第39話 噂のかざり

フクロの元に噂が届く。

それは誰かがどこかで聞いた、もやのようなもの。

フクロはそのもやのような噂でさえ、

はさみで整えるように美しい姿にして提供する。

噂も一級の美に仕立て上げる。

フクロなりの誇りがある。

散髪屋は刃物を使う。

噂も使い方によっては武器になる。それをフクロは見てきた。

だからフクロは噂も美しく整える。

ひとつの作品に仕上げてから、噂をぽつぽつと話す。

フクロの元にやってくる噂は膨大だ。

フクロの散髪屋としての腕の、心地よさもあるし、

噂を話す、聞き出すのがうまい。

くすんでいたため息を引き出すように、噂を引き出し、

また、きれいな噂を整えてフクロは話す。

はさみで髪を整えながら、噂も一緒に整えるように。

それは極上の癒しの時間。

心地よい頭と、注がれる言葉。

いやみでなく、あくまでその人にあった噂話を、

こんなことがあったらしいですという、日付のない、きれいな物語に仕立てて。


刃物は使い方によってはとても美しく、また、とても危険だ。

噂と刃物は繰り返すが、よく似ているとフクロは感じた。

はさみがそうであるように、うまく使えば有益なものだ。

でも、傷つける側面も持っている。

フクロは、そんな噂をいくつも聞いてきた。今も聞いている。

この町の取り壊し計画があるという噂。

さすがにはじめて聞いたときには、フクロですら戸惑った。

それでもフクロが平常心を保っているのは、

久々に大物の噂が来たという感覚だからだろうか。

または、現実味が少ない噂だからだろうか。

あるいは、この町がなくなってもどうにかなるという楽観視だろうか。

フクロは自分の中の噂を整頓して思う。

どれでもない。

ただ、この町を取り壊すような連中に負けはしないという確信に似た何か。


負けたのなら、取り壊されよう。

でも、負けない。

だからフクロは、取り壊しがあるという、この噂を、噂として流す。

この町の住人は負けないという、きれいな確信の飾りをつけて。

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