第7話

 浩二が会員たちに、衝撃的な文章を送ってから半年後、彼らは廃校に集結していた。


「今日という日を、皆と迎えられたことを、俺は誇りに思う」


 廃校の屋上から響く浩二の言葉には、万感の思いが込められていた。


 時刻は十一時半。あいにくの曇り空だ。


 平日の正午三十分前という時間にも関わらず、廃校には、千人近い会員たちで、いっぱいになっていた。


 会員たちは、声優、俳優、武道家に武術家などの初期メンバーに加えて、医療従事者、公安系公務員、音楽家、さらには公認会計士などの士業関係者など、様々な種類の職業に就いていたり技能を持っていたりする老若男女たちで構成されていた。


 浩二は、会員たちを見下ろしながら静かに話し出す。


「あと三十分で、いよいよ異世界転移だ。みな、心の準備は良いか?」


 途端、会員たちは、熱を帯びた声で、語り合う。


「意外に早かったわね」


「そうか? オレはもう少し鍛錬を積みたかったよ」


「わたしは、笛をもっと練習したかったなー。応急手当の実習を優先したかったから、芸事まで手が回らなかったのよねー」


 空気が異世界転移への期待で満たされていく。


 が、空気が読めないものはどこにでもいる者だ。


 一人の会員が、まぜっかえす。


「でも、本当に、異世界転移なんておこるのかねぇ?」


「それはわからんな」


「時間にならんとな」


 意外にも感情的になる者は少なかった。


 皆、半信半疑なのだった。


 異世界転移に期待を寄せつつも、現代社会で獲得した知識と常識によって、否定的な判断をしてしまっていた。


 一人の声優が、軽口をたたく。


「それに、異世界転移とおもったら、異世界転生だった、なんてこともありうるからね」


 老齢の医師が軽口に応じる。


「赤ん坊からのやり直しか、それはいいな。なあ?」


「アタシの言わないでよ、おジイちゃん。ま、実際魅力的よね。悪役令嬢になるためめには、貴族の家に転生しないと」


 イジられたピアニストの中年女性が、夢を語った。


 そう、夢に過ぎない。


 すぐ近くでやり取りを聞いていた育美は、一人冷静だった。


 いや、育美だけではなかった。


「残念会、どこでやる?」


 異世界召喚が起きないことを前提にして、今後の予定を立てようとする者は、空手家の青年だ


「この人数受け入れてくれる居酒屋なんて、ないだろ。校庭と体育館で、BBQってところじゃないか」


「出前でいいだろ」


「この人数分は、予算と宅配リソース的に、キツくないか?」


 初老の公認会計士と、中年のシェフ、十代の歌手が、残念会で饗する食事の用意について、議論を交わしていた。


 異世界召喚について、最初から信じていない現実的な者も少なくなかったなかったのだ。


 一部の年少者を除いて、皆が社会人で大人なのだ。


 武道武術の鍛錬や芸事の練習をする行為が、楽しかっただけなのだ。


 だから浩二からの招集を、ただのイベントととらえている者は多かった。


「そろそろだ」


 十一時五十九分に、屋上からの良く通る声が響くと、雑談はピタリと止んだ。


 宝くじの抽選番号を見る前のような空気が流れる。

 会員たちは、心の準備を整えた。


 会員たちの注目を浴びながら、浩二はカウントダウンにはいる。


「十、九、八、七……」


 会員たちの反応は、三つに分かれた。


「いよいろ異世界行きだ!」


「オレ、異世界に転移したら、猫耳少女と結婚するんだ」


「死亡フラグで草」

 

 異世界転移を楽しみにする者たち。


「わたし余興で踊ろうかな」


 異世界転移が起こらないと見なす者たち。


「それはそれとして、鍛錬するか」


「新撰組最強は、やっぱ沖田かな?」


「永倉でしょ」


「新撰組で攻めは土方」


「島田でしょ」


 マイペースな者たち。


 三種類の者たちが、大なり小なり期待のこもった視線を、浩二向けてもいた。


 そうしている間に、正午となった。


「時間だ」


 浩二の声が静かに響いた。


 何も起こらなかった。


 静かな廃校で、育美がつぶやく。


「まあ、そうだよね」


 声には、残念そうな響きがあった。

 モラトリアムの終焉を知った子供が抱くような切なさを含んでいた。


 次の瞬間、廃校に雷が落ちてた。

 

 千人近い会員たちは、いっせいに、異世界へ旅立った。


 異世界で浩二は兄と出会い、仲間たちと様々な冒険を共にするのだった。


 了



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俺たちは、異世界に転生する。転移かもしれない。いずれするからには、備えなければならない。 呉万層 @DIE-SO-JYO-

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