魔王人生 第1章 第13話 好敵手
神代が目を覚ますと、柔らかい寝具の感触が背中に伝わってきた。
「……あれ?」
意識がはっきりするにつれ、記憶が断片的に蘇る。
――確か、ミエルにやられて……その後の記憶がない。
「……ってか、こんな部屋、あったか?」
上体を起こし、周囲を見渡す。 どこか違和感を覚えつつ、神代はベッドから降り、部屋の外へと足を踏み出した。
目の前に広がるのは、つい先ほどまでミエルと遊んでいた場所だった。
「……まさか、この部屋もミエルの一部か?」
「おどろいた?」
振り向くと、ミエルがあぐらをかいて座っていた。
「……何してんだ?」
「すとれっち?ってやつ~」
「……意味あるのか?」
神代は少し距離をとり、仰向けに寝転んだ。
天井を見つめながら、思考を巡らせる。
コイツ……ミエルは、明らかに“普通”じゃない。 見た目に反して、戦闘センスが桁違いだ。
身体能力の高さ、魔力操作の精密さ。
そういえば……アイツ、「能力」って使ってたのか?
……スライムね。
昔、自由研究で作ったことがある。 すぐ乾燥してカピカピになったっけ……。
神代はふと気になり、ミエルの近くに寄って、その手にそっと触れる。
「ん~?」
「……なるほどな」
魔力で乾燥を防ぐだけじゃなく、最低限の水分も作り出して維持してるのか……。
ミエルは神代の様子をじっと見つめた。
「どうしたの?」
「いや、何でも……今回の勝負はお前の勝ちでいい」
神代は、ミエルとの「遊び」ならぬ「戦い」で負けを認め、その場に腰を下ろした。
「……」
なんなんだ、あのデタラメな強さは。 狐嶺が言ってただけのことはある。
それだけじゃない。 この部屋自体に、能力を制限する機能がある……。
「
「……俺だけに制限をかけてるわけじゃなさそうだな」
「???」
ミエルは首を傾げ、きょとんとした表情で神代を見つめていた。
――1日目。
目を覚ましたが、この部屋では朝か夜かの区別すらつかない。
食事はしっかりと用意されているし、風呂やトイレもある。
……まぁ、それが「誰の手によるものか」は考えないようにしよう。
ミエルとは約束で、毎日何かしらの「
神代は念入りに準備運動をしながら、ミエルに声をかける。
「よし、今日もやるぞ」
「やったーっ!!」
ミエルは嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回る。
「本当に子供みたいだな……」
…… ……
「よし、今日は模擬戦をやる」
「もぎせん?」
「簡単に言えば、相手の命を奪わない範囲での戦いだ」
神代が説明するが、ミエルはいまいちピンと来ていない様子だった。
「まぁ、戦いごっこって言えば分かるか?」
「…あっ!」
ミエルは両手を合わせ、納得したような表情を浮かべる。
「よし、位置につくぞ」
今回はちゃんとルールも考えた。 ミエルの能力を見極めるチャンスはまだある。
神代はミエルと対角線上に立ち、改めてルールを説明する。
「今回の遊びは、相手が降参するか、気絶するか、戦意喪失したら負けだ」
「よくわからないけど……わかったっ!」
「……」
絶対分かってねぇな……。
「まぁ、とりあえず始めるぞ。ルールは やりながら覚えてくれ」
神代は切実に、ミエルがルールを理解することを願いながら構える。
「……あれ? よく考えたら、誰が合図するんだ?」
神代が構えを解き、考え始めたその時――。
「――あーあー……聞こえる?」
「この声は……ミカエル……か?」
突如、部屋の中にアナウンスのような声が響く。
「こっちからある程度様子は見てるから、私が合図するよ」
「…頼んだっ!!」
こっちの様子が見えるのか? 壁は一面白色……ガラスのようなものもない。
魔術か? それとも魔法の類か……?
「とりあえず始めるよ~」
ミカエルがそう告げた直後、再び神代は構えを取った。
…… ……
「――始めっ!」
ミカエルの合図とほぼ同時に、神代が最初に動いた。
――
「はぁあああっ!!!」
神代は全力のスピードで駆け出し、ミエルへと蹴りを叩き込む。
昨日の鬼ごっこ……。 俺がスライム相手に気絶するなんてありえない……。
酸欠ならまだしも、そんな生易しいものじゃなかった。
神代は続けざまに蹴りを入れ、距離を取る。
「……」
どう考えても、能力か魔法、もしくは魔術……。
今回の勝負は、その正体を暴くために……―――!!
「―――なるべく時間をかけて戦うしかない……フゥッ―――!」
神代は壁を蹴り、跳躍。 ミエルの背後を取ろうとした瞬間――。
「――っ?!」
ミエルの髪が伸び、神代へと襲いかかる。
「あっぶねっ!!」
……忘れてた。 コイツは“人”じゃない。
『スライム』だ。
人とは違い、手足だけでなく、身体そのものが"武器"か……。
最初の攻撃をわざと受けて、誘い込んだのか……っ!!
神代は飛んでくるミエルの攻撃をかわしながら思考を巡らせる。
「くっ……!!」
見た目に反して頭は相当切れるらしい……。それとも"勘"か?
いや、そもそも何を考えているのか分からない……偶然の可能性もある。
「ぐっ!……考えてる暇はねぇかっ!!」
神代は飛来する攻撃を足場にし、一気にミエルとの距離を詰める――。
「――シィィイッ!!!!」
神代の右脚による飛び蹴りがミエルの腕を捉え、その衝撃でミエルはわずかに吹き飛ぶ。
「わぁお!?おにいさん、ミエルを飛ばしたの、はじめてだよ!」
なぜかミエルは嬉しそうに笑っていた。
「ミエルも、ちょっと本気でいくよ!」
その言葉と同時に、攻撃の速度と密度が急激に増す。
「っ?!ぐっ!!!」
まだ本気じゃなかったのかよっ!
……イチかバチか、やってみるか。
神代は攻撃を避けながら走り、全身に力を込める――。
―
「ぐっ!がぁああっ!!?」
この状態でも「
なるほど……この部屋の仕組みがよく分かった。
神代は速度を上げ、再びミエルへと接近する――。
「――しゃあぁッ!!」
神代の拳がミエルの腹部に直撃するが――。
「!?」
何だ、この感触……まるでゴムみたいな――。
次の瞬間、神代の攻撃の衝撃波がミエルの全身を巡り、その反動で神代自身が吹き飛ばされ、壁に激突する。
「――ぐっ!?」
神代はなんとか立ち上がり、ミエルの攻撃を避け続ける。
「ハァ……ハァ……くそっ!」
ただのスライムじゃないのか?
ゴムのようにしなる……物理攻撃はほとんど意味がない。
だが、斬撃を使えと言われても武器は持っていない……。
「どうすりゃいいんだよ……うおっ!?」
神代はミエルの猛攻をぎりぎりで避けながら、冷静に思考を巡らせる。
「……」
こいつの能力がまったく分からねぇ……身体の性質を変える力か?
いや、そんな感じじゃなかった……。
これは、あいつが"素でやっていること"だ。
……。
「……分かんねぇなっ!!!」
神代は再びミエルへ向かって駆け出す。
「だったら……!」
この身で確かめるしかねぇ!
神代はミエルに高速でタックルを仕掛ける――が。
「お兄さん……つかまえたっ!!」
ミエルは神代の身体を掴み、自分の方へ引き寄せる。
「ぎゅ~っ!」
「!?」
なっ!?捕ま――――
…………
……
「……あれ?」
神代は目を覚ますと、横になっていた。
「また負けたか……はぁ~」
大きなため息をつき、天井を見上げる。
「……」
また負けた……。
だが、確信ではないにせよ、ミエルの能力の性質と条件が少しずつ分かってきた。
これは勝負じゃない。
勝つための訓練――そう自分に言い聞かせとこう。
神代はそのまま目を閉じ、再び眠りについた。
それから約一ヶ月間、神代はミエルとの戦いを続け、そして負け続けた。
毎日一度は必ず戦い、負け、また戦う。
ミエルにとっては退屈しのぎが、いつの間にか"楽しみ"へと変わり。
神代にとっては己を鍛え、戦闘経験を積む場となった。
――『最高の
だが、神代には一つの不安があった。
それは、ミエルがこの現状を"退屈"だと感じたとき。
それは即ち、神代の"死"を意味する。
相手は"人間"ではなく、"魔人"の一種。
今こうして生きていられるのは、ただの気まぐれに過ぎない。
― 38日目 ―
あれから俺は、一度も勝っていない。
いや、正直勝てる気がしない……。
それでも、いつか勝つために必要なこと。
「……って言い聞かせてるけど、負け続けるのはなぁ……」
神代が独り言を呟くと、ミエルが興味深そうに近づいてきた。
「ねえねえ、おにいさん」
「んぁ?……なんだ?」
ミエルは神代の隣に座り込む。
「ミエルね、おにいさんのこと、もっと知りたいな」
「例えば?」
ミエルは少し距離を縮めて、続けた。
「そうだな~……家族のこと、とか・・・?」
「……親はもういない。妹がいたが、行方不明だ……話は終わりだ。」
神代はミエルを突き放すように立ち上がり、部屋へ戻った。
その夜、神代はため息を吐きながら、独り考えていた。
「……ふぅ~」
俺、何やってんだろうな……。
天使と争って、降伏して……。
今の・・・この状態が、気に食わない。
何かできるはずなのに、何もできていない。
もし親父がこの姿を見たら……母さんは、なんて言うんだろうな……。
神代は自身のもどかしさを抱えたまま、眠りについた。
神代が次に目を開くと、視界はぼんやりと霞んでいた。
その向こうには、両親が何かを指さしている姿があった――
39日目――
「おはよう!」
目を覚ますと、ミエルが顔を覗き込んで立っていた。
「……朝からうるせぇぞ。何時かは知らねぇけど」
神代はそうぼやきながら、ベッドから起き上がり、いつもの支度を始める。
ミエルはそんな神代の後ろを、ゆっくりとついて回った。
「ねぇ、おにいさん。昨日はごめんね……気に障ること言っちゃって」
申し訳なさそうにうつむくミエル。
「はぁ……別に気にしてねぇよ。いつも通りクソガキムーブでもかましとけ」
神代がそう言うと、ミエルはほっとした表情になり、いつものようにはしゃぎ出した。
________________________________________
半月後
ミエルと出会って、すでに一ヶ月半が経っていた。
神代は相変わらずミエルに勝てず、外で見守る狐嶺やウリエルも、その光景を日常として受け入れつつあった。
しかし、この日――想定外の事態が起こる。
― 某日 ―
神代諌大の『
『災害』の『災禍』として認定し、万が一の場合、捕獲または討伐対象とする。
数時間前――
ミエルはいつも通り、神代を待っていた。
「ん~ん♪」
鼻歌を歌いながら、模擬戦の準備をしていると、そこに現れた神代の様子がどこか違っていた。
しかし、その異変に気づく者は誰もいなかった。
「……なぁ、ミエル」
「ん?」
「今回の模擬戦、お前が俺に勝てたら何か一つだけ言うこと聞いてやるよ。まあ、できる範囲でだけど」
「えっ!? いいの!? それじゃあ今日は思いっきりやるよ!」
嬉しそうに笑うミエル。
神代とミエルは互いに位置につき、開始の合図を待った。
「それじゃあ、いつも通り始めるわよ……開し――」
――ドドガァアアアンッ!!!!!!
ウリエルの合図と同時に、轟音と衝撃が響き渡った。
「っ!! ……何が起きたの?!」
驚いて部屋を見渡すと、壁には巨大な風穴が穿たれていた。
『緊急事態です! 特殊隔離施設に大規模な損傷を確認!!』
「まさか……外に!?」
ウリエルはすぐに通信魔法を展開し、戦艦の全員に連絡を送る。
「全兵士に通達! 『
――これは……恐ろしいことになりそうね……。
つばを飲み込み、ウリエルは緊急事態に備えて部屋を飛び出した。
――第14話に続く
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