第22話

 突如現れた男、鶴屋仁は単分子ブレードを翻すと周囲の自立兵器の弾幕を潜り抜け、流れる様に装甲を切断する。装甲が崩れ落ちる音と共に、仁は鞘に刃を収めた。

「み、ミリアを……」

「心配するな、ミーシャが行ってる。

 安定剤だ、飲めるか」

 仁が差し出した錠剤を飲み込んでしばらくすると、朦朧としていた滝の意識が回復し始める。

「脱出するぞ。

 ......キリアはどうした?」

「それは――」

 言葉に詰まり、エレベーターに視線を向けるタキはステルス機の襲撃が未だないことに気付く。

「ジンさん!敵にステルス機がいるんです!警戒して......!」

 タキには仁の背後の風景がわずかに揺らいだように見えた。


――警告、背後の水面に有意なゆれを確認。

 タキの警告と、電子妖精の警告が脳内で発せられたのははとんど同時だった。

 仁はとっさに反転しつつ回避行動をとる。

 状況を判断するよりも早く、焼けるような痛みがやってくる。

――左半身負傷!使用不可!痛覚遮断を開始!

 焦ったように状況を述べる電子妖精。

 電子妖精がピックアップする状況証拠の中に敵の位置を特定するものはない。

 電子妖精の「感」を完全に擦り抜けるほどのステルス性が敵にはあった。

「タキ、ミーシャを呼んできてくれ」

「は、はいっ!」

 血液が噴き出す左肩の筋肉を収縮させ、仁は出血の勢いを抑える。

 音、視覚、主流のレーダー殆どに対応している全環境ステルス機の相手ともなると、実戦経験豊富な仁と言えど交戦経験がなかった。

 仁は発想を変え、空気の揺れだけに意識を集中する。

  電子妖精もその意図を汲み取り、五感を最大限に使い情報を集める。

 仁は敵の動きを待った。

――右上1時方向!空気振動を観測!

 電子妖精の言葉に従い、仁はブレードを振り抜いた。

 つんざくような音と共に火花が散り、半透明のBSのシルエットと、BSの持つブレードが浮かび上がる。

 幾らステルス機と言えど、動作によって発生する情報を零にはできない。

 もう一度姿を消す前に、仁はステルス機に対し一気呵成に攻め込んだ。

 出力で上回るBSの斬撃を刀身で逸らすと懐に飛び込み、胴体を切り裂く。

 しかし、その手応えは浅かった。

 間合いを熟知した動きである。再び距離を取り、透明化したBSに向かって仁は話しかけた。

「意外だな、オードリー。

 あんたの記者としての経歴は長いはずだが……今の動きはベテランの兵士だ」

 仁の予想に反し、言葉は返ってきた。

「どうして気がついたの?」

 仁の推察通り、BSから返ってきた声の主はオードリー・ファンのものである。

「初めから疑問は抱いていた。

 四脚戦車の複合センサーを回避出来るような場所にいなかったにも関わらず、あんたはあの場所から無傷で現れた。

 確信を持ったのは、アンタの服に引っ付けた発信機がシェルターから出てからだ」

「一本取られたようね。

 次回から参考にさせて頂くわ」

「次か。目的は何だ?」

 無感情だったオードリーの声色に、初めて感情のようなものが混じる。

「法が犯罪者を守るなら、誰かが代わりに裁く必要があるわ。

 占領地で兵士が娯楽として殺した子供など、誰も気にしないのだから」

「子供だと?

 ……だが、あんたがここを襲ったってことは、犯人は捕まったことになるじゃねぇか」

「えぇ、そうよ。犯人の一人がここに居るわ。

 たった数ヶ月で出獄する窃盗罪に問われて。

 奴らの仲間が手回ししたのね 。沢山の余罪をそれで洗い流して、奴は出てくるの」

「待てよ。

 お前、そのためにこんな事を?

 神にでもなったつもりか。無関係の囚人たちを巻き込んで殺しやがって」

「だって、奴らほかにもやらかしてたらしくて、名前も顔も変わってるのよ?

 この刑務所のどこにいるかすらわからない。確実に殺すには丸ごとが一番じゃない。

 それに、ここに居るのは犯罪者じゃない。世間様は賛同してくれるわ」

「ほかに方法があるとは思わなかったのか」

「初めは私だってそう思ったわよ?

 だって、私は記者だもの。

 でもね、私は分かっていなかったのよ。

 剣を持つものもペンを持つこと知らなかった。

 奴らの中に政府高官の息子が一人いたの。

 政治的問題になることを恐れたんでしょうね。政府は私の指摘に、私への人格への中傷を混じえた話のすり替えを行い、それは非常に上手く働いた。

 私の下へは殺害予告すら届くようになり、元の問題提起を気にするものは誰もいなくなった」

 オードリーの怨嗟の声が響く。

「誰も真実なんて欲しがらない。

 みんなが見たいのは、分かりやすくって、原因一つ取り除けは解決できるようなおとぎ話なの。

 根気強く付き合っても変わらない現実なんて。国を勝利に導いた政府が、子供を犯して殺した鬼畜をかばうような現実なんて!誰も相手したくないのよっ!」

 荒くなった声が、再び静かなものへと変わる。

「話過ぎちゃったわね。

 それとも、時間稼ぎのつもりかしら。

 だとしたら上手く行ったんでしょうけど、下調べが足りないようね。

 ここの障壁は大戦の戦火に耐えられるように作られているの。あなたの相棒一人がどうこうできる厚さじゃないわ。

 あなた達に恨みはないけど、奴ら全員を殺すためには痕跡は残せないのよ。

 ここで死んでもらうわ」

 仁はブレードを構えた。

「お前が今日やったことは戦争そのものだ。

 人を人とも思わず、駒のように扱い、無意味に殺す。

 それだけは、見逃せない」

 返事は無い。

「あんたはここで止める」

 仁は走り出すと、言葉とは裏腹に傍の壁を切り裂き、敵から距離を取るように飛び込んだ。

 

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