二通目 羅針盤

 大航海時代が幕を開けたころ、ある商船の船長が奇妙な羅針盤を手に入れた。その羅針盤は持ち主が手に入れたいと望むものへ針を向ける。そして、その望むものとの距離が縮まるにつれ、狂ったようにぐるぐる回りだすという。そのおかげで持ち主である船長は大もうけしていたらしい。

 しかし、もうけるにつれ船長の元気はどんどん無くなっていった。船員たちが景気よく酔っ払い甲板や船室で騒いでも、𠮟りつけるために顔を出すどころか自室に籠って出てこない。副船長や船医がどうしたのか尋ねたが、青い顔で何でもないと言うのみ。だが逃げ場のない船という空間でノイローゼになるのはしばしばあること。確かにおかしな様子ではあったが、これまでの航海の成功に気を大きくしていた船員たちはあまり気に留めていなかった。

 そんなある晩、見習いの少年が船長の羅針盤を盗んだ。ちょっと驚かしてやろうという軽い気持ちであったが、船長はすぐさま気づき激怒した。早急に全員を甲板に集め身体検査、船室はもちろん酒樽の中まで探させた。結局、船長のあまりの怒り様に恐れをなした少年が羅針盤を海に捨ててしまったので、三日を経ても見つかることはなかった。

 それから顔面蒼白となった船長は自室に引きこもった。食事もとらず、中からはうめき声だけが聞こえてくる。そしてある晩、何かが割れるようなガシャンという音と身の毛もよだつ叫び声が船中に響いた。飛び起きた副船長と船医は錠を壊して船長室に飛び込んだが、誰もいない。ただガラスを割られ枠だけ残した姿見があるのみ。その様子を聞いた船員たちは、羅針盤の悪魔が鏡の中に船長を連れて行ったのだ、そうに違いないとうなずきあったという。

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