第40話 オトギの話
サンカク写真館の一角で、
写真立てがひとつ転がり落ちた。
サンカクは気がついて拾い上げる。
サンカクのしわの深い顔に、その目に、懐かしいものを見るまなざしが宿る。
この町を出て行った顔だ。
確か、オトギといったか。
眼鏡をかけた神経質そうな顔。
微笑みすら浮かべていない。ただ無愛想に。
その周りにタケトリの若い姿。今と変わらないチャイ。頼りなさげなクロック。
四人できっと、この町を回すと信じていた頃。
とても若かった頃。
サンカクの記憶は、オトギを撮った、その瞬間を鮮やかに映し出す。
オトギは不機嫌だった。
タケトリが、笑ったほうがいいという。
これがあるがままの顔だとオトギは言う。
オトギは続ける。あるがままを残さないでどうする。所詮笑顔など何の役にも立たないと。
タケトリは困った顔をする。それでも強要はしない。
クロックはおろおろする。この頃は何も決断できなかった。
チャイは何かを悟ったような顔をしている。
それならそれでかまわないといった風である。
それがあるがままというならば、と、サンカクが写真機越しに話しかける。
あるがままというならば、皆さんの写真はそれでいいでしょうと。
サンカクの記憶はそういっている。
では、こちらを向いてください、と、サンカクが言って、
思い思いの表情、そして、閃光。
笑顔など何の役にも立たないといったオトギは、
この写真を最後に、どこかへ行ってしまった。
この四人で老頭になる。若い彼らはそう言っていた。
今、多少、年をとった彼らは、三人で老頭になった。
オトギはどうしているだろう。
サンカクは思いをはせる。
思い出の中のオトギは不機嫌で、無愛想で、
サンカクの閃光の見る限りでは、ずっとずっと遠くの何かを見据えているようであった。
サンカクも見えない、どこか遠く。
オトギはそこを目指して旅立ってしまったのかもしれない。
サンカクは写真立てを戻す。
時間は戻らない。
けれど、記憶と写真はいつもともにある。
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