八通目 打ち上げられた像
昔から津波災害に悩まされている町があった。ただその土地は重要な交易路であり、大部分の町人はその町から離れることをよしとしなかった。彼らは、他の土地が今より良い生活を提供してくれるとは思えなかったのだ。
しかし定期的に押し寄せる津波によって多くの死人が出る。どうしたものかと常日頃から頭を悩ませていた町長はある日、浜辺に奇妙な像が打ち上げられているのを見つけた。
大きさは人間大でその背中には一対の翼が生えている。ゆるやかな長髪で柔らかな布をまとっている。波や砂に削られて定かではないがどうやら微笑みを浮かべた女性像のようだ。
町長は何か厳かなものを感じ、町の最も高い建物の尖塔に設置するよう命じた。そして毎日祈りをささげた。どうか津波によってこの町が被る被害をなくせますようにと。
それから季節が変わったころ、真夜中ぐっすりと眠っていた町民はけたたましい音でたたき起こされた。慌てて家から飛び出し音のする方に向かうと町長が拾ってきた像が音の出所であるとわかった。町民たちは怒り、尖塔によじ登って像を引きずり降ろそうとした。ところがどうだ、よじ登ってふと沖の方を見ると様子がおかしい。急速に波が引いていく。引き潮。津波の前兆である。さっと青ざめた町民は大声で怒鳴った。逃げろ!
やっと町役場の警鐘が鳴らされたころにはすでに津波は町に到達していたが、幸いにも像の出した音のおかげで犠牲者は一人も出なかった。それからというもの町民は像に毎日祈り、供物を捧げ、町の守り神とした。像も彼らの献身に必ず応えた。津波が来る前には必ずけたたましい音を出し、津波で死ぬ者はいなくなり、その被害も激減した。
誰も町の守り神を疑わなくなったころ、深夜に大きな地震が起きた。しかし像はうんともすんとも言わなかったのでみな安心して寝こけていた。それからいくばくも経たないうちに、とてつもない大津波が町を丸ごと飲み込んでしまった。
幾日か経ってそこを訪れた宣教師が発見したのは、津波で壊滅した町の残骸と唯一残った尖塔に立つ、大口を開けて嗤う悪魔の像だったという。
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