが、俺は盾の隙間、腕と胴の境目を狙って短剣を突き刺す。盾を貫かれたゴブリンは、そのまま崩れ落ちて消えた。


これで、取り巻きは全て片付いた。


「グルルルルアアアアッ!」


ホブゴブリンが、仲間を失った怒りの咆哮を上げた。その体に纏う魔力がさらに増幅し、大斧から禍々しいオーラが噴き出す。


ここからが本番だ。


俺は冷静にホブゴブリンと距離を取る。《入替》で周囲を動き回り、ホブゴブリンの視線を攪乱する。


ホブゴブリンは大斧を振り回し、俺を叩き潰そうと試みるが、その攻撃は常に空を切る。大斧が床を叩きつける度に、鈍い衝撃が足元から伝わってくる。


いつまでも攻撃が当たらない俺にホブゴブリンが大きく踏み込み、渾身の一撃を繰り出した。


横方向からの強烈な薙ぎ払い。間違いなく大技だ。これを受けてしまえば、ケガでは済まないだろう。でもそれゆえにスキが大きい、これさえ凌げれば!


その動きは読めている。《魔眼》で捉えたホブゴブリンの筋肉の収縮、魔力の流れ、そして大斧の軌道。


《入替》!


その隙を見逃さず、俺は一気に間合いを詰めた。ホブゴブリンが体勢を立て直し、再び大斧を振り下ろそうとする。しかし、その動きは既に《魔眼》で完全に捉えている。


「貰った!」


振り下ろされる大斧の軌道上に《入替》で入り込み、ホブゴブリンの懐へ。大斧が頭上を通過する直前、俺は渾身の力を込めて、強化された短剣をホブゴブリンの首元へと突き立てた。


ゴブリンの皮膚は硬く、並の武器ではなかなか刃が通らない。しかし、強化された俺の短剣は、その硬い皮膚をバターのように切り裂いた。


「グ……ガ……」


ホブゴブリンは、短い呻き声を上げて、ゆっくりと崩れ落ちる。その巨体は、やがて光の粒子となって消え去り、その場には魔石と、わずかなアイテムだけが残された。


「……ふう。これで、5階層突破か」


大きく息を吐き出す。苦戦らしい苦戦はしなかったものの、やはり中ボスのパワーは予想以上だった。しかし、それも冷静に対処すれば問題ないみたいだ。


俺はホブゴブリンが消滅した跡に、キラリと光るものがあるのを見つけた。


近づいて確認すると、そこには手のひらほどの大きさの、赤黒い魔石と、少し錆びついたような大きな斧、そして何らかのネックレスが落ちていた。


「おお、ホブゴブリンの魔石か。これは売れば結構な金になるはず。それにこの斧、ホブゴブリンが持ってたやつか、重そうだし俺には使えなさそうだ。とりあえず買取には出してみよう。ネックレスは何だろう?ダンジョンで出たものだから何か特殊効果が付いてるかもしれない。鑑定してもらわないと」


とりあえずアイテムを収納にしまって、探索を続けることにする。

大部屋の奥、ホブゴブリンが座ってた大岩の裏側に階段があったのでそれが6階層につながっているんだろう。


意外とここまで時間がかからなかったから6階層まで十分攻略できそうだ。


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