08

「重い……あ、椛島」

「やっと起きた、あんたいつも家事をしていたんじゃないの?」

「休日は七月がやってくれる、平日もやろうかと言ってくれているけど断っている」


 頭上にあるデジタル時計で九時半だということはすぐにわかった。

 昨日はあのまま会話もなしでそれぞれ別で帰ったのに何故来たのか。

 やたらと興奮していたがいまの椛島はもう昨日のことがなかったみたいに普段通りだった。


「あ、あのさ、昨日のことって……覚えている感じ?」

「馬鹿にしている?」

「……ということは覚えているってことだよね」


 かと思えば変なことを聞いてきた、抑え込んでいただけのようだ。


「うわあ!? 物凄く恥ずかしいんだけど!」

「なんかハイテンションなときは萌木に似ている」


 その萌木は今日も鎌野とお出かけをするらしい。

 真夜中に急に電話がかかってきてその流れでアカウントも聞かれたから連絡先を交換した仲になる。

 お出かけすることがわかったのもいま確認をしたらメッセージが送られてきていたからだ。


「ん……? ああ……似ているって言われてから絡みだしたからね」

「別に昨日の叫びに比べたら恥ずかしいことじゃない」

「あんたなんてことを言うの! うぅ……昨日といい酷い子だよ!」


 今度は子どもみたいになってしまったみたいだった。

 心配だから大人のお姉さん系の七月に任せようとしたのに椛島のせいでできなかった、あとテストも終わったからお家でゆっくりしようとしていたのに連れ出されて無理になった。


「……昨日のは勢いだけで言ったわけじゃないから、本当にもう私にはあん――ゆうしかいないんだよ」

「紫月にはなれない」

「そんなの求めていないから……いてよ」


 僕がどこかにいかないように必死に手を掴んできている。

 俯いていたから顔を上げてもらうと目が潤んでいた。


「やっぱり椛島はツンデレだった」

「そ、それでいいからさ……お願いだからいてほしい」


 最近は他のところにばかりいっていてそのうえで他の人に告白をしていたぐらいなのにおかしい。

 でも、毎回この調子で絡まれるとさっきの椛島みたいに僕が叫びたくなるから駄目だ。


「ほら、紫月さんや七月さん関連のことでなにもなければ言い争いをしなくて済むでしょ……って、あれ? というかなんで言い争いになったんだっけ?」

「知らなくていいこと」

「それはあたしが丁度いいから仲良くすればいいじゃないって言って日向ガチ勢のゆうが怒ったからよ」


 ここは外とはいえお家の前で特に予定もなければスマホを弄るだけの紫月だからなにもおかしなことではなかった。

 問題だったのは椛島の方で「なんでそれでゆうが怒るの?」なんて呑気に聞いてきたものだから困った。


「あたしがいい加減に見えたからでしょ」

「……あれは紫月も椛島も悪いわけじゃない、ただ一人で暴走して恥ずかしい話でしかない」


 この話も何度も出されるぐらいなら椛島の要求を受け入れて側にいた方がマシだ。

 自業自得でも恥ずかしくて仕方がない、紫月も紫月でこういうときに限って僕がやらかしたことを笑ってくれないからすぐにかあと顔や体が熱くなってしまう。


「でも、あんたは誰よりも日向のことを考えて言っていたじゃない」

「だってあのときは振った紫月と津曲が気になっている七月しかいなかったんだからそうなるはず」

「ふーん? ならあたしが振られた側でも同じように言ってくれていたの?」

「紫月は振られたら言わないだろうからそのときはこなかったと思う」

「本当に可愛くない子ねーもう日向にゆうは任せるわ、なんなら貰ってくれてもいいわよ」


 こうして僕は椛島の物になった。


「ゆ、ゆう」

「なに?」

「ゆうー」

「なにを言うの?」

「の、ノリが悪いね、私がなにを求めているのかなんてすぐにわかるでしょ?」


 離れた方がいいとかなんとか考えていたうえに直接ぶつけた僕が結局は離れずに側にいるのだからそれだけで満足してほしかった。

 伝わってほしくてじっと見ていたらまた涙目になってしまって困ったが。


「……な、名前で呼んでよ」

「日向丸」

「や、なんでそんな漁船みたいな名前になっているの」


 だったらこちらも本当のところを言わせてもらおう。

 こちらだけが我慢をするのは違うのとしすぎるのは脳に悪いから仕方がないことだ。


「日向は意地が悪い、あの子を連れてきて揺さぶってきたうえに紫月に告白するなんておかしい。好きな人がいるでしょうがとか言っていた日向はどこにいったのか、そこのところ詳しくお願い」

「し、仕方がないでしょ、私はずっと紫月さんと一緒にいたかったし……そんな人が優先してくれれば好きになることだってあるよ」

「それならお付き合いは無理でも好意を持ったままでいればいい」

「そんなの無理だよ、そんな強さがあるならゆうに泣きついてなんかいないよ」


 まあ無理でも受け入れたことには変わらないからこれ以上は言わないでおこう。

 すっかりスッキリしたような顔になっているから同じような問答を繰り返さなくていいようになっただけで十分だ。




「椛島さん、紫月先輩に振られたって本当なの……?」


 そういうことをぺらぺら話すような人間ではないから誰から聞いたのか気になった、だがいまはそれよりも眠たいのがあって聞く元気がなかった形になる。


「本当のことだよ、信じられないなら本人に確認してもいいしここにいるゆうに聞けばいいよ」

「ゆ、ゆう? 名前で呼ぶようにしたんだ?」

「うん、もう私にはゆうしかいないから、なのに突っ伏してばかりで困っちゃうけどね」


 ちゃんと寝ているのに眠たいのは家事のために早起きをしているからだろうか。

 僕の場合は二十二時に寝て五時半に起きるのでは睡眠時間が足りていないのかもしれない。


「今日はみんなお揃いだね」

「あ、聞いてよ翔太君、この二人がいつの間にか仲良しになっているんだよ」

「僕が萌木とばかりいた間にしっかり一緒に過ごしたからじゃないかな」

「うぅ、なんか気になるぅ」

「仕方がないよ、制限なんかできるわけがないんだからね」


 もう放課後で後は帰るだけだから流石に顔を上げた。

「まあまあ」と言いつつ萌木を連れて教室から鎌野は出ていき、日向と二人きりになった。


「あんたいつもそうやって起きていてよ、寝ている子に自由にしている悪い人間みたいに見えちゃうでしょ」

「今日は眠たいけどどこかにいけばしゃっきりするかも」

「じゃあカラオケ屋さんにいかない? 私、あんたの歌声を聴いてみたかったんだよ」

「わかった」


 少ない時間でも歌っておけば眠気なんかどこかにいってくれると考えていたのに結果は駄目で、こちらが日向の歌声に負けて怒られた。


「このまま帰るのは微妙だからせめてなにか……ない?」

「もう一回パフェを食べにいくとかもあり、十七時ぐらいになったらご飯を作らないといけないから帰るしかない」

「あ、それならアイスとか買ってあんたが作ってよ、私も興味があるから手伝うよ」

「わかった」


 と言いつつ、お家でやったらそのままアイスの山になるだけではないだろうかと考えることになった。

 一人で盛り上がっている日向はスーパーでそれっぽい物を買っていた、アイスだけは数人用でどでかい。


「浮かれすぎ」

「だってアイスだけでも美味しいのにそこにフルーツとかクリームがあったら最高でしょ、あんただって最の高とかって興奮していたでしょうが」

「それはあくまでお店でちゃんとした物を食べたときの話」

「これだってオリジナルってだけでちゃんとした物だよ」


 一人分のパフェ代を超えてしまっているから今更ながらにもったいない気がしてきた。

 お買い物にもいく人間だから余計にそう感じる。


「なら溶けてしまう前に日向のお家にいく」

「えっ、ま、まさか部屋に入ろうとしている感じ……? 駄目駄目っ、いまは汚いんだから!」

「お皿とかのことを考えるとリビングでいい」

「そ、それはそれでお母さんとか帰ってきちゃうかもしれないでしょうが!」


 どっちなのか……あともう少しぐらいは落ち着いてほしい。

 ぶつぶつ言いながらもお家ではいいみたいなので上がらせてもらうことにした。

 リビングの床を見て惹かれて寝転ぼうとしたのに引っ張られて残念だった。


「さ、これはおやつだからね、ささっと作って食べよう」

「アイス単体で美味しそう、あとお金を払うからレシートを見せて」

「いま手を洗ったばかりなのに汚れちゃうでしょ、そんなのいいからはい集中」


 わからないから便利なスマホを利用してえいやこいやと盛り付けていたら僕の分はすぐに完成。


「ちょ、なんでアイスだけなの」

「アイスだけでいい」

「もう……」


 溶けてもアイスはアイスだから律儀に待っていたら「食べなよ」と言われて微妙な気持ちになった。

 多分先に食べていたらそれはそれで言葉で刺されていただろうから間違ってはいなかったということで意地でも食べなかったが。


「はいはいはいっ、もうできたから食べよ、ね?」

「ん、いただきます」


 アイスではないのかもしれないもののこの溶けた状態で売ってくれてもいいぐらいには美味しかった。

 何故か自分の分もあるのにこちらをじっと見てきていたからお金を渡す、どでかいアイスが約五百円だからその半分ぐらいということで二百五十円、ただそれではケチ臭い感じがしたから普段お世話になっているも考えて五百円を渡しておく。


「こんなに貰えないし私が言い出したことなんだからゼロでいいよ」

「お金に関することはたとえお友達同士でもちゃんとしておいた方がいい」

「でも……」

「いいから受け取って」

「……わかったよ」


 内側もお財布も冷えたからお礼を言って帰ろうとしたのに「まだいてよ」と言われて座ってしまった。

 気に入られたいからではなくてもあっさり言うことを聞いてしまうのはどうかと思う。


「あ、厚かましいお願いで悪いんだけどゆうがご飯を作ってくれないかな? また食べたいんだよ」

「いいよ、だけど作ったらすぐに帰る」


 もう十六時過ぎだから帰ったら丁度いい時間になる。

 簡単に作っても最低ニ十分ぐらいはかかるから早めの方がいい、主に紫月がお腹を空かせて待っているため受け入れたからにはちゃんとやらなければならない。


「えー……それじゃあ意味がないじゃん」

「思わず頼みたくなるぐらい面倒だったのなら僕が作るだけで意味があるはず」

「違うよ、せっかくゆうが作ってくれるのに一人で食べることになったら寂しいでしょ?」

「だったらもう僕のお家に来てくれればいい、そうすれば四人で食べられる」

「わ、私はまだ紫月さんとは顔を合わせづらいし……それに食材の問題だってあるから駄目だよ」


 午前中に笑みを浮かべて喋れていたのは僕らがいたから、ということなのかもしれない。


「なら作るからそれで満足して」

「うぅ……ゆうの意地悪」


 意地悪と言われたからって意地悪なことはせずに作って出てきた。

 屋内ばかりにいたのもあって外は依然として寒かったが特に事故も起きずに帰宅、ご飯作りの方も新鮮さはなくても安定して済ませられたから悪くない。

 二人を呼んでもすぐに出てきてくれなかったから日向にメッセージでもとアプリを起動した際に『いま大丈夫だった?』と送られてきて大丈夫だと返しておく。


『せっかく冬休みまでは学校も早く終わって時間はあるのにあんたといられなくて寂しい』


 放課後になってからの約一時間ぐらいとカラオケ屋さんの一時間と椛島家での約一時間も一緒にいたのにまだ満足できていないみたいだ。


「それ相手は日向?」

「ん、さっきまで一緒にいたのに寂しいらしい。それよりご飯がもうできているから食べてほしい」

「いつもありがと。だけどそれだったら日向も呼んであげれば? ゆうが呼べば来るでしょ」

「いや、椛島家でご飯を作ってから出てきたから流石に日向でも――なんで取る?」


 やたらとキラキラしているスマホならいま自分が右手で持っているのに変なことをする。

 やり取りしているところを見られても恥ずかしくはないがいい情報はなにもないからやるだけ無駄だ。


「あんたって大事なところで遠慮とかわかっていなさそうだから姉としてサポートをね、はい」

「送っても――あ、『いく!』って」

「はは、日向もゆうガチ勢ねー」


 紫月と顔を合わせづらいとはなんだったのか。

 やはり日向は嘘ばかりだ、だからといって嫌いになったりはしないが。


「とりあえず七月と一緒に食べてきて」

「あいよー……って、さっきまで二階にいたんだから先に呼んでくればよかったわ……」


 最近は涙目になりやすいところがあるから外で待っておくことにした。

 するとすぐに「おーい」と益々萌木みたいになった日向がやって来た。


「外で待ってくれていたの? はは、あんたはやっぱり優しいね」

「あれは紫月が送った」

「嘘!? って、わかるよ、だって『家に来なさい』って送られてきていたんだから、『いまから家に来て』だけで終わらすのがあんたでしょ」

「なんかむかついた」


 流石に今度ばかりは優しくいられない。


「そ、それより中に入らない? 勢いで出てきたのはいいんだけどちょっと薄着で寒いんだよ」

「ふふふ、なら遊びにいこう、日向はそれを求めていたんだからありがたいはず」

「ちょ、ここで意地悪になるとかなしだから、ほら早く」


 扉を開けたら自分だけでリビングに突入してぺらぺらへらへらとお喋りをする日向がいた。

 一人でなんとかできるのならいる必要もないからお風呂を溜めるために洗面所に移動してポチって、溜まるまでそこそこかかるからお部屋でゆっくりすることにする。


「お、お邪魔しまーす」

「これなら津曲も呼ぶべきだった」


 七月本人に呼ぶ気がないなら連絡先を知っているはずの紫月に頼むしかない。

 だがいまは二人でいて絶対に止められるから今回揃うことはないということだ、なんだかもったいない気がする。


「す、スルー……だけど確かにそれでもよかったかもしれないね、連絡先は知らないけど」

「僕も知らない、紫月の好きな人もわからない」

「え、あ、そっか、教えてもらえていないんだっけ」


 七月にも萌木にも日向にも教えているのに未だに駄目なようだ。

 心配しなくても奪えたりはしないのに何故なのか、優しいのに微妙なところもある人だ。


「あ、教えてもらったのに告白をした日向のことは知っている」

「もうっ、それはやめなさいっ」


 こちらを押し倒してやたらと真剣な顔で見つめてきている。

 恋については紫月の迷惑にしかならないから応援できないが聞いてあげる必要がある気がした。


「押し倒してどうする?」

「ち、ちがっ、いや確かにそうなったけど……別にあんたに対してこうしたかったわけじゃないから!」

「日向がしたければそれでいい」

「え、ちょ、あんた自分がなにを言っているのかわかっているの……?」

「なにをどうやっても僕は紫月にはなれないし紫月とはお付き合いできないけど……日向といられる時間は好きだから」


 おお、珍しく心臓が慌てている。

 あまり比べたくはないがやはり日向は他の人とは違うみたいだ。


「はあ!?」

「ふふ、大きい声ね」

「わあ!? し、七月さんでしたか……」

「あら、紫月の方がよかった?」

「い、いえっ、七月さんでよかったです」


 とはいえ七月と楽しそうだったから邪魔をしたりはしなかった。

 ちゃんと人並みに変わったことが嬉しかった。

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