#010 編入生ですが⑤
———助けてやろう。
「いつまでそこでうずくまってる?」
「———へ?」
本当に情けない声だ。それが素か!仲間だな!まぁ俺のほうがマシだけどな!
「———お前にも、仲間がいるだろう。そのためにも、ここは戦い抜かなくちゃいけないはずだ」
「———なん、だと」
「お前のことなんかどうでもいいけどよ、このまんまへたれこんでたら、お前はずっとそのまんまだ」
「———るせぇ……」
「来いよ!ただの腰抜けじゃないならな!」
「———うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
メルドットが激昂して殴りかかってくる!
やれるか⁈やれるか⁈
いや殺さないかどうかの話だけどね?
奴の拳と俺の拳が衝突する!
だがしかし———殴っている感覚がない!
———まさか!
奴の拳が、泡のように変化している!
やりやがったな!こいつ!
———どうにかして振り解かねば———と思ったが、何やら様子がおかしい。
なんかガクンガクン震えてる!
そしてメルドットはそのままその場に仰向けに倒れた。
腕を侵食していたカビも元に戻っていく。そういう仕組みか。
———反動をどうにか抑え込んだか。
———負けることを分かっていたのか?
———だが、それを思ってこれを為したのか。
———尊敬に値するぜ。
すると何やらどこからかおっさんが出てきた。いや本当に服もその辺のおっさんだ。何者なんだ?
そしてメルドットの瞼を確認する。
そして俺が立っている方角に腕を向けた!
拍手喝采!!!!!!!!!!!!
「ハセベさん!」
「ハセベ!」
「馬鹿!」
三人も客席から下りてきた!あぁ!そういうことできる構造なんだ!何も知らなかった!
「よかったよかった……」
「牢屋に入るものかと思いました」
「縁切るところだったわよ、ほんと」
さらっと俺を切り捨てる方向だったのか⁈ひどくないですか⁈
———メルドットの方に目をやると、セシリーが持ち上げてそのまま会場を後にしようとしていた。
しかし。
なんだ?
何やら背中に寒気がくる!なんだ!これ!
(———夜に、広場に来てね)
「なんだ⁈なんだこれは⁈なんだ⁈」
「どうしたのよ」
「なんだ?いきなり声が———」
———前方を確認する。
———セシリーがこちらを向いて笑っていた。
———それに———よく見ないとわからないが、オーラのようなものが出ている。真っ白なオーラ。
———そういう魔術とでも言うのか⁈
こんな人だ!ここで断ったりしたらろくな目に遭わないこと必死だ!能力がなんか不気味だ!
———やがて、俺が受け取ったことを確認したのか、そのままメルドットを連れて去っていった。
———真意はなんなんだ⁈
———ということで、夜を待とうと思います。
その前にクロエに色々聞かなければいけなかった。
広場に一旦また集合する。
「あれだけ一緒に人といたらわかると思うけど、基本的には寮生活よ」
「はい」
「まぁとりあえずこれ見てたらわかるはず」
そう言うとクロエは俺に何やら冊子を渡した。
めくってみると俺に関する情報が載っている。なるほど!これを確認すればいいんだな!
「それじゃあ、私は寮に戻るから。用があったら訪ねてちょうだい」
そう言うとやはりクロエはとっとと去っていった。
「「……」」
何やら二人が目を細めている。
「……どうした?」
「いや、なんていうかさ」
「私たちに一言も喋らなかったなって……」
コミュ障!
まぁ仕方ないだろう。
さて。
「それじゃ、私も戻らせてもらいます」
「それじゃ」
「じゃあな」
シャリオもとてとてと寮に戻っていった。
「それじゃ行くか、途中までは同じだ」
ということでニックスと帰ります!
「にしてもお前があんな魔術の使い手とは思わなかったよ」
「まぁ、ね」
「相当珍しいんじゃねぇかな、磁力の魔術は」
「そうなの?」
「見たことも聞いたこともない」
「へぇ」
「まぁお前はだいぶ才能に溢れてるってわけだ、しっかりやればいろいろ得だぜ」
「そうなの?」
「……お前本当に何も知らねぇな⁈」
ついに本気で驚かれた!確かに!そもそもこの世界がどうなのかも全く知らない!
「まぁ知っていけばいいさ、学園生活は長いからな」
「三年間?」
「七年間」
「七!」
大学と合体しているのか。道理で老け顔の生徒が多いなと思ったわけだ。
「だからまぁ、焦る必要はねぇよ」
「自分のペースで」
「そう。そんな感じでやってきゃいいさ」
そんなこんなで男子寮に到着した。
もらった冊子を確認する。俺の部屋は二階らしい。
「俺は三階だ」
「へぇ」
そんなこと言いながら先に階段から抜ける。
「それじゃ」
「また」
そう言って別れた!
さぁ!僕の部屋はどんなんなんでしょうね〜と思いながら廊下を確認すると、俺の名前が書かれた表札を発見した。
ドアノブを握ると、全く開かない!かなり硬い!なんなんだ!これ!
冊子にヒントはないだろうか———と思ってペラペラ確認すると、何やら最後のページに違和感を感じた。
何やら隙間がある!
ということで確認してみると、ページをくり抜いて何やら鍵が入っていた!
紙無駄だろこれ⁈
と思ったがまぁそれが正しいならば飲み込まねばならぬ。それが社会というものだ。
ということで鍵を差し込んで開けてみる。
ベッド。机と椅子。クローゼット。
それらがギリギリ入るくらいだ!クソ狭い!
なんだ!こんなとこでずっと生活しろって言うんですか!
と思ったが正直屋敷にいるのと大して変わらない。なので気にしないことにしよう。普通に生活できるだけで幸せ。
荷物を置く———よく考えたら俺ずっと荷物持ってたのか!バックパッカーでもスーツケースは持ち運ばないぞ⁈
さて。
そろそろ空が光を失おうとしている———今すぐ寝たいところだが、しかし俺には用事がある!
用事があると!すごく焦る!昔っから俺はそうだ!
なのでご飯も食べない!
腹減って死にそうですけどね!!!
そんなこんなで光が完全に無くなったので、とっとと広場に向かうことにした。
広場までそこそこの駆け足で到着すると、既にセシリーはベンチに座っていた。
「や」
そう気楽に手を振るセシリー。しかし表情そのものは変わっていないので不気味だ!
「……何がどういうことで」
「まぁまぁ、それを話すためにここにいるんだ」
何やら俯瞰的な余裕を感じる声。
確実に腹に一物ある。
怖い!
しかし聞かねばならぬ、ちゃんと隣に座る———しっかり間を取りながら。
「まず、ごめん。あんなことに巻き込んじゃって」
「……巻き込む?」
どういうことだ?
「———全部、私が仕組んだことだからさ」
「———は?」
どういうことどういうこと?
全部、この人が?何をしたってことだ?
ちゃんと話を聞こう。背筋も自然とまっすぐになる。
「君の魔法のことは、学園長に聞いたんだ。ワケを話したらちゃんと教えてくれたよ」
「なるほど……⁈」
本来なら大声で叫びたいところであったが、しかし学園長が話すくらいなのだ、理由を聞いてから絶叫しても遅くはあるまい。
「これも全部、メルドットのためだからさ」
「そうか……」
正直予想できたが、まぁ確かに、あいつのために何かするというのなら、こちらはそれに協力するしかないだろう。赤ちゃんみたいなものだ。
みんなが助けないと死ぬ。
「———あいつとは長い付き合いでさ、小さい頃からずっと、あいつを見てたんだ」
「へぇ」
赤ちゃんは、立てましたか?
「あいつずっとあんな調子でさ、家族もみんなもう外には出るな、ってしてたんだけどね」
「まぁそりゃそうでしょうね」
「でも、あいつはそうはなりたくなかったんだ」
「へぇ」
「……私がずっとあいつのそばにいたってのもあるんだろうけど」
そう俯くセシリー。
確かにそうだろう。男の子ってのは女の子守れるくらい強くないといけないと思いますからね。
「……実際、ずっとあんな感じなの?」
「ふふ。まぁね」
「……そりゃどうして?」
「……恥ずかしいから、かな」
そんな理由かよ!
まぁいいや!
「……で、それらになんで俺が巻き込まれてるわけ?」
「あいつ、そんな具合で魔術学園に行く!って言いだしてさ。それで私が行くならいいってあいつの親が言って、私の学費も負担してくれて」
「なるほど」
介護に金をかける人はまともな人だ。
「……でも、あいつは無口な私しか知らないからさ、なんかちょっと張り切っちゃったみたいで、あんな具合に」
あんな具合。
死にかけのカマキリ?
「……それを、止めたかった?」
「うん、キモくて」
「……そう」
「うん。やっぱりいくらなんでもイキリすぎてて」
かなり女性的な感性。
でもまぁわかる!いきなりタバコ吸い始めたりとかね!キショ!って思うからね。
「だからさ、そこで誰かちょうどいい当て馬はいないかなって思って学園長に直談判したら、君がいた」
「はぁ……」
学園長公認当て馬!
なんだ!間男みたいに扱いやがって!
「……なんで俺?」
「え?だってあいつイキる癖に普通のやつに喧嘩売れるわけでもないんだもん」
「じゃあ何に喧嘩売ってたの……」
「用務員のジジババ」
「同レベルで良かった」
何も良くない!
「……そこで、なんの血筋でもない、流れ者の君をちゃんと当てたわけ」
「なるほど」
理にはかなっている。
だけどね!僕の心はね!
「……ほんとごめんね」
「いや、大丈夫だよ」
なんか普通キレるところなんだろうが、もはや彼が可哀想すぎてそんな感情湧かない。
「……やっぱりさ、言っておきたくて。あいつの名誉にも関わるからさ」
「……全部、自分の責任だと」
「うん。あいつを恨まないでほしいの」
あんたの気分で決まったみたいなもんだけどな!
「……本人は今どうしてる?」
「ん?寝てるよ。多分明日の夜に起きるんじゃないかな」
子供か!
赤ちゃんだったわ。
「まぁ本人にもいい薬になったと思う」
「はぁ」
「だからさ」
そう言うとセシリーはどこからかお札を取り出した。
「これ。迷惑料」
「迷惑料……あ、魔術学園サンド」
「そ。でもそれだけじゃ済まないと思うからさ」
「そうかなぁ」
「———君じゃないよ、隣のほう」
———なるほど!
———善意を踏み躙られたほうだ!そりゃそうだ!ちゃんと補填されねば。
「でもこれ1000ゴールドじゃないでしょ」
「うん。50000ゴールド」
50倍!
小ジンバブエくらいのインフレ。
「いいの?」
「これでさ、彼女にちゃんとお返ししてあげて。そうじゃないとあんまりだからさ」
「そうか……」
「———別に私を今殴りたいなら、殴ってもいいよ」
「———何ゆえ⁈」
「だってさっきから、全く感情の行き場を無くした顔してるから」
それはただ単に状況が面白すぎてどういう感情を抱けばいいかわからないだけです。
「別に、何もないよ。むしろ一日目で良かったよ、こっちの都合としても」
「そっか。ありがとね」
「———あんたも、ちゃんとあいつと喋れるようになりなよ」
「ふふ。それはどうでしょーか……」
そんなこと言いながら立ち上がって去っていった。
———好きな人のためにあそこまでできるのか⁈
———一日目でこれが!ワクワクしてきたぜ!
肝が冷えてきた!!!!!!!!!!!!
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