七通目 ビル

 スマートフォンを耳に当て早足で歩いていた女性はふと顔を上げ、自身の会社ではないビルに入ったことに気づいた。通話相手にかけなおす旨を告げ、受付に向かう。ここはどこであるか教えてもらおうと考えたのだ。

「すみません、間違って入ってしまったみたいで……ここはどこか、教えてもらえますか?」

 すると受付の女性は微笑んだ。

「周りを見てください。きっと知っていますよ」

 言われて首を回した女性は腰を抜かしそうになった。何故ならそこら中の人々が天井を歩いていたからだ。いや、人だけでなくデスクや紙だって天井に引っ付いている。まるで重力が逆さまに働いているかのように。地上に立っているのは自分と受付の女性だけだ。

「一体、何が……」

「またのご利用をお待ちしております」

 有無を言わさない声に促されて、笑顔のままの女性に見送られながら彼女はビルを出た。即座に振り向いてもそのビルはある。しかし窓ガラス越しに見える内部は正常そのもので、もう一度中に入ってみても、さっきのような異常など少しも見られなかった。

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