35話 噂








「はい、これ」


 ステラは満足したのか。

 約束の物を手渡してきた。


「おう、どうも」


 速やかに受け取って、魔法袋の中に詰め込む。なんだか、とても疲れた。

 肉体的な疲労より精神的な疲労が大きい。もちろん、労働の対価として報酬は充分なのだが。


 にしても、疲労感が凄い。


「あれ、どうしたの? なんだか、とても疲れた顔してるよ」


 ニヤニヤとするステラをジロリと見つめる。

 もはや、何も言うまい。

 後はここから退散するだけだ。


「にしても、ステラは良く一人でこの辺りをうろつき回れましたね。お、お化けとか見なかったんですか?」


「あれは街の噂だからねぇ。本当に見た人間はいないらしいよ?」


「そ、そうだったんですか……良かった」


「あはは、カーラは怖がりすぎだって。そんなのいる訳ないじゃん」



 二人の会話を聞いて足が止まってしまう。

 見た人間はいない? おかしいな。俺の知っている話となんか違う。


「なぁ、ステラ。お前の知ってる噂ってどんなのだ?」


「え、急にどうしたの?」


「いや、なんか俺の知ってることとなんか違うなって」


 俺の言葉に先ほどまで朗らかに笑っていたステラの顔がほんの少し強張る。


「え、えぇ〜? グレンってば私を怖がらせようとしてるの?」


「いや、マジで違うって。俺の知ってるここら辺の怖い話ってのは一年くらい前なんだよ。その時は『森の声』って言われてたかな」


「森の、声?」


「そうそう。確か、森の奥のどこかに光が一切ない真っ暗なところがあるらしくて、そこから声が聞こえてくるんだ」


「………そ、それって、どんな?」


「小さな子供の声だったり、大人の男の声だったり、老人の声だったり、色々らしい。けど、その声は決まって同じ言葉らしいんだ。『遊ぼう』って。で、その呼びかけに反応したら、ナニカがやってきて森の奥へ連れて行かれる」



「で、でも、それも噂でしょ?」


「いや、これは実際に起きたことなんだ。森の中に消えた人を見た人間も何人かいる」



 さて、これがここでの怖い話だったんだが、ステラの聞いた噂とはどんな物なのだろうか。


「……ステラ? おーい、もしもーし」


「……え、あ。そ、そうなんだ。そんな怖い話があったんだ。確かに面白いね。うん、面白い」


「面白いか? それよりお前が聞いた噂はどんなだ?」


「え、いや、うん。まぁそうだね。私が聞いたのは首がない人間とかだから、違うね」


「やっぱり違うのか」


 けど、見かけた人間もいないのなら、単なる噂の一人歩きだろう。

 また、あの森の声が戻ってきた訳じゃないだけ良かった。

 あん時はマジで怖かったからな。ホラーとか苦手だから震えてたわ。


「まぁ、違ったなら良かったわ。教えてくれてサンキュー」


 これなら安心して帰れるな。

 と思っていた。

 こいつらがくっついて来る数秒前までは。


「あの、すいません。離れてくれません? 俺今から帰るんですけど」


「私たちも帰るから、良いじゃん。さ、早く帰ろう」


「いや、早く帰るけど、離れてくれない? 歩きづらい上に腕が悲鳴上げてるんだけど」


 ステラが俺の右腕を、カーラが左腕を締め上げている。幸いにも、カーラはあまり力が強くないので痛くない。


 

 問題はステラだ。こいつは前衛職だけあってかなりの力だ。

 弾力を備えた柔らかい物体の感触もあるが、それ以上の万力で骨が軋んでいた。


 つーか、カーラよ。お前さっきまであれほど距離を置いてただろ。とりあえず、抗議の視線を送る。


「こ、これはあれです。そう、そのような事件があったのでは、あなたが返事をして間抜けにも連れていかれる可能性があるので、私たちがなるべく近くにいることでその声に反応しないようにと見張っているだけです」


「そうそう、そういうこと。グレンが返事をして連れていかれないようにね」



 ステラは口調こそ、いつも通りだが、尻尾がずっと垂れ下がっている。獣人の尻尾や耳はとても正直だ。嬉しい時はブンブンと激しく動くし、悲しい時や不安を感じている時は下がる。


 もしかして、こいつ。


「お前、もしかして怖いのか?」


「はぁ!? べ、別に全然余裕だし! さっきまで私はここら辺に一人でいたし! グレンのことが心配で一緒にいてあげてるだけだから!!」


「あぁ、うん。じゃあ俺は大丈夫だから離してくんない?」


「うっ………それは、でも」


 ステラの耳と尻尾が限界まで下がっている。カーラも無言でカタカタと震えてるし。


 仕方ない、ポジティブに考えよう。


「まぁ、よくよく考えればこんな美人な二人に挟まれてるなんて幸運か」


「っ! そうだよね!」


 凄い良い笑顔になったな。

 後は力さえ緩めてくれたら完璧なんだが、それは無理そうだな。


 とりあえず、腕が無事だったら良いなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る