魔王人生 第1章 第14話 蠢後?縺ケ縺崎?
時は遡り、ウリエルが合図を出す数分前――
神代はミエルの作った部屋で静かに呼吸を整えていた。
「フゥ……」
この一ヶ月間、ミエルとの戦いを通じて多くを学ばされた。
特に魔力の使い方に関しては、未だミエルには及ばないが、それでも足りない部分は技術と手数で補える。さらに、この期間で培った技を、まだ一度も披露していない。
果たして、どこまで通用するか――
「……うしっ!」
神代は立ち上がり、ミエルが作った広場の中心へと向かった。
考えるべきことは一つ。今回の戦いで、この『協同生活』という名の監禁を終わらせる。ならばまず、この部屋を出る方法を見つけなければならない。
……この部屋はミエルの『能力』や『特性』を抑えるためのものだと思ってたが、実際はここにいる者すべてに制限をかける仕組みになっている
以前、『
……それでも、抜け道はあるはずだ
神代は微かに感じ取れる違和感――部屋の結界にわずかに生じる“隙間”を利用できると考えた。そして、今ならそれを突破する力がある。
『
『
この二つを巧みに切り替え、ミエルへと叩き込みながら壁を打ち砕く。
……やってみるしかねぇ!
ミエルが遊び終え、戦いの準備を整えた。神代も静かに構え、ウリエルの合図を待つ。
「……フゥッ」
「それじゃあ、いつも通り始めるわよ――」
ウリエルの声が、まるで時間が引き伸ばされたように響く。
「か……い……」
開始の瞬間、神代は全身に魔力を巡らせた。
――
発動と同時に地面を抉るほどの力で疾走し、瞬く間にミエルの目前へ。
その刹那、型を切り替える。
――『
――『
轟音が広場に響く。
この間、わずか0.07秒。
開始と同時に発生した衝撃にミエルの反応が追い付かず、直撃。
そのまま壁際まで弾き飛ばされる。神代はその隙を見逃さず、追撃に移る。
「……ッ!」
再び『
だが、圧倒的な推進力と一撃の重さ、そして神代の極限まで研ぎ澄まされた集中力が重なり、殺気が初めてミエルの心に恐怖を刻む。
――『
しかし、ミエルが神代に視線を向けた刹那——神代の右拳が寸分違わず彼女の腹部を捉えようとした瞬間、ミエルは直感的に空間に穴を開けた。 神代の拳は奇跡的に重なった『
——ドゴォォォンッ!!!!!!
本来ならば決して破壊できないはずの壁が、衝撃で大穴を開け、爆風に巻き込まれたミエルは勢いそのままに廊下へと吹き飛ばされる。だが、神代の攻撃は止まらない。彼は流れるように次の一撃を叩き込んだ——
——
低い体勢から繰り出された神代の左足の蹴り。 ミエルはそれを間一髪で防御するも、受けた衝撃で通路の壁へと叩きつけられ、バランスを崩した。
「——っ!?」
その一瞬の隙を神代は見逃さない。 目線を下げたミエルの視界には、神代の足があった。 次の瞬間—— 右足蹴りがミエルの顎を捉え、強烈な衝撃が脳を揺さぶる。 視界が朦朧とし、身体の制御が効かなくなる——そこへさらに畳み掛ける。
——
——ドガァァァァンッ!!!!
「キャアアアッ!?」
「何が起きたの!??」
二度目の『
「——ぐぅっ?!?」
空中で体勢を立て直しながら、ミエルは視線を戻す。 そこには、吹き飛ばされた拠点が遥か数km先にあった。 しかし、休む間もなく——
神代は崩壊した拠点の壁から飛び降りると、着地した瞬間、物凄い速度で駆け抜け、空中にいるミエルへと肉薄。
——ドゴォッ!!
強烈な蹴りがミエルを捉え、彼女の身体はマンションや鉄塔を次々と破壊しながら地面へと叩きつけられる。
——ドガァァァァンッ!!!!
舞い上がる瓦礫と煙。
崩れたマンションの瓦礫の上で、神代はあぐらをかいて、立ち上がろうとするミエルを悠然と見下ろしていた。
「……お前が楽しみにしていた『外』だぞ? ここなら気兼ねなく戦える。どうだ?」
「……フフッ」
神代の言葉に、ミエルは不敵に笑う。
「お兄さん……実力を隠してたんだね……私、嬉しいよ」
ミエルがゆっくりと立ち上がる。 しかし、彼女の姿は先ほどまでのものとはまるで別人だった。
「——お前……そんな色々とデカくなってたっけ?」
想定内、まだ想定内。 あの檻の中で狐嶺ですら手に負えなかったミエル。
外に出た今、どうなるかは未知数・・・。
神代はニヤリと笑い、ミエルを自信に満ちた目で見下ろす。
——負ける気がしない。
ハイになっているのか、痛みも感じない。 そして——
――何か掴めそうな感覚がある・・・!!
神代は瓦礫から飛び降り、構えた。
「ハッ! 来やがれッ!!!」
「ますます楽しくなってきちゃった! だから全力でぶつかろうっ!——」
次の瞬間—— ミエルが神代の背後を取っていた。
「——っ!?」
スピードが違う——!
神代の直感が警鐘を鳴らす。
コイツ、あの部屋にいた時は天使兵長くらいの魔力量だったはず……能力抑制のせいで、魔力そのものが封じられていたのか?!
加えて、スライムは魔力の塊。 ミエルはただの抑制ではなく、知力までも制限されていた可能性がある。
——まずい。
神代はミエルの腕をかわし、距離を取る。
「舐めてかからない方が良いな……」
——
「ハァァァァッ!!!!」
神代の周囲に闇の波動が渦巻く。
——
神代の拳が燃え盛る炎を纏い、空気を裂いた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
一方、その戦闘を拠点のモニター越しに見ていたのは、ウリエルたちだった。
「なっ……あれは、ミカエルの技?!」
「やっぱり、覚えたのね……これだと私の技もコピーされている可能性があるわね」
「やれやれ……」
狐嶺がため息をつきながら言葉を挟む。
そこに、ガブリエルが入ってきた。
「やっぱり、あの少年……普通じゃないッスよ。即決の判断力、応用力、そして何より戦闘センス……二十歳にも満たない人間が為せるものじゃないッス」
「まあ……『魔王』の力を宿している時点で、普通じゃないわよね」
ミエルと神代の戦闘はさらに激化し、速度も増していく。
衝撃波が辺りを襲い、残った建物は次々と崩れ去った。
ドォォオオオンッ!!!!!!
「前よりも、一段と強くなってるね~……こんなに速かったかしら?」
ウリエルは神代たちの動きを追おうとするが、目で追うのがやっとだった。
「……我々には、状況の変化が早すぎる。目で捉えるのが精一杯といったところです」
「まあ、あのミエルと数ヶ月間、“遊び”という名の戦いを続けたのだから、それだけで膨大な経験値になるわね。ゲームで言えば、始めて初日にラスボスと模擬戦!戦うだけで数十万の経験値が貰える!みたいな感じだわ。そういえば少し前に似たようなゲームをやったわね?」
「狐嶺様、そのゲーム、私もやってたッス!」
「ガブリエル、今はこっちに集中しなさい」
大天使たちが会話を交わしている間にも、戦場では直径およそ8kmの巨大な結界が展開される。
「っ!!あれは……結界か?」
俺はともかく、『ミエルが外に出た』という事実だけで、相当マズいんだろうな。
神代は紙一重でミエルの攻撃を躱しながら走る。すると、ミエルが楽しげに話しかけてきた。
「神代くんっ!この結界は君と私を逃がさないためのものだよっ!能力や魔力を抑制するものじゃないから、心配はっ!!いらないよっ!!!」
—
ドゴッ!!
神代の拳が流れるように強烈な一撃を叩き込む。しかし、その拳はミエルに届かず、後方の建物を粉砕する。
「チッ!さっきから避けてばっかだなぁ!?何か企んでんのか……?」
すると、突如ミエルが神代から距離を取り始める。
「なっ?!」
神代はすぐに追いかけるが、瓦礫の影に隠れたミエルは、いつの間にか二人に分かれていた。
「「どっちだ~?当ててごらん!!」」
「クソっ・・・!」
見た目は全く同じで、見分けがつかねぇ……。
魔力量は……左の方が若干多いか……?
神代は一瞬で判断し、勢いをつけて左側のミエルに攻撃を叩き込む——
「テメェだなッ!!?」
—
神代の拳がミエルの体を貫く。しかし、弾け飛び、次の瞬間には五人に増えていた。
「くそっ!面倒くせぇことしやがって——!」
—
神代は型を変え、一瞬で五人のミエルを殴り飛ばす。
バシャァアアアッ!!!
「っ?!騙された……右に逃げたやつが本体だったかっ!!」
神代は『
だが——状況は一変する。
瓦礫の山を越えると、そこには百を超えるミエルが神代の元へと殺到していた。
「っ?!……シャアアアアッ!!!!!」
—
—
—
—
神代は無我夢中で迫りくるミエルを技で倒しながら、強い魔力を放つ方向へと向かう。
「……ハァ……ハァ……」
どこに、そんな膨大な魔力があるんだ……?
ふと、神代は割れた地面から水が滲み出していることに気づく。
「……外に出したのは、間違いだったな……」
そうだった。スライムは水を含む。
この場所には河川もある……スライムが成長するには、最高の環境だ。
「相手に塩どころか、肉送ったようなもんだな……はは」
そして、神代の目の前には繭のようなスライムが姿を現す。
—――――ザバァアアア!!!
「ギリギリ想定内だったけど……想定外になっちまったな」
繭が割れ、中から美麗な姿となったミエルが伸びをしながら立ち上がる。
「ん~ぷはぁ~……いや~、いい目覚めだよ……久しぶりにこの姿になったわ!」
「ハッ!……日はとっくの前に沈んでるぞ?」
以前のミエルとは比べ物にならないほどの魔力。そして、その姿——
毎回思うが、コイツは露出の趣味でもあんのか?
「まあ、そんな冗談考えてる場合じゃないな……」
もう手に負えない……なんて言うには、まだ早い。
やれるとこまでやる。限界ギリギリまで戦う。最初から負けるつもりなんてねぇ。
神代は集中し、すぐに動けるように構えた。
「へっ!かかっ———」
次の瞬間——神代の襟が掴まれる。
即座にミエルの腕を千切り飛ばすが、まるでハンマー投げのように神代は吹き飛ばされ——
「———ぐっ!!!!?」
神代は空中で体勢を整えようとするが——
「——君~ダメじゃない、急に離れたら遊べないでしょ?」
ミエルが空中で追いすがる。しかし、神代はまるで見えない壁に弾かれたように、角度を変えて落下する——
ドォォオン!!!!
「躱されちゃったか……何で避けちゃうのかな~?もしかして……恥ずかしいのかしら?」
神代は腕から血を流しながらも、立ち上がる。
「っ……!ハッ!冗談がキツイなっ!……テメェの能力に決まってんだろっ!」
一方その頃、ガブリエルが設置したマイクを通じて、ウリエルたちはその会話を聞いていた。
「まさか、もう能力の正体がわかったのですか!?」
「ふ~ん……」
まだ不確定な要素ばかりで、候補すらまともに挙がっていなかったのに、この短期間で突き止めるなんて……。 まるで、お師匠様の眼を持っているみたいだわ……。
ウリエルや他の天使たちが驚愕する中、一人静かに黙考する狐嶺だった。
________________________________________
神代とミエルは戦闘の手を止め、ミエルはしゃがみ込んで神代の話に耳を傾ける。
「……テメェの能力は、俺の想像に過ぎねぇが、『力』を奪う能力……それが、能力の正体だっ!」
ミエルは神代の言葉を聞き、少しの間を置いて、薄く笑みを浮かべる。
「あら~、バレちゃった……」
「しかも『力』は『力』でも、魔力や身体能力、精神力、さらには気力、視力、抵抗力まで――奪える馬鹿げた能力だ。条件は……多分、触れること。そうだろ?」
ミエルは立ち上がりながら拍手し、ゆっくりと神代へ歩み寄る。
「いや~、君の洞察力には驚くわ。そんなにまじまじと私のことを見てたなんて……!」
「誤解を生むようなことを言うんじゃねぇっ!」
「アハハッ! 冗談よ~……でも、大方合ってるわよ、君の考察。」
ミエルは瓦礫を軽く蹴り上げ、空中で丸めて遠くの瓦礫の山へと投げ飛ばす。
ガシャァンッ!!!!!
「私の能力は――」
その瞬間、神代は躊躇なく踏み込み、右足を振り抜いた。
―
鋭い蹴りがミエルの顔面を捉えようとするが、彼女は軽やかに後退して回避。
「わぁっ!? …も~せっかちなんだから~。でも、その容赦のなさも好きだわ♡」
「チッ……やっぱ当たんねぇか……」
警戒しながらも、神代はミエルの話を聞いた。
「私の能力は『
『
ミエルの持つ超能力、それは『力』という概念に関わるあらゆるものを一時的に奪う能力。
魔力、身体能力、知力、気力、さらには重力や概念的な力さえも、最大で五つまで奪うことができる。
発動条件は、対象に「触れる」と彼女が認識すること――。
ミエルは突如、虚空に向かって手をかざす。
すると周囲の瓦礫や神代自身が、まるで重力が失われたかのように、ふわりと浮き始めた。
「どう? これが私の能力。今は私以外の『重力』を奪ったのよ♪」
「ぐっ!?……っ」
神代はバランスを崩し、宙に投げ出される。
範囲指定までできるのかよ……! いや、待て……『一時的に』?
疑問を抱いた瞬間、神代の身体は急降下し、地面へと叩きつけられる。
「――がっ!!?」
「油断しちゃダメじゃない。奪ったのは一時的なんだから♪」
うつ伏せで倒れ込んだ神代に、ミエルが近づく。
「今度は、君の思考力でも奪っちゃおうかしら?」
「――ぐっ……!」
動けねぇ……! このままじゃ……!
「はいっ! 考えるのはそこまで!!」
―
ミエルの手が神代の頭に触れた瞬間、神代の意識が途切れた。
「……」
「あれ? 抵抗しなくなったね~……気絶しちゃった?」
――その刹那。
―
神代の身体が突如として起き上がり、次の瞬間にはミエルの右腕を引き裂き、蹴り飛ばしていた。
「――うやっ!??」
ミエルは思わぬ反撃に驚愕し、距離を取る。
「動けるんだね~……予想外だったよ!」
『思考力』を奪ったはずなのに……!?
直感で動くなんて、やっぱり面白いわね……なら――
ミエルは一瞬で間合いを詰め、神代に抱きつく。
「だったら、視力と魔力を奪っちゃえ!」
―
「ぐっ……!!」
神代の視界が徐々に暗くなり、急激に魔力が抜けていく。
「いや~楽しかったわ~! 君は今まで遊んだ相手の中では三番目の強さだったよ~♪」
・・・・・・・・・・
・・・・・・
その頃、狐嶺たちはその様子を見守っていた。
そしてミエルが神代に触れようとした瞬間――
ズドォォン!!
「!??」
突如として強烈な衝撃が走り、ミエルは膝をつく。
……何!? さっきまで意識すらなかったはずの……!?
彼女の目の前で、魔力も視力も思考力も奪われたはずの神代が、フラつきながらも立ち上がっていた。
「な、なんで立っていられるの!? 君からは魔力を奪ったはずなのに……!」
その頃、ガブリエルは魔力測定器を見て顔を青ざめていた。
「こっ、これはどういうことっスか!?!」
狐嶺はその数値を覗き込み、思わず息を呑む。
「魔力は……ほとんどない。なのに測定器の数値は跳ね上がっている……? 一体、どうなっているの……?」
ミエルはゆっくりと立ち上がり、神代に問いかけた。
「普通は『魔力』を8割も奪われたら、立てないほどの眩暈と脱力感が襲ってくるのよ?……なのに、どうして君は動けるの?」
神代は視界のぼやけを振り払いながら、肩を回しつつ応えた。
「知らねぇよ。頭は回らねぇし、景色もぐらついてる……けど、不思議なことに力が湧いてくるんだよ。異常なほどにな」
身体をほぐしながら、神代はふと呟いた。
「倒れた時、誰かの声が聞こえた気がしたんだ。気づいたら今の状態になってた」
一方その頃、狐嶺たちは神代に起きている異変を理解できずにいた。
「一体どういう能力なの?……『
考察を続ける彼らの前に、突如ナスカが現れる。
「最高神様……!」
狐嶺以外の天使たちはその場に跪き、場の空気が一瞬にして静寂に包まれた。
「ナスカちゃん……!」
「安心して、私は大丈夫。……神代くんの『あの能力』についてだけど、私の知る限り同じ力を持つ者はほんの数人しかいないわ」
狐嶺は驚きを隠せず、ナスカに尋ねた。
「一体……どんな能力なの……?」
ナスカは神代の様子を見つめながら答える。
「……『
神代は身体を伸ばし終え、鋭い視線をミエルに向ける。
―
「さっきはやりたい放題だったな……まぁ、おかげで身体が軽くなったが」
ゆっくりとミエルへと歩を進める。
「……フゥ」
今のミエルは……倒せない。実力も経験も足りない……ならどうする?
いや、どうもしねぇ!! 全力でぶつかるだけだ!!!
「フゥッ――――!!!」
「わぁぁ……まだ強くなるん―――」
神代は息を鋭く吐きながら、言葉を発していたミエルを一瞬で吹き飛ばした。
――――ドガァアアアンッ!!!!
数キロ先の建物へと激突し、瓦礫の山に埋もれながらも、ミエルは姿勢を崩さずに立ち上がる。
「やっぱり……君への興味は尽きないわ……ふふっ――」
それからおよそ5分間。
互いに無数の攻撃を繰り出し、山を砕き、大地を抉り、戦闘の閃光が夜空に炸裂していた。
その戦いの様子は空の彼方からも観測される。
―― 記録 ――
10月26日、午前3時46分20秒。 香川県上空にて、強烈な衝撃音と閃光を観測。
交戦者:天使「ミエル」 【人魔】「
戦闘規模:大規模交戦。
追記:午前3時46分50秒、追加の特定魔力を2体確 【災禍】千神族と思われる。
追記:午前3時46分51秒、神代とミエルの戦闘により、特定魔力の消失を確認。
―― 記録終了 ――
「ハァ……ハァ……くそっ……!」
「ふふっ……君はよく頑張ったよ……でも、もう分かっているでしょう?」
ミエルと神代の激闘により、周囲の建物は瓦礫と化し、地面はえぐられ、街はほぼ壊滅していた。
ミエルは息を整えながら、ゆっくりと神代に歩み寄る。
「君は私を倒せない……これが現実。君と私の間には決定的な差があるのよ」
「……それがどうした? ……『実力が足りない』『勝てない』から意味がないとでも言いてぇのか? ……笑わせんなよ、やることに意味があんだよ……」
神代は拳を強く握りしめ、顔を上げた。
「……勝てる相手にだけ挑んだって、強くなんてなれねぇ……!」
神代の脳裏に過去の記憶が蘇る。
石を投げられ、机の中を荒らされる……そのような光景が――――
「いつまで経っても、弱ぇ……だから――」
その瞬間、神代の身体に刻まれた歪な紋様が、闇のように深く濃く変化した。
「――『勝つ』?『負ける』?……そんなことはどうでもいい。ただ、俺は強くなりたいだけだ!」
他人のことを考える余裕なんて毛頭ない。ただの自己中かもしれねぇ……だが、それで構わない。
弱い自分には戻りたくない。
だが、あの頃の時間には戻りたい―― 家族がいた、あの頃に。
その頃、離れた位置から神代を見ていたナスカは、彼の身体に変化が現れたことに気づいた。
「神代くんの身体の紋様……前に見たときよりも、濃く、はっきりと浮かび上がってる!」
隣にいた狐嶺はナスカの言葉を聞き、にやりと笑う。
「『前に見た』?……へぇ~、そんなところまでチェックしてたんだ?」
ナスカの頬が赤く染まり、慌てて目を逸らした。
そんな中、ミエルは余裕の笑みを浮かべながら、神代の前に再び立ち塞がる。
「まだ戦えるのね……最高!やっぱり君は私を楽しませてくれる!」
「はっ!人間の意地の悪さを見せてやるよ……!」
神代は右腕を強く握り締め、深く息を吸った。
「スゥゥゥ……」
――
――
――
――
刹那、神代が動いた。
ミエルは直感で右腕を強化し、防御の構えを取る。
しかし次の瞬間――
神代の放った合技が大気を震わせ、凄まじい衝撃波を生み出した。 雷鳴のような轟音が響き渡り、衝撃は体の芯まで突き抜ける。
ウリエルたちが視線を向けると、ミエルの右腕は跡形もなく吹き飛ばされていた。
さらに、二人を閉じ込めていた結界は粉々に砕け散り、その奥の森林まで薙ぎ倒していた。
「……?!」
ミエルは驚きを通り越し、陶酔した笑みを浮かべる。
――
神代は息を荒げ、血まみれの腕を押さえながらも、かろうじて立っていた。
「はぁ……くっ……!?」
『
本来、全身を強制的に底上げする技だが、一部に極端な強化を施せば、その反動は…
神代の右腕は血管が破裂し、皮膚の下でブチブチと不気味な音を立てていた。
「どうだ……これが人間の……
だが、ミエルは吹き飛んだ右腕を見下ろし、口角を上げる。
「ふふっ……私の本気で強化した腕を、一撃で吹き飛ばすなんてね……想像以上の強さだったわ。でも――」
ミエルの身体が再生を始める。
瞬く間に右腕が生え、元通りになった。
「残念ながら、上には上がいるのよ……楽しかったわ!君の気持ちも、十分に伝わったしね」
ミエルが神代に向かって歩み寄ろうとした、その時――
「――彼の傷は私が治すから、大丈夫よ」
いつの間にか、神代の前に座り込み、治療を施すナスカの姿があった。
「!?」
ナスカちゃん……?
気配すらも感じさせない……
伊達に『
「……なら、お願いするわ」
ミエルは軽く肩をすくめ、背を向ける。
「あっ……あと少しだけ、話があるんだけど」
「?」
神代はすでに意識を失い、ナスカの治療を受け続けていた。
数分後、ミエルは部屋へと戻され、神代は治療室へ搬送された。
「ナスカ様、周辺の被害状況の確認が終わりました!」
「ありがとう、もう戻っていいわ!」
ナスカは笑顔で作業を終えた天使兵たちを見送り、背後ではウリエルと狐嶺が報告書をまとめながら話していた。
「本当に、ナスカ様はお優しいですね……」
「だから、ついて行くのよ。私だってナスカちゃんに救われたから……少し優しすぎるけどね」
狐嶺は少し沈んだ表情で、ナスカのもとへ歩み寄る。
ナスカの肩を軽く叩くと、彼女が振り返る。
「……あれ?
少し離れた場所で、狐嶺は腕を組みながら問うた。
「ミエルと何か話してたのを、偶然見ちゃったのよ……何を話してたの?」
「……ミエルちゃんと神代くんは、模擬戦をやるたびに約束を交わしていたみたい。
『負けたら相手の言うことを一つ聞く』ってね」
――数時間前――
「『神代くんを自由にしてほしい』……それがミエルちゃんの願い?」
ミエルは身体の形を変えながら続けた。
「そう。彼の執念深さ、というよりも足掻く姿……彼にどんな過去があったのかは分からないけど、私が出会った人間の中では一番強かった。強さに執着してるように見えたわ。戦いでは私の勝ちだけど、気持ちでは負けてる……彼の行き先が『孤独』に向かっているようにしか思えなかったの。」
ミエルは最初の状態まで戻り、座り込んだ
「だから、もっと見聞を広めて、自分自身のためだけじゃなく、誰かのために力を振るってほしい……これは私の個人的な願いだけどね」
ナスカはその言葉を受け、決意する。
「……なら、神代くんには『魔界』へ行ってもらいましょう。もっと交流を…見聞や経験を広めてもらうの。彼が強くなることを願うなら、それが最適な場所だわ!」
――第15話に続く
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