不器用な約束

「もう! また散らかして!」

 帰宅して、ただいまを言う前に文句が口をついて出る。


 いつも言っているのに、彼は約束を守ってくれない。

 それを承知で一緒に暮らしているのだけど、やっぱり不満を隠すことはできない。


 床に散らばる、あれやこれやを拾っては片付ける。


 こんな日に限って仕事で嫌なことがあった。

 私はそんな鬱憤まで持ち帰っているというのに。


 まるで召使のように働く私を見て、彼は何を思うのだろう。

 そんなふうに考えながら探すと、彼はリビングのソファで呑気に寝ていた。


 私の小言など聞く価値もないということだろうか。

 でも、その寝姿を見ただけで、私の気持ちはぱあっと明るくなった。


「ダメだなあ」

 そう言いながら部屋の片付けを続ける。


 結局、食事の用意をする頃には、帰宅時の苛立ちもどこへやら。

 鼻歌交じりになっている自分に驚いてしまう。


 それもこれも彼のおかげなのは百も承知。


 だけど、まさか自分がここまで彼にのめり込んでしまうとは思ってもみなかった。


「案外、ちょろい女なのかなあ」

 そう言いながら、お皿を床に置く。


「ごはんだよー!」

「……にゃー」


 彼の声が返ってくる。


 スタスタとやってきて、ムシャムシャとほおばる。

 その姿を見ているだけで癒やされる。


 私も一緒に夕飯を食べる。


「もう、部屋散らかさないでね!」

「……」


 彼は無言で食事中。


 明日も約束は反故にされそうだ。

 でも、この約束は破られる前提で成り立っている。


 だって私は彼に裏切られることを望んでいるのだから。


 食事が終わると彼を捕まえる。


 嫌がる彼を無視して、お腹にぐりぐりと顔を押し付ける。


 しょうがない。


 だって人類は全て猫様の奴隷なのだから、約束を守ってもらえなくても文句を言える筋合いではない。


「にゃ、にゃ~」


 でも、こうして少しぐらいはご褒美が欲しい。


 私は猫パンチを受けながらも、ぐりぐりと顔を押し付け、スーハースーハーするのだった。

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