11センチ 優しい傘

「結安は渡合くんと付き合いたいの?」


「わ、分かんないけど……一緒にはいたいかな?」

「彼氏彼女として?」

「え!」

「わ」


顔がずっと熱いままのわたしを覗き込むようにしてこまりちゃんが聞いてくる。あんまりにまにましてるもんだから、その顔を両手で押さえてた。


「わたしは蓮の彼女になりたいよ。それでデートとかしてみたい」


わたしの両手を握るこまりちゃん。そうか。ヒトを好きになったら次の段階があるってことか。当たり前のことだけどいざ自分のこととなると想像もつかない。


「松本さんが渡合くんに攻めてるんだとしたら負けないように結安も勝負しないとね」

「勝負とか負けないとか。恋ってそういうもの?」


こまりちゃんはバレーボールをやってたから勝負とかそういう発想になるのかな?


「や。そういうわけじゃないけどさ。その、気持ちの問題っていうか。同じヒトを好きな子がいたとしても遠慮したらいけないっていうか、時にはヒトを押しのけてでもちゃんと自分の気持ちに自信持ったりしてさ。ああ! 逃げてばっかりの自信のないわたしが言えたセリフじゃなかった!」


「遠慮をしないでいいんだね」

「うん。それは間違いない。自分の気持ちをしっかり大事にしないとあとで絶対に後悔する」

「そしたらこまりちゃんももう一回告白しないとだね?」

「特大ブーメランきたあ。でもそうだよなあ。告白しないことには何にも進まないし」


小首をかしげて指と指をつつき合わせてるこまりちゃんが悲しい声をあげている。


「ふふ。わたし、こまりちゃんを応援するよ」

「わたしも結安の恋を応援するー」

「わ!」


椅子に座ったままこまりちゃんにぎゅうっと抱きつかれたから抱き締め返す。


「わたし、がんばるね」

「わたしもがんばるう」


二人してちょっと泣いてた。抱きしめ合う想いがぎゅっと強くなる。なんて心があったかいんだろう。こんな想いも初めてのことだった。友達と好きを応援しあえるなんてこんなに嬉しいことなんだ。じーんと胸が熱くなる。


中庭に予鈴の音が鳴っていた。


「授業が始まる。行こうか」

「うん」


慌ててお弁当箱を片付けて教室に戻った。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「なー、渡合。なんで俺とお前で並んでずっと中庭見てんの?」


聞いておいてなんだけど。俺はおおまりと大森さんを廊下の窓から二人をずっと眺めてた。ほんの少しの間ではあったけど大森さんと俺のことを避けていたおおまりがずっと気になってしょうがなかった。

中学の時はバレーボールばっかりやってる脳筋で変にかっこいいもんだから、女子から憧れの目で見られるような立ち位置で女友達なんかいなかった。しかも好きな女子がおおまりに奪られるってんで一部の男子から目の敵にされてたくらいだったもんな。そんなあいつに穏やかな性格をしている大森さんはぴったりだと思ってる。

しっかり仲直りできたみたいで何よりだ。まったく、脳筋のくせにあいつは何を考えてたんだか。


「ん? 中村はなんでだよ?」

「此花さんと大森さんが仲直りして良かったなって」

「奇遇だな。俺も同じこと考えてた」

「へー。気が合うじゃん。俺たち友達になれそうだな」

「かもな」


渡合も二人が変なことに気づいてたんだな。渡合が大森さんを気にかけている風なことは分かってる。そんなことを話しながら中庭の二人から目を離さない俺と渡合。


「ねえ渡合くん。何を見てるの?」

「や。別にぼんやりしてただけ」


背後からかかる声にちらっと振り返って答える渡合。

松本さんか。最近やたらと渡合に声をかけてるんだよな。きっと渡合のことが気になるんだろう。渡合はそんな松本さんに気さくな対応を見せている。というか渡合は誰にでも分け隔てなく優しい。

特に困っている女子へのフォローが早い。下心とかはまったくなさそうだけど、過剰なくらいだ。なんでそこまでするのか理解できない。普通は特別な相手だけじゃないか? そこらへんはおおまりと一緒だな。

あ。おおまりと大森さんが抱き合ってる。仲直り確定だな。女子の友情を見ていると微笑ましい。……まさか愛情じゃないよな? 最近そういうの多いって言うし。


「あれ? 大森さんとこまりだ。あの二人って仲いいよねー。もしかして百合ってる?」


え? 松本さん何言ってるの?


「そういえば中村くんと大森さん、いつだか学校の帰りに二人で買い物してなかった?」

「え? ああ。たまたま一緒の時に文房具買おうって話になってさ」

「ふーん。そうなんだ。もしかしてデート?」

「え。違うけど」


予鈴が鳴った。会話に混ざることなく話の途中で渡合が無言で教室に戻っていく。


「なんか楽しそうにしてたって噂を聞いたよ?」

「まあ普通に買い物はしてたけどデートじゃないから。教室に戻ろう」


噂か。女子はそういうのほんと好きだよな。


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「うわ。すごいどしゃぶりだ」


ローファーに履き替えて下足室から外を眺める。さっきまで小ぶりだったのに雨足がどんどん強くなってる。明日から二日間、中間テストだから早く帰りたいのに。せっかく朝の天気予報で大雨情報を見たのに折りたたみ傘を持ってくるのを忘れてしまっていた。


「やっぱり傘ないの?」

「あ。渡合くん。うん。うっかり入れてくるの忘れちゃった」


やっぱりとはどういうことだろう?

渡合くんが上履きをしまって靴に履き替えている。


「ハンカチとかさ。大森さんてそういうの抜けてるところあるよね? 日直の仕事もずいぶん時間がかかってたみたいだし」

「う。その通りです」


渡合くんにはタオルハンカチをもらったり電車で助けてもらったりしてるからそういう風に思われていてもしょうがない。今日は日直の子が忙しいとかで代わりにお願いされていた。不器用なわたしは学級日誌に手間取って遅くなっていたのもほんとだし。


「はは。大森さんて少し抜けてる子猫みたいだよな(うちの猫みたいだ)」

「そ、そうかな?」


ハムスターとか齧歯類はよく言われるけど子猫なんて初めて言われた。


「段差とかに気付かないでうっかり落ちてそう」


死んでしまった猫のチルもそういうことあった。わたしもよく転んだりするしそうかもしれない。


「あ、あるかも」

「甘えてくる感じとか、さ」


少しいたずらっぽく微笑む渡合くんの言葉に心臓が跳ね上がる。

そ、それってどういう? 手をつかんだこととか? 電車の中で匂いを嗅いだこととか? え? 気づいてた?


「一緒に入って。俺の傘でかいから」


黒い傘を広げる渡合くんの傘は確かに大きかった。体が大きいと傘も大きいんだね。わたしなんて子ども用の傘でもいいくらいなのに。

そんな呑気なことを考えてる場合じゃない。

どうしよう。一緒の傘に入れてもらったりなんかしていいのかな?

大きなどしゃぶりの音が静かになっていく。下足室には他に誰もいなくてわたしと渡合くんの二人きり。次第に大きくなるわたしの心臓の音が渡合くんに聞かれてしまいそうで。


「雨が弱くなった。またひどくなる前に早く駅に行こう」


わ! 肩を引き寄せられた。くっつくくらいに近づいたら大きな手が離れていく。どうしよう。もっと触れていてほしいと思ってしまった。恥ずかしくて心臓が止まりそうだけど。顔が熱くて上を向けない。

大きな渡合くんが小さなわたしの歩調に合わせてくれる。なんでいつもこんなに優しくしてくれるんだろう。やっぱり目が離せない子どもを見守るお父さんのような保護欲とかなんだろうか。あ。子猫の面倒を見る飼い主とか?


「今日は此花さんと一緒じゃないんだね?」

「うん。わたし日直の仕事で遅くなるし。こまりちゃん、今日は病院に行くって急いで帰ったよ」

「病院?」

「うん。膝とか診てもらうんだって。それに毎日絶対に一緒ってわけじゃないからね」

「それはそうだよな」

「渡合くんは早くに帰ってなかったんだね?」


いつだか渡合くんもテストをがんばると言っていたし明日は中間テストだから真面目に帰ってるかと思ってた。

通学路に出ると車道側に渡合くんが移動してくれる。やっぱり優しい。


「誰かさんが傘を忘れてるんじゃないかと思ってさ」


え? 誰かって……わたしのこと? もしかして待ってくれていた?

そんなこと言われると勘違いしてしまいそうになる。好きという気持ちが大きくなっていく。渡合くんを見上げてしまった。わたしの視線に気づいてこちらを向く渡合くんの瞳が優しい。なんでそんなに優しい目をしているの?


心臓の音が雨音をかき消していく。

ほんとに聞かれていないか心配になる。

音が大きいのに静かな時間。

この時間がずっと続いてほしい。


駅へ向かう通学路、長いようでとても短かった会話の時間。聞かれたことには答えたけど自分からは話をすることができなかった。


「またどしゃぶりだ! 早く!」

「うん!」


もう少しのところで激しくなる雨足。駆け足で駅の構内に入る。


「大丈夫? 濡れてない?」

「わたしは大丈夫。わ!? 渡合くん、びしょびしょだよ!?」

「あれ? ほんとだ」


思い返せば傘の向きがわたしの方ばかり向いていたような気がする。きっと身長差があるから傘で二人をカバーしきれなかったんだ。慌てて鞄からタオルを取り出して渡合くんの濡れた体を拭いていく。


「渡合くん、頭を拭くからしゃがんで」


髪と髪の間から雫がぽたぽたと垂れていた。しゃがんでもらわないと濡れた頭を拭くことができない。


「ちゃんとタオルは持ってるんだね」

「え。うん。あれからちゃんと備えるようにしてるから」

「傘は忘れたけど?」

「も、もう傘も忘れないようにする」

「大丈夫。大森さんが忘れても俺がいるから」


ま、また心臓に悪いことを言う。


「そこのコンビニで傘買ってくる!」


ずっと一緒にいるとドキドキでおかしくなってしまいそうで居ても立ってもいられなかった。


「待って。家に帰ればあるんでしょ」


手をつかまれて引き止められる。濡れた手が冷たいのに熱く感じてしまう。


「で、でも」

「家も隣だし。最後まで一緒に帰ろう?」


しゃがんだままの大きい渡合くんが濡れた大型犬のように見えた。

な、なんでそんな拗ねたような顔してるの?

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