36話 嬉しいけど嬉しくない
凪のように穏やかな心でふと思う。
俺はとんだ勘違いをしていたんだな。
そう、今になって思う。
頭をよぎるのはかなり昔に両手に花の男を見かけた時の記憶だ。
あの時は羨ましいと思うと同時に足の小指をどこかにをぶつければ良いのに、と妬んでいた。
そして、今や状況だけ見れば俺も同じだ。
しかも、相手は超有名な上にとびっきりの美少女だ。
このまま街へ出れば、以前の俺のように羨望と嫉妬の視線がさぞかし集中するだろう。
なのに、なんでだろうな?
嬉しさより、虚しさが勝つのは。
優越感より心配が勝つのは。
いや、分かってる。
相手が好きでもなく抱きついているから虚しさが勝つし、着々と確実に右腕の腕の感覚が無くなりつつあるせいで、優越感より心配が勝つのだ。
いや、感覚に至ってはもはや無いに等しいかもしれない。
「ひっ!?」
今の二人は外部からの音に全てに反応する。その拍子に抱き締める強さは増していく。
幸いにもカーラは弱いのであまり変化は見られない。
問題はステラ、お前である。
もはや、感覚がない。俺の腕は終わりかもしれない。
美少女に腕を破壊されて使い物にならなくなるって、一部の人しか喜ばないだろ。
スピナーとかスピナーとかスピナーとか。あいつにやってやれよ。
「あ、ははは。どう? 柔らかい?」
「もう腕の感覚ねぇけど、周りの人間が見たらすげー羨ましい状況だとは思う」
「……変態、最低」
「おいおい、カーラさんよぉ。アンタは今の俺の顔を見て嬉しそうにしてるように見えてんのか? どう見ても喜んでねぇだろ」
それ以前にまな板のアンタには何も思わないから安心しろよ。心の中で少し馬鹿にすると、カーラは読んだのかと思うくらいに脇腹につねってきた。
地味に痛い。
「じゃあ、嬉しくないんだ?」
「そうだな。組みついて来るのが俺を好きでいてくれて、腕の血流を止めるような怪力を持っていなかったらすごく嬉しいと思う。具体的にはお淑やかで笑顔が可愛いお嬢様みたいな子が良いなぁ」
「あはは、その言い方だと私が怪力に聞こえるよ?」
「……ははは」
気のせいだろうか?
上手い具合の言い訳が見当たらなかったので、笑って誤魔化そうとしたら力が強まった気がする。
いや、きっと気のせいだな。そう思うことにしよう。
嫌なことからは目を背けるのだ。
「あ、そろそろ明るい所が見えてきたね」
「みたいですね!」
ステラは安堵したようにほっと息をつき、カーラは笑顔になった。
カーラが腕の力を抜き、密着していた腕が解放される。
やっと終わった。クエスト自体は楽だったのに、なんで自分はこんなに疲れているんだろう。
いや、考えるのはやめておこう。もう終わったことなのだ。
これ以上脳みそを疲れさせたくない。
「じゃあ今度こそ、お別れだな」
「えー? どうせ同じ街なんだから一緒に帰っても良いんじゃない?」
「お前らと仲良く帰ったら命の危険があるのでご遠慮します」
「そっか。そりゃ残念」
「おう、俺も残念残念。じゃあ、また、会えた時に会おう」
さて、やっと今度こそこれで終わりだ。今日はマジで疲れた。こいつらを助けた時より疲れた。帰ったら一旦寝ようかな。
「あ、あの……!」
カーラの声。
まだなんか用事あんのか? とりあえず、聞くだけ聞いてやろう。面倒ごとや恨み言なら速攻で帰宅する。
「えっと、その……」
何やら頬を赤ながらもじもじとしている。よほど言いにくいことなんだろう。
「先ほどは……いえ、今日はその、ありがとうございました。あと、最初に魔法撃ってごめんなさい」
あまりにも意外だったため、目を見開いてしまう。
まさか、お礼を言われるとは思わなかった。
「おう、どういたしまして」
そのまま二人とは別れた。
まぁ、カーラも仲間思いで優しいよなぁ。ただ、男が嫌いなだけで、アレなだけだ。
「………うん、そうだな」
あいつらは、アレだ。
例えるなら動物園と一緒だ。
猛獣を安全な所で眺めるのは面白いが、近くにはいたくない。
誰もライオンや虎と同じ空間で同じ空気を吸うのが嫌なように。
だって、命の保障がないんだもの。
それに、あいつらと一緒にいれば、周りのギャラリーも暗殺者と化す可能性があるからな。
やっぱり、近づかないようにしよう。
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