06

 当日は自分でも異常と感じるぐらいには落ち着いていた。

 だから凄く不安そうにしている萌木をなんとかしたいと思ったし今日も普段通りの椛島を尊敬したりもした。

 ただ一番すごかったのは鎌野かもしれない。


「い、一日だけでこの疲労感……私は最後までやりきれるのだろうか」

「はは、キャラが壊れるぐらいには疲れたんだね」

「逆になんで翔太君はそんなに平気そうなの」

「ちゃんと勉強はやってきたからね、萌木みたいに不安になれなくてごめん」


 と、意識しているわけではないだろうが煽っている鎌野に萌木が食いつく。

 まあ、一日だけでも終わってみれば元通りになるから悪いことではないだろう。

 本当に余裕がないならこんな鎌野にだって反応をせずに帰るはずだから。


「とりあえず三時間ぐらいはお昼寝でもするよ、だから今日は帰るね」

「心配だから僕も帰るよ、またね佐藤さん」

「ばいばい」


 今日は変だからなんとなく教室で時間をつぶしていくことにした。

 姉二人もやたらと落ち着いているからみんな真顔で集まることになりそうだからそれを避けられればいい、そういうのもあって期待していたわけではなかったのだが「まだ残っていたんだ」と椛島がやって来て一気に意識を持っていかれた。

 それは本人が来てくれたのもあるし隣に可愛い女の子がいたのも影響している。


「落ち着くから教室で休んでいたの?」

「そう」

「はは、あんたって何事にも全く気にせずに挑戦できそうだよね」

「そこまでじゃない、けど今回は違う」

「そっか――あ、この子は同じクラスの子だからね」


 集まると喋らなくなるところは萌木に似ている、顔もそっち寄りかもしれない。

 じっと見ていたらさっと椛島の後ろに隠れてしまったのでそこでやめておいた。

「大丈夫だから」と言いつつ自然と頭を撫でている椛島を見てここもキャラが壊れてしまっている気がした。


「なんで来た? 特に用がないならその子のためにも帰るかどこかにいった方がいい」

「たまたま残っていることがわかって入ってきただけだから元々長居するつもりはなかったよ、じゃあね」


 出ていく間際に何故か相方の女の子から睨まれてしまって心臓に影響を与えた。

 相手からしたらわかりやすいのかもしれない、だったら上手く躱してくれている椛島には感謝しかない。


「いまの好きな子なのかしら?」

「七月も教えてもらえていないのは意外」

「紫月の好きな子ぐらいしか知らないわ」


 教えてくれようとしたときに役に立てないからとか考えていないで教えてもらうべきだったのかもしれない。


「大丈夫よ、元気でいればいつかまた出会えるわよ」

「そんなことより七月の好きな人を教えてほしい」

「……津曲さんよ、津曲さんは紫月やあなたのところにいっているけど」


 なんと、でもないか。

 ただその割には萌木と過ごしたり二人きりでいないことが多いから意外ではあった。

 七月にもぐいぐいいけない存在が現れたということなのかもしれない。


「意外、紫月が津曲を好きなのかと思った」

「紫月は本当に同じクラスの女の子が好きなの」

「それって椛島の真似みたい」

「順番的には椛島さんがそうしたようなものね、別に真似をしたわけではないけど。それより津曲さんはとにかくキラキラしていてね、特に瞳がいいのよ。だから目の前で笑ったりとかじっと見られたりすると上手く言葉を発せなくなってしまって……この歳になってこんな自分を直視することになるとは思わなかったわ」


 なるほど、これが恋する乙女の顔か。

 さっきの椛島はとにかく優しい顔でこんな顔ではなかったが僕と違って上手く隠せるだけかもしれない。

 学校から離れて二人きりになった途端に本当のところを出して仲を深めているのかもしれないと考えると……。


「七月も椛島も応援する、とりあえず安心なのは好きな人が被っていないことだと思う」

「確かにそうね」

「惚気話だってなんだっていい、聞くから教えて」

「いまは特にないけどなにかあったら教えるわね」


 一ヵ月と十日近くかけて得られた情報が七月の好きな人だから次はその倍ぐらいかかりそうだ。

 それでもなにも教えてもらえなかった点が前とは違う、少しだけでも輪に加われているだけで遥かにいい。

 問題は特になにかを求められたりはしないことだろうか。


「テストが終わったら誘ってみるわ」

「津曲なら受け入れてくれる」

「ふふ、そうだといいわね」


 もし受け入れなかった場合は本人に聞いてみればいい。

 好きな人が別だったら七月的にはあれだが制限できないことで仕方がないことだと片付けられる。

 姉が好きでもそれとこれとは別だ。


「あ」


 教室から離れるタイミング悪かったみたいだ。

 津曲はやはり紫月と楽しそうにしている。

 でも、大人の七月は「ふふ、楽しそうね」と言っていい笑みを浮かべていた。


「難しいけど津曲さんが紫月のことを好きでいるなら上手くいってほしいわ、そうすれば紫月だって同じ状態になるわけだからいいことよね」

「抑え込める?」

「ええ、余裕ではないけどね」


 僕はそうなってほしくない、僕と同じになった七月は見たくないからだ。

 押し付けでしかないが理想の存在のままでいてほしかった。




「相談したいことがあります、それは紫月さんのことなのですが」

「言って」

「最近は好きな方とばかりいて構ってもらえなくて寂しいのです」

「やっぱり津曲は」

「あ、いえ、奪おうとしているわけではありません、ただ構ってもらいたいだけなのですよ」


 僕のときと違ってとても嘘臭かった。

 もう笑みに出てしまっているというか、もし椛島といるときの僕がこんな顔をしているのだとしたら恥ずかしくて仕方がなくなる。


「ふむ、でもこの場合はゆうさんでも全く問題ありませんね」

「七月も家――びくっとしておかしい」

「し、七月さんには甘えられませんよ……他の方とは違うのです」

「勝手に壁を作るのは駄目、七月だって同じ一人の人間」


 個人個人に考えられる脳があるから仕方がないかもしれないが流石にこれには家族として言いたくなった。

 そう判断するのだとしてももっと過ごしてからにしてほしい、いまのままでは早すぎる。

 三ヵ月とか一緒に過ごしてなおその感想だったら仕方がない。


「そ、そうではなくてですね……ゆうさんだってほら、椛島さんとは普通ではいられないですよね?」

「え、普通でいられるけど」

「な、ならゆうさんはそうかもしれませんが私は違うのです、それに七月さんだって最近はぎこちなくて……」

「ああ、もう二日目は終わったけどテストだから、七月だって普通に緊張する」


 姉二人はテストのことで不安そうにすることはなかったから少しアレだった。


「そ、そうですか、それならテストが終わればまたいつもの七月さんに……?」

「当たり前、七月は僕なんかよりも遥かにいい大人だから」

「それならよかったです――あ、すみません、お勉強をしましょうか」

「する」


 萌木は鎌野と一緒にやっていて椛島はわざわざあの子とやることを教えてきたから今日は二人だけになる。

 僕としては安心してもらうためにも七月を召喚したいところだが今日は紫月といるから駄目だ、二人きりになれなければ少しも前に進めなくなってしまうからだ。


「僕達のお家に来てほしい、お家でやるのが一番集中してできる」

「わかりました、それならすぐにいきましょう」


 今日も落ち着きすぎて自分が気持ちが悪かったから甘い物を食べてなんとかしたいのもあった。

 あとは他の人のお家でもあまり変わらないがごろごろ休めるのも大きい。


「おかえりゆう……って、つ、津曲さんも来たのね」

「は、はい」

「紫月は?」


 ちなみにお家に誘ったのは完全に自分のためで津曲のためではなかった。

 だからこれは想定外だ、図書室でお勉強をしてくるとはなんだったのか。


「結局混んでいたからすぐに家に帰ってやることにしたの、だけどすぐやめて出ていったわ。ふふ、好きな子と過ごしていた方がマシだーってね」

「ふふ、紫月さんらしいですね」

「あ、なんか急にパンが食べたくなったから買ってくる」


 これも本当のことだ、何故か笑い合っている二人を見ていたらあんパンが食べたくなってしまった。

 最近は変としか言いようがない、食欲の方でもおかしくなってしまうと食費に関わるからなんとか抑えたい。


「気を付けてね」

「んー」


 廊下でも屋内というだけで外よりは暖かかった、つまり現在は寒いわけで走ることにした。

 普段ならスーパーを利用しているところでもそこまでは我慢ができなかったから一番近いコンビニへ、そうしたらまたもや謎に紫月を発見した。

 一緒にいたのは知らない人ではなく椛島だ、まあただお友達としているだけだろうから気にせずに近づく。


「お、こんな偶然もあるのねー」

「あんパンを買いに来た、二人は?」

「あたしは肉まんね、日向はピザまんにするみたいだけど」


 こくこく頷くだけで喋ろうとはしない、萌木の真似をしているわけでもないようだ。

 だったらこれは恋をした者だけに発症するアレか。


「む、それならあんまんにした方がいいかもしれない」

「ま、そこは自由にしなさい。さあ日向いくわよー」

「は、はい」


 二人が思い合っていたとしてもなにも問題はないか。

 ただもしそうならなんともまあ身近な存在達がくっつきそうだなという感想になった。

 とりあえず真似はしないで最初に決めていたようにあんぱんを買ってコンビニから退店、邪魔をしないためにも公園でゆっくりすることにした。

 寒いが仕方がない、空気は読めるようになっているのだ。


「な、なんだこれはあ!?」

「萌木? いたんだ」

「なんでみんないちゃこらしているの!? というか椛島さんって紫月さんじゃない他の子が好きだったんじゃないの!?」


 毎回同じようなテンションでいられそうですごいと思った。

 そんな小学生並の感想はまあどうでもいいとして、鎌野とお勉強をしていたのではないのだろうか。

 やはり学校から離れてしまうとどうしても集中できなくなってしまうのかもしれない、たまたまおかしいだけで僕だって普段はお勉強大好きというわけではないし。


「自由」

「そうだけど! なにもゆうちゃんに見せつけるようにしなくたっていいじゃん……」

「いまので傷ついた」

「え゛っ」

「冗談」


 またお部屋にこもられても困るからこれぐらいがいいか。


「よしよし、気にしてくれてありがと」

「うん……」

「急だけど萌木は鎌野が好き?」


 後か先でしかないからそろそろはっきりしてもらいたい。


「な、なんで急にそう思ったの?」

「勘、それにみんな僕の知っている人を好きになっているから」

「翔太君はあくまで幼馴染で……」


 さっきみたいにハイテンションではないということはここにはないのかもしれない。

 いや、聞くにしても鎌野の方にしておくべきだった、鎌野ならいつもと同じように答えてくれる。


「でも、やっぱり一緒にいて一番安心できる存在だよ」

「椛島が変になったときも鎌野は一番萌木のことを心配していた」

「そ、そんなことがあったっけ?」

「紫月と七月と顔を合わせてから変わったから」

「ああ! やっと本当に仲良くしたい存在が見つけられたってことだよね――あっ、別にゆうちゃんは違うと言っているわけじゃないから!」


 ここまで差がはっきりしているのに萌木はそれでもこのスタンスをやめないみたいだ。

 引っ張り出したからか、だがあれだって何度考えても鎌野が頑張っただけでしかない。


「椛島は遠慮をしてしまうところがあるからもしそうなら本当にいいこと」

「でもさ、ゆうちゃんは……?」

「僕はと聞かれても応援するだけ、お友達を作れたから満足できている」


 空気を読んで外に出て公園で変なことをしているのは正直に言って馬鹿だった。

 風邪を引くだけでしかないからここで終わらせることにする、流石に何回も同じことを聞かれて答えるのは疲れるから避けたい。


「遅いよ、なんでパンを買うだけでこんなに時間がかかっているの」

「紫月でも七月でもいいけどお家に知らない人がいる」

「ちょちょ、知っているでしょうが」


 空気を読んで離れたのに結局みんなで集まっていたらなにも意味がない。

 そもそも最初から過ごしておけばいいのにと七月にツッコまれていそうな件だった。

 新たに入ってきた二人に全く意識がいかないぐらい盛り上がってくれているのであればそれが一番いいが。


「真面目に反応しても疲れるだけ」

「いやあんたのせいだから」

「それより椛島だけでなにをしている?」

「いまトイレにいこうとしていたんだよ、そこであんたが帰ってきたから喋りかけたってわけ」


 トイレは二階にもあるのにここにいるならリビングで集まっていたらしい。

 とはいえ七月及び津曲ペアがここにいないのはよかった、紫月も普段のようにソファでスマホを弄っているだけだからその点での期待はできないとしてもだ。


「あの子はいい?」

「あんたには言ったけどクラスの子だから、なんか気になったみたいなんだよ。だから私も二人きりで行動したのはあの日が初めてなんだよ」

「あの子にとっては違うかも」

「それでも私は……おっと、そろそろ漏れそうだからトイレにいってくる」


 特にやることもないから戻ってくるまでは紫月の横に座っておくことにした。

 それでもずっと小さい画面に集中したままで、椛島も戻ってこないし変な時間になった。

 流石に長すぎないだろうか? あと紫月は目が疲れないのだろうかと気になり始める。


「うわっ、あんたいつの間に帰ってきていたのよ」

「えぇ」


 家族が相手でも内容までは把握しようとしていなかったことが逆効果になったのかもしれない。

 ぴったり真横に座っていて気づかれないのはやばい、そういう能力を有しているのならいいが実際はそんなことはないからただ時間を無駄にしただけだ。


「なるほどね、あんたの反応的に結構前からいたのね。つか日向は? 流石にトイレ長くない?」

「それ、ちょっと見てきてほしい」

「そうね、いってくるわ」


 流石にこれ以上は長引かないだろうから付いていってベッドにでも寝転ぶことにしたら何故か僕のお部屋の前で体操座りをしたうえに膝に顔を埋めている椛島を発見、意味がわからなさすぎて紫月と二人で見つめ合う。


「調子悪いの? だったらゆうの部屋で休めばいいじゃない」

「……いまは帰る気になれないからいい?」

「ん、入って」


 トイレに入れなくて漏らしてしまったわけではないみたいだから理由が全くわからないものの急かすのは違うからとりあえず休んでもらうことにした。


「し、七月さんと津曲さんが過激すぎてね……まさか部屋であんなことをしているなんて……一応まだテストがあるんだよ? やるにしたって終わってからでも遅くないと思うけど……」

「過激? キスとか?」


 落ち着く場所で二人きりになってしまったら人によっては頑張ろうとしてしまうかもしれない。


「だ、抱きしめていたんだよ」

「ぷふ、抱きしめていた程度でその反応とか椛島は初」

「あ、あんただって直接見たら同じように……はならないか」

「ならない」


 それどころか少なくとも七月が振られることにならなさそうだとわかって安心するだろう。


「七月か津曲が好き――いふぁいふぁい」

「興味があるのかないのかはっきりしなよ、あと驚いていただけでないよ」

「なら紫月か」

「だから……とりあえずちょっと寝かせて、一人で盛り上がっていて疲れた」


 どうせずっとここにはいられないから丁度よかったのかもしれない。

 ささっとご飯を作ってできたら起こそう。


「わかった、ご飯を作るから食べていけばいい、そのときに起こす」

「うん、お願いね」


 やはり気になっていても自分が同じようになることはないのだとわかった。

 もし萌木みたいな感じならベッドに気になる存在が寝転んでいるだけで落ち着かないだろう。

 ただそのことが少し残念だと感じている僕もいた。

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