02

「あれ、また学校に来たんだ? 私はてっきりそのまま辞めるのかと思っていたけど」

「あはは……流石に学費だって払ってもらっているんだから辞められないよ」

「ふぅん、そうなんだ」


 対人間関係で嫌なことがあったのだとすぐにわかった。

 でも、この件は辰巳がなんとかしなければならないことだからなにも言わずに近づく。


「辰巳おはよ」

「お、おはよう」

「約束守る、いまから二人のところにいこ」


 さっき別れたばかりだが二人なら普通に相手をしてくれるはずだ。

 というかしてくれないと困る、あの二人が無駄に警戒してくるようだと僕はいつまで経っても約束を守ることができない。

 自分中心で考えるところがあるからそれだけはなんとしてでも避けたかった。


「あ、でも……」

「もういいよね?」

「まあ……」

「大丈夫、ほらいこ」


 階段を上ったすぐのところに紫月のクラスがあって、その二つ先に七月のクラスもある。

 全く気にならないから突入して突っ伏して休んでいた紫月を連れてきた、七月はお友達と楽しそうにお喋りをしていたがそちらも同様だ。


「辰巳萌木、約束だから連れてきた」


 辰巳は姉二人と同じように髪が長い、引きこもっていなくてもぼさぼさになるのは避けられなかっただろう。

 それでも今日は奇麗に整えてあるから朝から姉二人みたいに頑張っていることがわかった。

 全く関わったことがなくても僕がすぐに連れていく人間だと予想していた可能性もある、二人のことを出したらハイテンションになっていたことからも別の人間に会う場合とは違うとわかる。


「へえ、じゃあ友達ができたのね?」

「ん、もう大丈夫」


 辰巳が無理でも鎌野がいるのだ。

 辰巳が出てきたからってお友達でいることをやめるような人間ではないはずだ。


「ふーん、中々可愛いじゃない」

「近いしじろじろ見すぎよ、この子が怯えてしまうわ」

「でもほら、安心して任せられるかどうかちゃんと見ておかないといけないじゃない?」

「大丈夫よ、ゆうはそこまで弱くないわ」


 自分の強さはいまいちわかっていない。

 赤ちゃんみたいに泣き喚きこそしないものの結局は誰かを求めているからだ。

 二人が来ないときにも変わらずにいられるようにしていただけ、我慢をしていただけにすぎないから。


「ん? 顔がどんどんと赤くなっていくわね、あ、呼吸をちゃんとしなさい」

「んは!? はぁ……はぁ……あ、ありがとうございます」


 これは過去にも同じようなことがあった。

 お願いされて二人のところに連れていっても上手く話せなくて終わってしまうのだ。

 お願いしてきた子達にとって幸いなのは二人が優しく対応をしてくれることだろう。

 残念なのは優しいとわかっても次も頑張ろうとする子がいないことだった。

 他の子となにも変わらない普通の女の子でしかないのに何故そうなってしまうのかわからなかった。


「いや別にお礼を言う必要はないわ、それよりどうしたの?」

「……私、ずっと紫月先輩と七月先輩とお話ししてみたかったんです、だからいま夢が叶って、だけど本人を目の前にしてどうしようもなくなってしまったという感じで……」

「あたし達のことを知っているのね」

「あっ、見た目と軽くどういう人なのかぐらいは……」


 彼女に近づく勇気があったら一ヵ月も時間を無駄にしなくてよかったのかもしれない。


「す、すみませんっ、今更ですけどお名前で呼んでしまってっ」

「別にいいわよ、七月もそうでしょ?」

「ええ、気にする必要はないわ」

「あ、ありがとうございますっ」


 きっかけを作ってあげられればそれだけでいいから出しゃばらずにこの場をあとにした。

 鎌野とお喋りをしたかったのもある、意外と気に入っているのかもしれない。


「おかえり」

「早速約束を守った」


 求めていた人間がちゃんと学校に来て初日から自分のしたいようにできているのに彼の顔は不安そうだった。


「だけどいいのかどうかはわからないんだ。萌木は惚れやすいタイプじゃないけど気に入るとそれ以外が疎かになってしまうというかさ。それに女の子が好きなのもね、だってお姉さん達には好きな人がいるんでしょ? 頑張ってもどうにもならないのは……」

「鎌野は考えすぎ」

「それでもまた同じようなことになったら嫌だから」


 彼は突っ伏し「そんなことになったら今度は僕が……」と呟くようにして言う。

 二人に会わせる前のことを教えようとしてやめた、いまは不安定な状態だから今度でいい。

 僕だって引っ張り出すだけ引っ張り出してそれだけで終わりにするつもりはない、少なくとも冬休みに入るまでは見ておくつもりだ。

 二人しかいらないのだとしてもだ。

 あと恋のことに関してはあの二人がきっちりしているからその点でも安心していい。

 悪い方にばかり考えるのは逆効果にしかならないからやめるべきだった。




「ねえ、あんた辰巳のなんなの?」

「辰巳の……なんだろ」


 頼まれて受け入れてたまたまいったタイミングで辰巳が出てきただけだから僕はあんまり関係ない。

 お友達にだってなっていない、見ておくだけで僕も見ておくだけにするつもりだから変わらないだろう。


「あなたは辰巳が嫌い?」

「嫌い、いつもヘラヘラしていてうざい」

「可愛いから?」

「あいつが可愛い? はっ、あんたって目もおかしいのかもね」


 目もということは他にもおかしな部分があったのか。


「これが所謂ツンデレか」

「味方をするつもりなら先に言っておくけど私が原因だからね、これから先も似たようなことが起こるよ」

「え、なんで自ら吐くの?」

「つまりあんたの敵でもあるからだよ、私は絶対に辰巳を許さない」


 そうか、ならこの子に粘着しよう。


「僕は佐藤ゆう、よろしく」

「え、佐藤ってあの?」

「そう、有名な名字の佐藤」


 現在では一番人が多い名字らしい、いま調べてみた。

 僕としてはもっと人が少ない名字でよかったが佐藤家に生まれてしまったのだから仕方がない。


「じゃなくてっ、紫だか七だかの妹ってこと?」

「そう、紫月と七月は僕の姉」

「はあ……? あんたマジで言っているの? え、こいつが? いやいや、ないないない」

「連れてきてあげようか?」

「できるものなら」


 午前中にも頼んで申し訳ないが付き合ってもらうしかなかった。

 依然として突っ伏して休んでいた紫月と今度は読書をしていた七月を強制的に連れてきた。

 名字も名前も知らない子は「え、あ、う」と一人で慌てている、やはり駄目みたいだ。


「なーに? また友達ができたの?」

「違う、僕達が姉妹だって信じられなかったみたいだから」

「あたし達はちゃんと血の繋がった姉妹よ、というかまだこういうのいたのね」


 いるからきっと卒業までに同じようなことが何回も起きる。


「ちなみに辰巳のお友達」

「は!?」

「うわ、大きな声ねえ」

「す、すみません……」


 何故か手の甲をつねられていた。

 だってそうだろう、他の誰よりも興味を持って近づいているのだから間違ってはいない。

 本当に嫌いで自由に言われたくないのならいますぐに無駄なことをやめて去るべきだ。


「ふふ、元気でいいじゃない、あなたも見習った方がいいわね」

「あたしはなるべく休むようにしてんの」

「物は言いようね、ただ勇気が出ないだけなのに」

「う、うるさいっ」

「あなたの方が大きな声ねえ」


 煽る煽る、だがこれも仲がいいからこそできることでなんにもない二人がやってもただ喧嘩になって終わるだけでしかない。

 辰巳とじゃれたいなら変なやり方はやめて素直になるべきだ、まともな高校一年生ならわかるはずだ。

 もしそれでも駄目なら僕がなんとかする。


「ま、あたし達のことはどうでもいいのよ、問題なのはこの子とゆうだから」

「あら、なにか問題があるの?」

「二人は友達なんかじゃない、それは見ていればわかる。あたしが気になるのはこの子ね、なにかよくない感じがするのよ」


 いや、そういうのは期待していなかった。

 二人に頼るのは本当にどうしようもなくなったときだけでいいのだ。

 連れてきておいてあれだがこんなしょうもないことで時間を無駄にさせるのは違う、好きな人に対して頑張ってくれればいい。


「またそうやってすぐに敵扱いとまではいかなくても警戒して」

「意外とわかるものよ、寧ろ七月がすぐにわからなかったことの方が驚きなんだけど?」

「む、違うわよね? え、あら、ど、どうしたの? 別に責めたいわけではないのよ?」


 蹲ってしまった。

 あともう少しぐらい頑張れば少なくとも二人には隠せたのになにをしているのか。

 素直に吐いてきたことといい、隠しておくことができない人間性なのかもしれない。


「この子のこの行動が表しているわよね」

「あ、あの、少しこの子と二人きりになりたいんですけど……いいですか?」

「わかった、待っててあげるから必ず戻ってきなさい」


 勢いよく立ち上がるとこちらの腕を掴んで走り出す彼女、元気ではあるみたい?


「はぁ……はぁ……なんでこうなったの」

「全部あなたのせい」

「うっ」

「それより名字だけでも教えてほしい」


 あなたとか言うのは自分のキャラ的に違うからやめたかった。

 名字か名前を呼び捨てで呼ぶのが僕のスタンスだ、姉相手にもそうなのだから例外はない。

 嫌ならしっかりと相手が嫌だと言ってくれるからそうなったときに変えればいいのだ。


椛島日向かばしまひなた

「辰巳と交換した方が合っているかもしれない」

「余計なお世話。そ、それよりさ、紫月さんって素敵だよね!」


 見破ってきた相手なのにおかしい、早くも壊れてしまったようだ。


「もう辰巳なんかどうでもいいや、私、紫月さんみたいになりたいから協力よろしく」

「紫月には好きな人がいる」

「だから? 別に恋をしたわけじゃないんだからいいでしょ、友達ぐらいにはなってくれるでしょ?」

「わからない、椛島次第」

「そ、じゃあ頑張るよ――なに? 辰巳に変な絡み方をしているよりもよっぽどいいでしょうが」


 こちらの髪をぐしゃぐしゃにしてから「戻ろ」と。

 なんか一人だけスッキリしたような顔でいて気に入らなかったが我慢をした。




「むぅ」

「また椛島? 怒ってくる」


 立ち上がったところで腕をがしぃ! と掴まれて進めなくなった。


「違うよ、ゆうちゃんが椛島さんとばかり仲良くしているからだよ」


 ということらしい、僕に不満があるようだ。

 と言われても困る、椛島だって紫月にしか意識がいっていない。

 僕は紫月に近づくための道具とか所詮はそれぐらいの扱いだった。


「椛島は壊れた」

「そうやって躱そうとしても駄目だからね?」


 仕方がないから本人を連れてきて証明することにした。

 本人からの言葉が他のなによりも効くのだ。


「はあ? 流石に私だってそこまでクソじゃないんだけど、紫月さんに近づくために利用しているだけなわけがないでしょ」

「でも、椛島は僕に興味がないから」


 いまだって利用していることは認めているのだから被害妄想とはならない。

 だからといって自分の相手をしてほしいなんて言うつもりはないが。

 連れてきたのは辰巳にわかってもらうためでしかない。


「だーかーらーはぁ……辰巳もよくこんなのといられているよね」

「あ、そういうこと言っちゃ駄目だから」

「まあいいや、嘘じゃないことをわかってもらうためにここに残るよ」


 彼女は何故か僕の足の上に座って「意外と安定感があるね」なんて呟いている。

 いまこのときだけ甘えられても内のなにかが変わることはないがまあ悪くはない。


「どうせ暇なら服でも買いにいかない? 新しい服が欲しかったのよね」

「いいよ、もちろん辰巳も連れていく」

「当たり前でしょ、あんたと二人きりで行動したって証明にはならないからね」


 なら出発だ。

 学校からニ十分ぐらい歩いたところに商業施設があった。

 平日でも土日でも変わらずに人が多いところだがまあいちいちお店からお店まで時間をかけて歩くよりはマシだろう。

 値段もそこそこ高く設定してあるから無駄遣いをしたくならないのもいいところだった。


「ん-一度はこういう大人のお姉さんって感じがする服を買ってみたいものだけどね、絶望的に似合わないからいつも買えないんだよね」

「勝手に悪く考えているだけ、着てみたら似合うと思う」

「紫月さんや七月さんじゃないんだから無理だよ、あんたは身近で見ていて麻痺しているの」

「ほら、言い訳をしないでいって」

「ちょ、押すなっ」


 商品と一緒に試着室に突っ込んでしまえば着替えるしかないのだ。

 おまけに前に立って着替えるまで出られないようにする。


「ほ、ほら、似合わないでしょ?」

「髪が長いのもいい、可愛い」

「かっ、可愛いなら失敗じゃない、この服なら奇麗って感想にならないといけないんだからっ」


 とかなんとか言いつつ色とかもよかったのかお会計を済ました彼女がいた。


「そういえばあんた達ってどうやって知り合ったの?」

「鎌野経由」

「ふぅん、意外と男の子に興味あるんだ?」

「お友達になってほしいと頼んだ、そうしたら受け入れたくれた」


 今日も放課後になるまでは沢山お喋りをした、鎌野は聞き上手だからついつい喋りすぎてしまう。

 それと今日わかったことは幼馴染の鎌野がいても辰巳は積極的に喋ったりはしないということだ。

 でも、僕のことを考えて遠慮をしているだけだろうからお家に帰った後なんかには甘えていそうだ。


「ん? それで引きこもっていた辰巳を連れ出したんだよね? じゃあまだ辰巳とは友達じゃないってこと?」

「お友達でいいと思う、特に〇〇をしたらお友達なんて拘りはない」

「まあそうか、そうじゃなかったら一緒に行動なんてしないし」

「だから椛島もお友達」

「……まあいいけど」


 それにしても何故僕は手の甲をつねられているのだろうか。

 そこまで強くなくても赤くなりそうだからやめてほしい。


「出会ったばかりなのに気に入られているんだね」

「嫌われてはいないと思う」


 姉二人のところにいかずにどこにいっても付いてくることからもわかる。

 ただ僕らは出会ったばかりだしやはり偶然が重なっただけだからいいのかと考えるときはある。

 いいとこ取りをしてしまったのも不味い、彼女が勘違いしてしまっているのも拍車をかける。


「安心していいよ」

「なら椛島とも仲良くなれそう」

「調子に乗らないで」


 そう、一緒にいてくれていても言葉でぴしゃりと線を引いてくれるぐらいでいいのだ。

 卒業までになんとかできればいいと考えていたのもあってすぐに仲良くなれるなんて考えてはいなかったから。

 だってそうだろう、ここまできて姉二人以外とはろくにいられなかった時点で自分に問題があることぐらいわかるのだ。

 だからいまはどこが悪いのかを探している状態だった。

 唐突にできたお友達が唐突に消える可能性は高いから、また一人になったらその差にやられてしまうからその前に見つける。


「ゆうちゃん、これ可愛いよ」

「確かに可愛い」


 髪をまとめるためのアクセサリーが多い場所だ。


「ん-だけどこれは椛島さんの方が似合うかも、ゆうちゃんには真っ白な方がいいや」

「おい辰巳、あんたいまさらっと馬鹿にしたよね?」

「馬鹿にしていないよ? ただ椛島さんは黒色が似合いそうだなって思っただけ」

「どうだか」


 というかこの二人は仲が悪いわけではなかったのだろうか?

 詳しく知っているわけではないからいちいち引っかかることになりそうだった。

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