175
Nora_
01
私には二人の姉がいる。
それでも二人は母を真似て髪を伸ばして張り合っているぐらいだから仲は悪くない。
問題なのは僕の方だ。
「あんたこれ片付けておきなさい」
「そうね、あなたがやらなければ駄目よ」
名前はゆう、僕だけ何故か月が入っていないどころかひらがなという微妙な感じ。
これではまるで他所から連れてこられた人間みたいだろう。
あと、嫌いな食べ物ばかりを僕のお皿に放ってこられることも本当に困る。
そう、この双子姉妹は嫌いな食べ物が本当に多かった。
飲食店にいくことになってもやれ〇〇は苦手だからと言って前に進まない。
だけど両親はダダ甘で怒ったりすることもなく、まあだからといってこちらにだけ冷たいとかもないのはいいのだが。
とりあえず捨てるわけにもいかないから食べて洗い物を始めた。
同じ学校に通っていても一緒に登校することはない。
「ゆうはまだ家にいたの? 早くいかないと遅刻しちゃうよ?」
「お母さんがもうちょっと頑張ってくれたらこんなことにはなっていない」
「あはは、朝が苦手だからごめんね」
毎日毎日家事をやってから通っていることは関係していない。
双子は双子で、僕も僕で合わせようとしないからこうなっている。
それにはっきりと言わせてもらえばあの双子といないで済んでいる学校の時間だけが癒しだ。
「いってくる」
「はい、いってらっしゃい」
両親のどちらもお仕事は九時からだからそこは羨ましかった。
いや、羨ましいのではなくてずるいと思う。
「ゆう、あんた遅いわよ」
「紫月?」
なんか変なことが起きた。
待ってくれていて嬉しい! なんて感情は微塵も出てこない。
それどころか嫌な予感がして、冬なのもあって体がぶるぶると震え始める。
どうかお願いだから面倒くさいことにならないでほしい。
「そんなにきょろきょろしても七月はいないわ、ここにはあたしとあんただけよ」
「なにかあるなら早く言って」
「今日の放課後は教室で待っていなさい、あたしが言いたかったのはそれだけよ」
一緒に登校するつもりはないようで「じゃあね」と言って姉は歩いていく。
七月はともかく紫月は馬鹿だ、こんな無駄なことばかりを繰り返している。
家族ということで連絡先を交換しているのにそれを使用しないのは何故なのか、普段ポチポチとスマホを弄っているのにメッセージを送る脳がないのかもしれない。
とはいえ、仲が絶望的に悪いわけではないのは救いだった。
僕はとにかく面倒くさいことから逃げたいから。
喧嘩して普通に喋ることすらできなくなるとただお家で過ごすことだって大変なレベルになってしまう。
そうなるぐらいならこちらが一切悪くなくても謝ってなんとかする、土下座だって気持ちこそこもっていないがやったっていい。
「おはよう」
こうして挨拶をしても返してもらえないぐらいだから家族との関係維持は大事なのだ。
別に逃げているわけではないが教室から出てきていた。
登校している間だけで見飽きた空を見つめる、内側がこれぐらい青色で奇麗だったらいいのにと考えるときはある。
どうしたってすぐに暗い色が混じり始めて汚くなってしまうから意味もない考えではあるが。
「ゆう」
「七月、今日は紫月といい変なことばかり起きる」
「夢ではないわ、そして一日限りのことでもないの」
どうだか。
「相変わらず教室の方では駄目みたいね」
「昔からそうだった、最初はともかく途中からは反応してもらえなくなる。これって僕に魅力がないから?」
「あら、そんなことはないわよ。ただ少し……怖いのかもしれないわ」
僕が怖い? それはよくわからない。
表情が変わらないからなにを考えているのかわからないとは言われたことがある。
他人が来るのを拒絶しているわけではないから教室には鏡を設置してもらいたいところだ、もしそのような顔をしていたらすぐに直すつもりだ。
でも、そんなことには絶対にならないから僕と周りの関係はずっとそのままだと思う。
「あなたは本当に求めているの?」
「ん、僕は人といるのが好きだから」
「そう、それなら周りの子に伝わるといいわね」
一年の十一月だが僕はまだ諦めていなかった。
卒業するまでになんとかできればいい、一人だけでも仲良くできれば十分だ。
いますぐにどうこう変わることではない僕の話は置いておいていまは姉達のことだ。
今日だって好きな物だけを出したからお腹が痛くなったりはしていないだろうに変だった。
紫月も七月も風邪を引けば最低三日は寝込むからその点での心配もない、風邪を引いていたらあそこまでいつも通りではいられない。
ならどうして、これまで学校では近づいてこなかったのに。
予鈴が鳴ったことで中断することになった。
授業の時間も使って考えてみたものの、すぐにこれだという答えは残念ながら出ることはなかった。
「ちゃんと待っていたようね」
「それで?」
「そう急かさないの、よっこいしょっと」
校則ギリギリのところでまとめていてもかなり長いから座るのも大変そうだ。
それでも大変なことよりも七月に負けたくない気持ちが勝っているから切るつもりはないらしいと聞いた。
「あんたの友達をあたしに紹介しなさい」
「いない」
「だから作れって話よ、そうね、十二月いっぱいまでの条件なら余裕でしょう?」
まだ十一月になったところで確かに時間的に余裕はある。
「紫月は本当にできると思っている?」
「できるわよ、いまのあんたは動いていないだけだもの」
「なら頑張ってみる」
「そうよ、仮に断られても恥ずかしいことなんかじゃないわ、動かないで自分を守ってばかりの方がよっぽど恥ずかしいことなの」
でも、やはり紫月は無駄なことを好むようだった。
もうそこまでスマホを使用したくないのなら解約すればいいと思う。
「というのが一つ目、二つ目の言いたいことは……」
「紫月らしくない」
「好きな人ができたのよ」
「七月?」
「なんでよ、七月は家族じゃない」
普段から一緒にいるから私からすればそれが自然だっただけだ。
「同じクラスの女の子なんだけどね、もう可愛くて仕方がないのよ」
「そっちはいいの?」
「あたしは男の子より女の子の方が好きよ、あーもう抱きしめたいぐらい」
「そっか、頑張って」
「友達を作るように言ったのはそのためでもあるの、だって紫月が一人になるから」
元々姉達が来てくれなければ一人だということを知っているのに変なことを言う。
だが別に悪いことではないから努力はする。
その結果、上手くいかなくても仕方がないと上手く片付けるつもりだ。
「話は終わり、帰りましょうか」
「ん」
もし上手くいったらお出かけなんかをして楽しみたいと思う。
更に仲が深まればなにかお揃い物を買うのもいい。
未経験なりにそんな夢みたいな想像をすることは多かった。
なにも知りすぎていればいいわけではないのだ。
「あんたも誰かを好きになりなさい、そうすればまあ……誰か近づいてくれるんじゃない」
「好きになっている時点でそう」
「わからないじゃない、一目惚れなんてことになる可能性だってあるでしょ?」
見た目だけで判断して気にするわけだから褒められることではなかった。
好きになるのならきちんと関わって、知ってからにしたい。
「あたしは昔――金髪、ね」
「うん、外国人かも」
意外とただ学校に通っているだけでは金色の髪の人を見る機会がなかったから新鮮だった。
「ちょっと話しかけてくる」
「え」
まさか紫月の方が一目惚れをしてしまったのだろうか?
直前の話を聞いていなければ頑張ってと応援するところだが……。
「お待たせ、あくまで普通の女の子だったわ」
「染めていただけってこと?」
「ううん、髪の方は地毛みたい、だけど普通に会話できたから」
となるとハーフの女の子、というところか。
紫月も別に惚れたわけではなかったみたいだったからほっとした。
会えるかどうかもわからない子相手に頑張るよりも気になっている相手に頑張る方がいい。
「金髪って……いいわよね」
「校則的に怒られるよ」
「やらないわよ、だけどいつかはしてみたいわね」
僕が髪を染めるなら銀色に染める。
どうせ歳を重ねたらお婆ちゃんになって白髪でいっぱいになるのだから大して変わらない、予行演習みたいなものだろう。
「じゃ、ご飯は頼んだわよ」
「ん」
「あ、ゆう、今日一日だけのことじゃないから」
言葉だけではこれまでのことがあって信じられないから行動で嘘ではないと示してほしい。
すぐにご飯作りを始め、ある程度まで作ったところで「ただいま」と七月が帰ってきた。
台所までやって来た七月はこちらの頭を撫でて「偉いわね」と、いつものことなのによくわからないが。
「七月、紫月は好きな人ができたんだって」
僕に言っておいて七月には言っていないなんてありえないから意味はないが言わせてもらう。
「そう、上手くいってほしいわね」
「ん、泣いてほしくない」
「きっと泣きたいことがあっても紫月は隠してしまうと思うわ」
「そのための七月」
「私にそんな力はないわよ」
本当にらしくない、気に入らない。
姉達の暗い顔は見たくない、そんな顔をするぐらいなら部屋にこもっていてほしい。
一番残念なのは僕の作ったご飯に笑顔にさせる効力がないことだった。
「ゆう、実は私も前々から好きな女の子がいるの」
「急だね」
「言っておかないと紫月ばかりを応援しそうだったから」
「わかった、応援する」
「ええ、ありがとう」
もうすぐできるのに七月もここから消えた。
一人でご飯を作っている間、寂しかったがなんとか抑えて料理にも変なのが混じらないようにして集中した。
でも、やはり僕が勝手に線を引いてしまっているわけではないのは確かなことだ。
この中途半端な感じが実に気に入らなかった。
「鎌野」
「……うん? え、誰……かな?」
「同じクラスの佐藤ゆう、よろしく」
「ごめん、今日は眼鏡を持ってきていないうえにコンタクトもしてこなかったからすぐにわからなかっただけで佐藤さんのことはわかるよ」
「お友達になってほしい」
「僕と? それはどうして?」
「鎌野が一番静かだから、声の大きい男の子は怖い」
「いいよ?」
よし。
よろしくの握手もして満足できたから後は席に張り付いていた。
それで翌日、
「おはよ」
「おはよ」
昨日とまるで変わらないが昨日よりしっかり見えていそうな鎌野がやって来た。
「僕には二人の姉がいる」
「知っているよ、紫月先輩と七月先輩でしょ? 二人とも喋り方も似ているよね」
生徒会をやっているだとか人気者だとかそういうことでもないのにどうして知っているのか。
お友達の件を受け入れてくれたのも二人に興味があったからだろうか? 残念ながらなにも進展しようがないが。
「お友達になってもらったお礼に会わせてあげてもいい、だけど二人には好きな人がいて恋はできないから期待しないで」
「ん-僕は佐藤さんといられればいいかな」
「一応言っておくとちゃんと血の繋がった妹だから」
「うん、疑っていないよ?」
それなら色々と知ってもらうために色々なところに彼を連れていった。
そのどれもが僕にとっての思い出の場所、彼からすればどうでもいいはずなのに最後までちゃんと付き合ってくれた。
最初だけでもいい、合わせてくれたことが嬉しかった。
「学校にいっても毎日がつまらなかった。自分が原因だとわかっていてもすぐには変えられなくて重ねていく度に駄目になって、だけどそんなときに佐藤さんが来てくれたんだ」
「一人でもつまらないと感じたことはない、寂しく感じたことはあるけど」
「ただ他の人といられないから勝手に学校を悪者にしていただけなんだ。でも、これからはもう大丈夫だと思う、自惚れかもしれないけど佐藤さんならずっといてくれそうだから」
「ん」
余程のことがない限りは僕はずっとこのままだ。
自分から頼んでいなくてもだ、一緒に過ごせば自然と相手とはいたくなるものだ。
「いきなりで悪いんだけど佐藤さんにお願いしたいことがあるんだ、それは僕の幼馴染のことなんだけどさ」
聞けばここ一ヵ月ぐらいは学校にもいかず更に言えばお部屋からも出てこないらしい。
どうにかして彼は連れ出したいみたいだがお部屋に入ることもできずに困っているようだ。
「いくぐらいならできる、けど、なんとかできるとは思えない」
「試してみてほしいんだ、女の子が好きだからもしかしたら出てきてくれるかもしれない」
ここにも女の子が好きな女の子がいたみたいだ。
特にやることもないから早速行動を開始した。
彼のお家は学校からすぐのところにあって、幼馴染の子のお家もその数軒先にあった。
インターホンを鳴らす、時間的にご両親なんかはお仕事の時間だろうから無理だろうと考えていたのにあっさり出てきて上がらせてもらうことになった。
「中にいるの、でも……」
とりあえず自己紹介と鎌野のお友達だということを話させてもらう。
でも、こんなので出るなら彼もお母さんも困ってはいないわけで、なにも言われずに静かな時間となった。
「
親友パワーでも駄目みたい。
元々長くいるつもりはないから彼の背中を優しく押して一階に移動しようとしたら突然お部屋の扉が開いて僕だけ連れ込まれた。
「やっぱり」
「まさか動き始めたその日に顔を見られるとは思っていなかった」
「ん? ああ……って、きゃー!? 髪の毛とかぼさぼさなのに!」
決して無理やり入ったわけではないから今更慌てられても困る。
「あー……翔太君に頼まれたんだよね?」
「ん、困っていたみたいだから」
「ごめんね、だけど学校で嫌なことがあってからはいきづらくなっちゃって」
「無理強いはしたくない、だけど休めば休むほど戻れなくなる」
授業にも付いていけなくなるかもしれない、そうなって困るのは自分だ。
それでも悪い方には考えていなかった、知らない僕にもこうして顔を見せられるのであれば学校にいくことなんて余裕だろう。
「そう……だよね」
「僕でよければ
「……いいの?」
「もっと心強い味方もいる、鎌野を頼ればいい」
「……うん、二人がいてくれればまだ頑張れるかもしれない」
まさか上手くいってしまうのだろうか。
なんかこれだとズルをしたみたいで喜びきれない。
鎌野があともう少しぐらい頑張るだけで既に出るつもりだったのではないかと考えてしまう。
「任せて、もし僕達だけで足りないなら姉二人も連れてくるから」
「そういえば佐藤って名字の人は複数人いるけど……」
「紫月と七月は僕の姉」
「嘘!? じゃ、じゃあ頼めば話せるかもしれないってこと? あんなに奇麗な人達とっ?」
謎の需要があるのだろうか。
「ん、それぐらいなら任せて」
「こ、こんなところでじっとしている場合じゃない! 明日からはちゃんと学校にいくよ!」
まあいいか、これで鎌野も安心できるだろう。
なんにしても明日からでいますぐどうこうは無理だからお部屋をあとにした。
何故かお母さんに抱きしめられて石みたいに硬直したのだった。
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