#015 魔族が出た!⑤
◯
魔族は本来、栄養を摂る必要がない。
それは彼らが、本質的には人間とは全く違う生物であることが関係している。
魔族はあくまで、魔力を元にして生命力を得ている。人間は魔力を魔術を使う上でしか使用しないが、彼らは違う。自分たちの全てを、魔力を持って賄っている。
故に彼らは本来空気中に漂う魔力を元にすることで、生命を維持することができる。
それゆえに彼らは、生きる上において、人間のように狩りに出る必要もなく、それ故か子孫を残すことにも大して積極的ではない。
そのため彼らは生きることに意味を見出すために、時々地下の生息圏から這い出し、人間の世界のものに触れ、それを生きる糧として生きる。
——彼らにとっては命そのものがモラトリアムである、と言い切れるかもしれない。
それが魔族という奇妙な存在である。
そういった所以から、少女は自分たちの世界からやってきた。
どことも知れぬ山の中をうろうろと、ふらふらと歩き回っている。
白い髪に、どこか冷たい目つき。
しかし少しばかりが高揚しているようにも、その目の光からは伺うことができる。
各地に彼らは穴を掘っている。いずれも出入りする際以外は魔術によって閉じられているため、人間の知るところではないのだが。
そして彼女は初めてやってきた。
何かしらの生きる指標を作るために。
しかし歩けども歩けども、彼女の目の前には大して心を躍らせるような存在は現れることはなかった。
魔物そのものは地下にも存在しているし、植物だってさほど何か利用価値を見出せるものでもない。
街に降りれば良いのだろうが、しかしこんな初めてやってきた状態でそんなとこまで降りるのも彼女自身には難しかったし、そもそも彼女はめんどくさがっていた。
そのため彼女はただただその辺りをうろつくしかなかったのだ。
しかしそんな中で。
彼女はこれまで嗅いだことのない匂いを察知した。
どこかよくわからない臭みが、香ばしさに転じている。
全くそれが何かはわからないが、しかし彼女はそれが火に炙られているということだけはわかった。
そしてそれは彼女に今鮮烈な感動を与えた。ゆえに彼女はそこに向かっていくしかなかった。
——そして辿り着いた先に、彼女は一人の男を見つけた。
どこかボロボロの服装を着込んだ、しかし妙に綺麗なとんがり帽子を被った中年男性である。頬こそこけ、無精髭が顔を覆っているような状態であるものの、その目には妙な輝きがあった。
おそらく彼は好んでこのような生活をしているのだろう。一体何故惹かれているのかはわからないが。
そしてもちろんそこには。
焚き火に燻される、串に刺さった魚が三匹ほどあった。
「おい」
「……なんだなんだ、魔族か」
驚きこそしたものの、それはあくまで珍しい鳥を見つけたときのような、あくまで風景を眺めるような、紳士的な無関心が伴っていた。
「なにかをやいてるのはわかっている、なんなんだ、それは」
「魚だよ」
「さかな」
イントネーションはおかしかった。下手な歌のように、そこらじゅうに高低か飛び散っていくような音。
「見たことないのか、まぁ地下住まいだもんな」
「なぜわかる」
「そういう仕事だったのさ」
「ふん」
「それでなんだい嬢ちゃん、そんなに火を見つめて」
「さかなは、くえるのか」
「そりゃそうさ、俺の今日の飯だ」
「そうか、ならしかたないか」
彼女はあくまでこれを知ったことで満足してしまったようだった。
彼の服装から、飯に困っていると思ったのかも知れない。
「帰るのか嬢ちゃん」
「おまえからうばうきはない」
「……じゃあ俺が譲ると言ったら?」
「なんと」
途端に彼女の口からは涎が滝のように溢れた。
本当にそれには逆らえはしないのだろう。
男は焚き火の下から一本の魚の串を持ち、彼女に渡した。
「どう食えばいいんだ」
「別に好きに食えばいいんじゃないかな、まぁ内臓は食わない方がいいけど」
「なるほど」
よく彼女はわからなかったので、とりあえず背中らしき部分を齧った。
よくのった脂。そして淡白かと思えば後から追いついてくる旨み。そしてかなりきつめについている塩味。
彼女を刺激するには、それは十分過ぎるほどのものだった。
「嬢ちゃん、詰まるよ」
彼女は無が無我夢中にそれに貪りついた。
食事というよりかは、それは補食と言えた。
そしてすぐに、そこには串しか残らなかった。
「骨まで食っちまったか」
「まさかここまでうまいものがあるとは」
彼女は串をしゃぶっていた。卑しさもこの場合は一種の情熱のように、その場において輝いていた。
「……どうする嬢ちゃん、まだいるかい?」
「なんと」
「そんないるもんでもないからな」
「じゃあなぜやいていた」
「これ」
彼は懐から透明な液体を取り出した。
水というのは妙なとろみがあった。
「さけか」
「逆にそれはわかるんだな」
「おやがよくとっていた、おとなはみんなのんでいる」
「まぁ魔族がそうなるのもおかしくないか」
他人事のようにそういうと、男はそれを飲みはじめた。
「好きに食べなよ」
「ほんとにいいのか」
「君を肴にするまでだ」
「へんなやつ」
「よく言われる」
彼女は残りの二本を平らげていった。
その際の彼女はまさに無我夢中であり、全く周りの状況など知る由もなかった。
ゆえに彼女がそれを食べ尽くしたとき。
——男は既に消えていた。
いくら彼女が集中していたとは言え、ここまで音を出さずに撤収するというのは、随分と妙な技であった。
しかし彼女はそこに大した悲しみなどはなかった——だがしかし彼女はほんの少しの後悔を覚えた。
——それは結局どこからやってくるのか⁈
彼女はそれから、山を徘徊し始めた。
一体自分の追い求めるそれはどこにあるのか?
それこそが彼女の生きる命題となったのだ。
◯
液状化した森をいく、これが本当の森林浴!
とか言ってる場合ではない。
とっととこれを元に戻さなければ、一体どうなるか分かったもんじゃない!
てか俺が逃した責任だよ!もう!
俺が全部悪い!
「一体どうすればいいんだハセベ」
「びっくりですよ」
「高いところ怖い……」
三人はニックスシャリオクロエの順番でトーテムポールみたいに合体していた。
シャリオとクロエは逆にしてやれよ。
「とにかく魚を捕まえないといけない、あいつが満足すれば収まるらしいからな」
「でもどうするんだよ」
「逃したくせに」
「役立たず」
「沈めるぞお前ら」
「「「じゃあなんだってんだよ」」」
「俺がなんのために、魔術を使ってないと思ってんだよ」
「「「話数調整」」」
「言うんじゃない!そんなこと!」
お前らがメタ発言したら終わりだよ!!!
よく考えて使わないといけないんだよ!それ!
ニグルーを追っていくと、やがて彼女を見つけた。釣竿を水中で垂らしている。
「それで釣れんのかよ」
「私もよくわからん」
「じゃあやめなよ……」
「ならばどうしろと言うんだ、私にずっと泳いでおけと言うのか」
「でもお前が満足しないといけない」
「そういえばそうだ」
ほんとにどうでもよさそう!多分ほっといたらそのまんまずっといるぞコイツ!
「俺が釣る!お前は食え!」
「原始時代か」
「全部が海に還ってるんならそうだろうよ!」
——こうも主役らしく、最後に活躍する日が来ようとは!
俺は灰色の魔力をオーラとしてあたりに放出した!
そしてそこから判断ができる——ひとつひとつが何かは深くはわからないが、温度くらいならわかる。
そして生暖かいのが生物ということだ。
ここは今母なる水と一体化している!つまりどういうことか!
魚だろうが生物だろうが、今ここに呼び寄せられるということだ!
しかし悲しいことに制約がある。そりゃそうだ。三百円で遠足のおやつ買うの楽しいでしょ?そういうこと。僕は制約に満ちた主人公なんです。
俺は自分の体重分しか引き寄せることはできない。つまりこれからはガチャだ!
「「「ピサの斜塔」」」
あの三人の渾身の組体操が崩れるまでに完了せねばならん!
来い!一体目!
——何やら茶色い物体が、ニグルーの頭に飛んできた。
「なんだこれは、くさいぞ」
——糞だ!なんかの糞だ!!!
まぁモザイクがかかるから良いだろう……いいのかな⁈
「これが魚を引きつけるというのか」
「……かもしれん」
どうにか濁さねばならん。いやもう周囲の空気は十分濁されてますけどね。
頼む!二体目!
——何やら小さな影が、ニグルーの前に落ちた!
「これは——そうか、そうか」
ニグルーはそれを持ち上げた。
それはタヌキの小さな子供であった。
——え⁈まさか!!!
「お前あれの子供か、安心しろ、一緒のところに送ってやる」
「逃してあげてくれ!」
流石にこれ以上は生態系への影響が!
いや単純に動物愛護法が怖いだけですけど!
ということでニグルーは釣竿を使ってそれを木の上に置いた。
いやそれも十分酷い気がするが……まぁ、強い子に育ってくれるだろう!うん!
「どうするんだ、あいつらが沈んでいくぞ」
「まずいです!」
最後の頼み!三体目!
——ん⁈
——なんだこれ⁈重いぞ!!!
「ぐ、ぐぎぎぎぎぎ……!!!」
「どうした、辛そうだな」
「なんかでかいのがかかった!!!」
「そうか!これが正しい釣りか!」
「そうなのかもしれない!」
もはやヤケクソ!燃える僕!
「手伝うぞ」
「そんなことできんのかよ!」
「手を貸せ」
俺の手にニグルーが触れる。
——すると、俺たちの前に馬鹿でかい影が、まるで新幹線みたいに現れた!
——なんだ⁈魔力でブーストでもかけて連れてきたのか⁈
それとも彼女がバカ重いのか⁈そうか!これが人間と魔族の違いか!よく分かったぜ!多分違うと信じたいけど!
「魚か!」
目を輝かせるニグルー!よかった!いやまだわからん!
「魚……?」
それは魚というには随分とむっちりしていた。魚もむっちりはしていると思うのだが、しかしそれは水圧に耐え切れるようなシャープさはなかった。
しかもなんだろう、あんなしっかりした縞模様があるだろうか?体そのものに刻み込まれているような……あんなのいたっけ?読者に感想で当ててもらうか?
——しかしそれが顔を向けてきた時はっきり分かった!
——馬鹿でかいミミズ!!!
「こんな魔物までいるのか!この世界は!」
「「「「大漁だー!」」」」
「魚判定なの?魚判定なのこれ⁈」
釣りの反応というか、これ草むしりの時のハプニングだろ!
どうすればいいんだ……?コイツをどうにかすればいいのか……?わからん!
「——今度は逃がさない」
するとニグルーが水面から飛び上がった!とんでもない飛距離!そうか!これが人(略)!!!
そしてそのまま釣竿の糸を垂らす部分を持ち、持ち手の部分をでかいミミズに突き刺し、そして頭から背中まで、切り込みを入れるように走り去っていく!
そして再び飛び込んで着水!
——ミミズは一刀両断された!!!
なんかやな汁がドバドバ流れてきたが、果たしてこれでいいんだろうか⁈
大漁ってことでいいんですかね⁈
そんなこと思っていると、だんだんと自分の足が見えてきた。まるで満潮だった海が干潟と化していくかのように。
そして後には、馬鹿でかいミミズと倒れかけのピサの斜塔だけが残っていた。
「さて、これを調理するとしよう」
どこからか刃物を取り出したニグルー!
じゃあ最初からそれで刺せ!
てかまず頭洗いなよ!
——そんなこんなで解体がニグルーの手によって行われていく。
流石にあそこまで馬鹿でかいミミズのためか、切られた真っ赤な弾力ある部分は魚のようにも見え……見え……見えない!どっちかというと貝だこれ!
「はー、これが魚」
「すごい強靭な弾力」
「生命の神秘ね」
これを魚だと思わせていいのか⁈と思ったがまたあんな水中歩行をしたいわけではない。もうしばらく水泳はいいです。はい。
「よし、焼くぞ」
そう意気揚々と火を起こしたニグルーによって串に刺された切り身がちゃんと焼かれていく!
「はぁ、なんだろうこの田舎っぽいけど甘い匂い」
「まるで果物のような」
「少しの苦味も感じるわね」
磯の匂いはどこに行ったんだよ!
なんかもう経験ないから俺もわかんねぇよ!なんだよこの状況!ツッコミきれない!
「焼けた!」
ニグルーが切り身の串を持ってやってきた!
ぱっと見馬鹿でかい切り身!
もはや食べざるを得ない!色んな意味で!うん!頑張りましょう!
「「「「「いただきます」」」」」
うん。
土臭さがあるものの、しっかりとした旨味と甘味、くせになるコリコリとした食感。
貝紐を食べてるような、珍味というべきか!
しかしこれ魚か⁈
やっぱり貝だろ!!!
「なるほど、これもまた魚……」
ニグルーはしみじみと味わっていた。
大して知らない人は貝も魚と呼ぶんだろうか⁈
まぁいいや!解決したから!
みなさんもぜひ味わってみてくださいね!
※今回出てきたミミズは近縁のゴカイやイソメといったものの仲間です。その辺のミミズを食べようとはあんまり思わないでください。まずいです。長谷部との約束だぞ!
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