第21話

 ジョーンズを先頭に、囚人達は物資搬入口へ向かっていた。

「止まれ、ここからはクモの探知に引っかかる」

 四脚戦車の通称を口にしたジョーンズに、佐藤が意外そうな表情を浮かべた。

「なんだ?」

「いや、今までの動きでも思ったけどよ。

 おっさんが金星戦線で特殊部隊に所属してたのってホラじゃないのかもなと思ってさ」

「なにぃ?佐藤、おめぇジジイの妄言だと思ってたのか?」

「まぁ、過ぎたことはいいじゃねぇか、っと!」

 佐藤は廊下の角から飛び出すと、二体で巡回していた四脚戦車に向けて、両手に持った二本の大きな筒を構えた。

 明らかに人間用ではない巨大な銃口から放たれたサーモバリックランチャーの弾頭が四脚戦車の装甲を殴りつけ、派手な爆風と共に装甲をたたき割った。

「今ので最後の一発だ。

 もっと打ちたかったぜ」

「やっと弾切れですか。

 センサーが音と光でイカれる前で助かりましたよ」

 ミュラーがうんざりしたように眉間を抑える。

「嬢ちゃん達、さっきの消灯について何かわかったか?」

「誰かがシステムを落としたみたいです。

 復旧していない所を見ると、この電気は非常用のものかもしれません」

「骨のある奴が居たもんだ。

 これで小型は相手しなくて良さそうだな」

 タキの言葉にキリアは目を輝かせると、ミリアを振り返った。

「これって兄ちゃん達じゃないか!?」

「だよね!私もそう思った!

 助けに来てくれたんだ……!」

 手を取り合って喜ぶ2人に顔を綻ばせたタキは、力を失ったようにふらりと揺れた。

「タキねぇ!無理しすぎだって。

 薬を飲まないと」

 キリアはタキを支えると、タキの胸ポケットからケースを取り出して開ける。

「くそっ、薬がもう無い……。

 ごめんタキねぇ、俺が気にかけるべきだったのに。

 ミリア、あとどれぐらい残ってる?」

「こっちは3つ!」

「俺も3つ。

 一つずつタキねぇに渡そう」

「わ、私は大丈夫ですから……」

 気丈に振る舞うタキに、キリアは諌める様に語りかけた。

「タキねぇ、三人一緒に帰るんだろ。

 タキねぇが犠牲になるんじゃ意味ないよ」

 タキは少し躊躇ったあと、薬を受け取り一粒飲み込んだ。

 彼女の意識の回復を待つ間、大人達は破壊した自律兵器のコンピュータを調査している。

 自立兵器のメインコンピュータにアクセスしていたジョーンズは黙り込むと、佐藤とミュラーに目配せをした。

「妙だ」

「何かありましたか?」

「電脳と機体間の情報連携関連のログを見るに、ここの自立兵器に30mm機関砲と単分子ブレードを装備している機体はいない」

「へぇ、いるはずのない機体か」

 ジョーンズは指を組んで考え込む。

「死体のいくつかに、ブレードでの切り傷と、大口径弾の炸裂痕があった。

 最初は俺の思い過ごしかと思ったんだがな......。

 ここに配備されていない機体がいるってことは、そいつが今回の主犯の可能性が高いんじゃねぇか」

「あり得るな。だけど、それだけじゃないだろ?

 何が引っかかってんだ」

「……ブレードで死んだ奴に抵抗の跡がなかった。

 しかも正面からズドンとやられていたのにもかかわらずだ。

 相当なハイエンド機体、それもステルスに特化した奴がここに居る可能性が高い」

「厄介ですね。

 我々の装備では対処しようがない」

 少しの沈黙が訪れた。

 ミュラーはメカニックである佐藤の意見を訪ねようと彼を振り返る。

「佐藤、あなたはどう思いますか。

 ......佐藤?」

 佐藤の唇が震えている。


 佐藤の口の端から、黒い血液が溢れ出た。


「うおおおおおおおおおおっ!?敵がいるぞぉーッ!!」

 ジョーンズが叫ぶと同時に、胴体を刃で貫かれた佐藤が膝をついた。


 囚人たちは一心不乱に逃げ回る。

 しかし、その足取りも順調とは言い難い。

 敵の姿は見えない。ジョーンズとミュラーが牽制射撃を行うも、それで距離が取れているのかを確認する術はない。

 佐藤はキリアに支えながら辛うじて走っているものの、その足取りは次第に重くなっている。

 腹部からの出血は止まらなかった。

「タキねぇ!右から2機!」

「わかった!」

 ミリアがハックした四脚戦車を天井に張り付かせて偵察を行い、二体のBSバトルスーツを操るタキが現れた自立兵器にレーザーガトリングを斉射する。

 装甲が発泡スチロールの様に切り裂かれ、二機の四脚戦車が動きを止めた。

 タキは最後の安定剤を口に放り込むと汗をぬぐう。

 囚人たちの周囲には瓦礫の山が築かれている。

 そして、囚人達の陣形は瓦解しかけていた。

 時折挟まれる30mm砲弾の衝撃はジョーンズ達の身体を激しく叩く。彼らが鉄の身体を持つ義体サイボーグでなければ、等に全滅していただろう。

 見えない敵の執拗な追跡のプレッシャーは計り知れなかった。

 佐藤は足を止めると、キリアから肩を外した。

「サトウ?」

「もう大丈夫だ」

「大丈夫って……」

「もう助からんってことだ」

 気負いなく言った佐藤にキリアは言葉を失う。

 引きずっていたレーザーガトリングを構え直して、佐藤はBS着用を前提に設計された過大な火力を敵に解き放った。

 甲高い音と空気を焼く匂いが充満し、瓦礫を乗り越えようとしていた四脚戦車を薙ぎ払う。

「ミュラー!一つ聞きたいことがある!」

「なんです!」

「お前、民間人殺しやってないんだろ!」 

 弾幕で敵を押し留めながら、その音で声が掻き消えないように二人は怒鳴る。

「よくある話ですよ。

 敵は現地に潜入した特殊部隊のはずでした。

 作戦完了後に伝えられたのは、私たちの部隊が勝手に民間人を殺したという一方的な宣告です。

 戦後に備えて汚れ役は消える定めだったんでしょう」

「……そうかい。んじゃ、いいな」

 佐藤は首から引き抜いたコードを地面に並べたレーザーガトリング2丁に繋ぐと、両手に担ぎ上げた。

「お前のこと嫌いじゃなかったぜ」

「光栄です。

 地獄で会いましょう、お供しますよ」

 ミュラーの援護射撃に乗じて、佐藤は2丁の大砲を抱えたまま瓦礫の山を飛び越える。

 目の前の通路に押し合うようにして広がる自律兵器に向けて、佐藤は電子トリガーを起動した。

 赤いレーザー光が銃口から溢れ出す。

 雨のような弾幕を受け、自律兵器の爆散が止まることなく続く。

 佐藤は乱舞する光と破片の中、風景に僅かなノイズが走った瞬間を見逃さなかった。

「見えた……ぞ」

 弾丸の雨が止まることなく見えない敵を轢き殺そうと動く。

 最後に佐藤が見た光景は、僅かに揺れた天井から放たれた大きなマズルフラッシュであった。

「そこッ!」

 その時、絶命する佐藤の背後からミュラーが現れた。

 佐藤の視線の先に飛ぶと、迷うことなく手刀を突き出す。

 金属音とともに、スパークが地面に散った。

 BSの半透明のシルエットが浮かび上がる。ミュラーの手刀は僅かに装甲を貫通できない。

 そして、彼の胸からは単分子ブレードが突き出している。

 構うことなく二撃目を繰り出したミュラーよりも早く、BSの拳がミュラーの頭部を砕いた。

「嬢ちゃんたち!

 ここは任せて先に行け!」

 装置のような物を通路に仕掛けながらジョーンズは叫ぶ。

「死んじゃうって!」

「気にすんな!

 生きろ!生きて俺達が戦った意味を残してくれ!」

 あらゆるセンサーを掻い潜る擬似粒子を利用した最新ステルス機でも、物理的なワイヤートラップは避けようがない。

 罠に引っかかったステルスBSがジョーンズの仕掛けたワイヤートラップの爆発を直に受けた。

 壁に叩きつけられるBSに高周波ナイフを突き刺そうとするジョーンズに、BSは至って冷静に銃口を向けると引き金を引く。

 無機質な動作と共に、ジョーンズの身体は細切れに引き裂かれた。

「早くっ!」

 子供達はエレベーターに乗り込むと、閉鎖ボタンを狂ったように押し続ける。

 半透明のBSが地面を蹴ると同時に、エレベーターの扉が閉じた。

「……助かった?」

「どうやら、そのようですね」

 荒い呼吸がエレベーターの駆動音に混じる。

「皆さんのためにも、あともうひと踏ん張りしまょう。

 それがきっと」

「た、タキねぇ……」

「え?」

 タキはミリアの声に振り向いた。

 彼女の視線の先には、座り込むキリアがいる。

 壁には筆を下ろしたように血痕がへばり付き、キリアの後頭部まで続いていた。

「キリア?

 どうしたの?ねぇ!キリア!」

 震える手でキリアの後頭部に手を回したタキは、彼の首に大きな鉄の破片が突き刺さっていることに気が付く。

「うそ……。

 こんなことで……」

 流れ弾、それも爆発で飛散した破片による偶発的な事故。

 それはキリアに致命的な傷を負わせていた。

「ふ、たりとも。ご、めん……」 

 キリアの目から光が失われた。

 エレベーターの音が無神経に鳴り続けている。

 呆然と死体を眺めていたタキを現実に引き戻したのは、ミリアの嗚咽だった。

「もう、やだ。

 やだよこんなの。

 どうして?私たちだけがこんな目に合うの?」

「ミリア、立って」

「どうせみんな死ぬんだ!

 私たちみんな」

「立ちなさい!」

 タキはミリアの頬を叩いた。

 乾いた音が鳴る。

「キリアの死も、ジョーンズさんたちの死も全部無駄にするんですか!?

 意味を見つけられるのは生きた人間だけなんです!

 どれだけ惨めで苦しくったって、生きて意味を見出さなきゃいけないんですよ!」

「タキねぇ……」

「私たち、確かに間違えたのかもしれません。

 私たちはカスタムチャイルドの過激派を止められず、テロに加担しました。

 この襲撃はその罪を裁くためのものなのかもしれません。

 社会も囚人の生死など気にしないでしょう。

 だけど、私たちが正当な裁きを受けて、罪を償うことまでは否定させません」

 エレベーターの扉が開き、外から銃口を向ける四脚戦車が姿を現す。

 タキは掌を突き出し、握りしめた。

 強化された脳波が直接四脚戦車の電脳に潜航ダイヴし、障壁アイスの中を駆けまわる。

 瞬時に障壁を突破したタキは四脚戦車を操り、エレベーターを囲んでいた自立兵器の集団を主砲で薙ぎ払った。

「私もキリアもあなたを愛しています。

 だから泣かないで。それで私たちは報われるんですから」

「タキねぇ、でもっ!」

「行ってください!」

 操っていた四脚戦車が限界を迎えたと判断したタキは、即座に間近のBSに四脚戦車を組み付かせると、電脳に潜航ダイヴして操作を切り替えた。

 ミリアが通路を駆ける。彼女を狙う自律兵器をBSのレーザーガトリングで焼き払うと、壁を張っていた四脚戦車をショットガンで叩き落す。

 次々と機体を乗り捨てながら、タキはたった一人で通路に殺到する自律兵器を食い止める。

「まだ」

 タキの操る四脚戦車の隙間を突破した四脚戦車を、タキが振動ブレードを抜いて切り裂く。

「まだ……っ」

 四脚戦車を切り裂いて現れたBSを殴るようにして潜航して、そのBSの操作を奪い周囲の敵を重火器の斉射で押し戻す。

「まだっ!死ねないんです!」

 脳内物質を意図的に分泌させ、一時的に身体機能を上げる。

 タキは自身の操る兵器の死角を自分で埋る様に剣を振るう。

 少しでも長く家族の時間を稼ぐために彼女は戦った。

「あっ!」

 幾星霜の時が経ったかに思われたその時、ついにタキの潜航ダイヴの手を掻い潜った一体のBSが彼女を体当たりするように突き飛ばした。

 地面を転がる彼女は、とっくに限界を超えた脳の使用限界によって即座に立ち上がることができない。

 地を這いずるタキに銃口が向いた。

 

 突如、天井に三角形の線が走る。

 抜けた天井から落ちてきた男が、空中でBSの胴体を切り裂いた。

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