03

「ねえ」

「あ、椛島――」

「しー! 辰巳に気づかれたら面倒くさいからここから離れるよ」


 別に辰巳が来たからって困ることはなにもないのにこちらの手を掴んで歩き始める椛島、やたらと警戒していて数クラス分離れても足を止めることはなかった。


「はぁ、ここまで歩けば大丈夫だよね。ごほん、ここまで来てもらったのはね、あんたに言いたいことがあったんだよ」

「辰巳と仲良くしたい?」

「違うっ、私も、さ、好きな人ができたんだよ」

「どうせ紫月」

「違うよ、そもそも紫月さんには好きな人がいるでしょうが」


 ならやはり素直になれないだけで相手は辰巳だろう。

 あれほど拘っていたのにそこでは違うなんてありえない。


「わかった、一緒にいられる時間が減っても仕方がない」

「は? なに勝手に離れようとしているの、あんたにはこれまでと変わらずに協力してもらうよ」

「でも、紫月のところに連れていくって言っても『迷惑にしかならないからいいよ』と聞いてもらえない」

「そりゃ紫月さんは好きだけど特別な意味で好きなのは別の人間だからね」


 なにか損なことがあるわけではないからいいか。

 椛島と辰巳の二人が消えても僕には依然として鎌野がいてくれる。


「それならその好きな人を教えて、そうしないと協力なんかできない」

「は、はあ? なんで私だけそんな恥ずかしい時間を過ごさなければいけないの」

「なら僕も言う、紫月と七月が好き」

「や、あんたのそれはお姉ちゃんとして好きなだけでしょ」


 明らかになにこいつ……という顔で見られていた。

 確かに一度も恋をしたことがないからツッコまれてもおかしくはないのかもしれない、きっと経験者から見たら変に見えるのだろう。


「ま、放課後に気分がよかったら教えてあげてもいい」


 それなら期待しないで待っておこう。

 授業の時間になったらしっかり切り替えて頑張っていたらあっという間に放課後になった。

 が、教室で待っていても全く椛島が来ないからクラスにいってみるともう帰ったとのことだった。

 別に強制されていたわけではないのだから言いたくないで終わらせればいいのに逃げるとはどういうことなのか。


「あ、この前の女の子」


 太陽の光によってよりキラキラしているように見える。

 しゃがんでなにかしていたから触れたい気持ちをぐっと抑えて横を通り過ぎようとしたら「あの」と声をかけられた。


「やっぱりこの前の子でした」

「僕は紫月じゃない」

「ふふ、それはわかりますよ、紫月さんはもっと大きいですからね」


 普通、だ。

 だがこれなら髪を染めていると言われた方が信じられるぐらいだ。


「そういえば今更だけど同じ学校の制服」

「はい、私も紫月さん達と同じ二年生です」

「敬語は苦手」

「そのままでいいですよ」


 ならこのまま続けさせてもらう。

 教師が相手のときだけしっかり敬語を使えればいいと思っているから。


「いつも一緒に帰るわけではないのですね、少し意外です」

「僕達は基本的にこんな感じ、仲良しじゃないから」


 最近がおかしかっただけ、ゆっくりと前みたいに戻りつつある。

 椛島と辰巳の二人も自力でいけるようになっているから余程のことがない限りはやはり学校では近づかない。


「それなら私がゆうさんを独占するのもありかもしれないですね」

「嘘臭い」

「そう見えますか? 聞こえますか?」


 頷くと「ふふ、残念ですね」と言って笑った。

 さっきの笑みよりは自然なそれだったから残念感は伝わってこない。


「おーい、佐藤さーん」

「鎌野」

「ふぅ、間に合ってよかった、萌木から連れてくるように頼まれたんだ」


 その辰巳だって椛島を探した際には既に教室にはいなかったから変なことを言う。

 だからこれは辰巳のことを出すことで僕に警戒されないようにしているだけだ。


「じゃあまた」

「はい」


 それでも大人だから付き合ってあげようと思う。

 もし本当だった場合は責められるのは彼だからだ、それだけを避けられればいい。

 嘘だった場合でもやりようがある、それにいつも遠慮気味だから珍しく彼が自分の意思で行動したことになるのも悪くない。


「さっきのお姉さん達の友達?」

「わからない、だけど紫月のことはそれなりに知っていると思う」


 紫月のこの前の初めて見たみたいなリアクションが嘘だったとしたら、いや嘘でもいいがあれは自分だけが知っていたかったみたいなそれも含まれているのかもしれない。

 学校に通わなければいけない年齢で絶対に隠し通せることはないもののそれでもなるべくを意識した結果かもしれなかった。


「みんなお姉さんに惹かれているね」

「ふっ、鎌野がそこに加わるのも時間の問題」

「僕は佐藤さんの方がいいよ」

「なら遠慮をするべきじゃない、もっと甘えるべき。素直になればよしよしってしてあげる」

「僕は十分甘えているけどね、いまだって萌木のためとはいえ一緒に来てもらえているし」


 よくわからない。

 あ、幼馴染のご機嫌を損ねないため、つまり自分が怒られないために動いている状態で僕に付き合ってもらっているから彼的には甘えている判定になるのだろうか。

 なんか遠回しだからもっとダイレクトにやってくれればよかった。




「これでよしっと」

「扉前に荷物を置いても出るときに邪魔になるだけ」

「いいんだよ、もうここからゆうちゃんを出さないから」


 なるほど、僕のことを出すことで鎌野に感づかれないようにするためか。

 ちなみにその鎌野は壁に背を預け寝そうになっているところだった。

 幼馴染のお部屋はそれだけで落ち着くのかもしれない。


「椛島もそうだけどなんで紫月達のところにいかない?」

「気づいたの、紫月さん達のところにいっている間に誰かに取られるぐらいならずっといた方がいいって」


 確かにずっと一緒にいるから勢いだけで喋っているわけではないことはわかる。

 だが、それなら二人と会えることになったときのあのハイテンションだったのはなんだったのかとなってしまう。

 全てではなくても椛島も原因で学校に来ていなかったのに普通に仲良さそうに喋れてしまうところも気になってしまうところだ。

 どこかで必ず嘘をついている、時間が経過してから実は~なんて言われても嫌だから吐かせておきたい。


「僕なんか誰も取らない」

「そんなことを言っているくせにどんどんと側に女の子が増えているんだよね」


 増えているとはいっても椛島ぐらいだ、今日の金髪の女の人はノーカウントだろう。

 となればあとは姉二人だけなので過剰な反応だった、しかも椛島だって好きな人ができて時間だって減るだろうから更によくわからない。

 勢いだけであったとしても嫌いとか言っていたぐらいだから大事な話をするつもりはないのだろうか?


「男の子ならいい?」

「それはそれで駄目」

「鎌野ならいい?」

「……翔太君でも駄目」


 男の子でも女の子でも駄目なら僕は性別がなさそうな神なんかと恋をするしかない、実際は神なんかはいないからつまり恋をするなと言われているようなものだ。

 紫月が聞いていたら「嘘でしょ」と言葉で刺されてしまいそうだが恋自体には興味を持っていた、ただそういう人間が現れないだけなのだ。


「他の女の子に取られるぐらいなら紫月先輩か七月先輩に取られた方がいいよ」

「無駄な心配をしすぎ」


 延々平行線で疲れるだけだから強制的にここで終わらせて僕も鎌野の真似をする。

 わざわざ正面まで移動して明らかに不満があるといったような顔をしていたから紫月だけでも召喚することにした。

 こういうときにノリがいいのが紫月だ、すぐにやって来て「へえ、いい部屋じゃない」なんて感想を言っている。


「邪魔をしたくないけど紫月の力が必要だった、ただお友達といるだけで変な風に見えてしまうみたいだから紫月がなんとかして」

「ん? ということはあんたのことをそういう目で見ているってこと?」

「いまは勘違いをしているだけ」

「まああんたは狭い世界から連れ出した人間だもんね、気に入ってしまってもおかしくはないか」


 長年努力をしてやっとのところで連れ出せたのならそうかもしれないがただお家にいってみただけだ。

 その際だって最初から諦めていたぐらいだしこの件で本当になにもいいことはできない、だからわかりやすく僕より魅力的な紫月に来てもらったのだ。

 辰巳が勘違いを続ければ続けるほど紫月に迷惑をかけることになるのだとわかった方がいい、場合によっては七月にだって頼らなければいけなくなるのだ。


「それより椛島は? あの子もこの子もあたし達のところに来ないから気になっているんだけど」

「椛島は乙女になった」

「へえ、ゆうの周りの人間が一気に誰かを好きになるものなのね」


 漫画やアニメならその流れに乗っかって僕にも好きな人ができた――なんてことになりそうだがその気配は全くない。

 それもそうだ、僕が普通ではないということもなくてお友達にみんな好きな人ができているからだ。

 辰巳だって変な洗脳みたいなものが解ければ誰かを好きになるだろうから間違ってはいない。


「ゆうのそういう話も期待しているわ」

「成人するまでにはなんとかする」

「ははっ、遠すぎでしょ――というわけでもないか、あっという間に成人して働いて家に帰るだけの毎日になる、恐ろしいわよね……」


 なにか変なスイッチを踏んでしまったみたいだからこれも変えておいた。

 僕らは一年生で紫月は二年生だから時間がある、冬が終わればすぐに学年が変わるとしてもそうだ。

 それに〇〇までになんて決めたところで上手くいかないからなるべく意識をしていない方がいい気がする。

 

「というか喋りなさいよ辰巳」

「紫月先輩って怪しいですよね、本当は好きな人ってゆうちゃんのことじゃないんですか?」

「違うわよ、明日連れていってあげるから教室に来なさい」

「わかりました」


 期待をしてじっと見ていたら「あんたには教えないわ」と言われて拗ねた。

 だがここで拗ねていても迷惑になるだけだから鞄を持って辰巳家をあとにした。




「こんにちは」

「エミ」

「え?」

「あ、なんとなくそんな名前かと思った」

津曲水貴つまがりみずきと言います、よろしくお願いします」


 全然違う……。


「触ってみたい」

「髪にですか? 優しくしてくれるのなら構いませんよ」


 おお、金色に触れられているというだけで全く違うように感じてくる。

 お礼を言って手を見つめていると「満足できましたか?」と聞かれたから頷いた。


「意外と津曲のこと見ない」

「髪が少し派手なこと以外は特になにもありませんからね、ただの年上にしか見えないでしょう」

「上手く言えないけど奇麗」

「あら、ふふ、ゆうさんはお上手ですね」


 紫月はたまに邪悪な笑みになるときがあるからどちらかと言えば七月寄りだ。


「あ、ちょっ、あんたなにしているの!」

「なにしているのって津曲と話しているだけ」

「こっちに来なさい!」


 どうして普段と変わらない一日でしかないのにここまでハイテンションなのか。

 常に全開では疲れてしまう、それがわからない高校生ではないだろう。


「あ、あれはどこの誰!?」

「多分紫月とかのお友達の津曲水貴」

「しょ、紹介して!」


 ハイテンションな状態で絡まれるよりはマシだから戻って紹介しておいた。

 とはいえやはり僕のお友達ではないから紫月とかの名前を出しておくしかない。

 好きな人がいるとはなんだったのかとツッコミたくなるぐらいには興味を持っていた。

 それでも面白いところは違うところを見ているところ、目が合いそうになると慌てて逸らしている。

 津曲の方は余裕があってそんな椛島を楽しむかのようにその先に移動していた。


「ふふ、顔が赤いですよ? 保健室に連れていってあげましょうか?」

「い、いえ、これは一人で興奮した結果ですから大丈夫です」


 数回深呼吸したことで普段の椛島に戻った。

 それがいい、いちいち人と話すぐらいで顔を赤くしていたら疲れてしまう。

 今回は好きな人が相手ではないのだからできるはずだ、できないならここから連れて離れたってよかった。


「そうですか、それでも本当に無理なら言ってくださいね、ゆうさんと運んであげます」

「こ、こいつのことな、名前で呼んでいるんですか?」

「はい、この学校には紫月さん達もいますからね」


 なんかじっと見てきたから両手で両頬を挟む。

 すぐに「冷たいから離して」と言われたが言うことを聞いたりはしなかった、だって温かくてよかったからだ。


「それとこいつはやめてくださいね?」

「す、すみませ――……って、おかしくない?」

「なにもおかしくありませんよ?」

「わ、わかりましたからその怖い顔をやめてください!」

「ふふ、わかってくれればいいのです」


 今度は冷たくなったから僕が温めてあげる番だった。

 冷たいと言われたぐらいだから効果があるのかはわからないがそのままにはしない。

 意外なのはこちらに注意することもなく津曲と話していることだ。


「くっついてしまいましたね」

「紫月さんに聞いたんですけどこい――佐藤は甘えるのが苦手みたいなんです、だからこういう形でしかできないのかもしれません」


 すぐに甘えてしまうのに苦手と言ってしまっていいものなのか。

 鎌野や辰巳、椛島と過ごすようになるまではなるべくいかないようにしていたから全てが間違っている……わけではないのだろうか?


「ゆうさんゆうさん、私でもいいですよ?」

「このままでいい、椛島の役に立たなきゃ駄目」

「や、なんでそんなことになっているのかわからないんだけど」

「意外にもお世話になっているから」


 頼まれたから仕方がないと片付けられるからだ。

 だからいてくれるだけで役に立ってくれている、わからないならわからないままでいい。


「ゆうは津曲さんとお友達だったのね」

「偶然が重なっただけ」

「そうなのね」


 ここにいるだけで紫月や七月が来るのなら僕も役に立っていると言えるかもしれない。

 というか血の繋がった姉で急に近づいても警戒されない身として既に――まあ一方的に支えてもらうだけでは駄目だからいいことだろう。


「今回ここに来たのは紫月から頼まれたからなの、椛島さん、あなたに来てほしいそうなの。辰巳さんにもそうだけどいまはいないからとりあえず椛島さんにだけでもって感じね。あとゆうもそうよ」

「わかりました」


 僕のことも出してくれたのは七月が優しいだけだ。


「ほい」

「な、なんで押すの――ぎゃあ!? すみませんすみません!」


 ぷふ、椛島の慌てているところを見られるのはやはり面白い。

 しかもこれだっていい方に繋がる行為だ、少なくとも椛島的にはそうだと言える。


「気にしなくていいわ、それより椛島さんは温かいのね」

「そ、そりゃ生きていますからね」

「味わってもいい?」


 七月はこういうところがある、特に後輩の女の子が好きだった。


「へ?」

「抱きしめさせてちょうだい」


 ふぅ、今日も役に立ってしまったぜ。

 何故かまた手の甲をつねられていたがこんなのはただの照れ隠しでしかない。

 紫月が相手のときでもしてあげようと決めた。

 正直に言って自分の知らない人を好きになっているのは気に入らないからここにいる椛島のことを好きになってもらうのが一番だった。

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