第16話
朝一に発生した世界の危機を解決した仁とミーシャは、月面最大の空港であるアブルフェーダ月面空港から飛び出すと地下鉄へと飛び乗る。
「間に合った!時間は!?」
「9時40分、肝が冷えたぜ……」
戦闘よりもよっぽど焦燥した表情で二人は汗をぬぐった。
二人の向かう先は月面最大の刑務所である。
寄る身のない彼らにも、何の因果だろうが、今は待つ人たちが居る。
「面会時間が早い日に限って事件なんざ起きやがる」
「ドタキャンなんかしたらあの子たち不安がるもんね。
間に合ってよかったよ」
数か月前、木星行のシャトルの中で命を奪い合ったカスタムチャイルドの子供たちと二人の関係は続いていた。
カスタムチャイルドの子供達にとって、仁とミーシャは世界に現れた初めての希望だったのである。
打算も裏切りもない善意を証明した二人を彼らは慕い、逮捕から一週間も経てば全員分の手紙が国連警察に届けられるようになった。
その手紙に綴られる「面会に来てほしい」という熱意に負けた二人は彼らの様子を見に行くようになり、今に至るのである。
「ま、退所するまでは付き合ってやらんとな」
「なに仕方なくってカンジ出してんのさ。
昨日は若い子の間で何が流行ってるか調べてたくせに」
「気まずい時間が嫌なだけだっつーの」
「そーゆーのツンデレって言うんだぞ」
二人は仕事明けの疲労もあり、椅子にもたれかかって緩い会話を続ける。
「そういやミーシャ、お前この前雑誌に載ってたぞ」
「え、うそ。どんな感じの記事?」
「週刊誌だったかな。
『またまたお手柄!裏社会で話題の天使の素顔!』
みたいな見出しだったぜ」
「あ~、あの自称記者の人、本物だったんだ……。
悪いように書かれてなかったんでしょ?」
「褒めてたぞ。主にミーシャの外見を。
今の時代にそこ大事か?いくらでも変えられるだろ」
「あのね、女の子相手にそんなこと言うんじゃない。
.....顔は自前だし」
「そんなことよりだな」
「そんなこと……?」
深くしわを寄せて俯く仁に、ひとまずノンデリカシーな発言は水に流してミーシャは話を聞いてあげることにする。
「その記事、俺のことが書いてなかったんだ……」
「……それだけ?」
ミーシャは呆れた目で仁を見た。
「それだけって、お前な」
「まさか、雑誌に載りたかったとか?」
仁は目を逸らす。
「……別に」
「声が小さいぞ~」
「載りたかったわけじゃないぞ。
ただ、俺はお前の相棒としてだな」
「ふ~ん」
「いや本当に、載りたかったわけじゃない。
だけど俺抜きにお前は語れないんじゃないかと思ってだな」
「ふっ」
「あ、信じてないだろ?」
当初は真空状態での空気抵抗減を想定されて作られたチャンバーの中を電磁浮遊式の電車が滑走する。
コスト面から速度と快適さに目を瞑った電車は、それでも二人が雑談をするうちに目的地へとたどり着いていた。
「堅っ苦しくて慣れんな、この服」
仁は最近になってようやく支給された警官服を見渡す。
警官の身分を示すことのメリットは、事件において馬鹿にできないものがある。
堅苦しい服装を嫌う仁も、ミーシャの命により嫌々ながら警官服を着用していた。
「いつものダルダルな軍服よりはそっちのほうがいいって。
それに、警官服は防弾繊維なんだから、すぐトラブルに巻き込まれるジンにはお似合いだと思うな」
「そりゃお人好しの相棒のせいだろ。
防弾機能があるってレオンも言ってた気がするな。実際のスペックはどうなんだ?」
「クラスIIIの弾なら貫通しないよ。
光学弾、物理弾両種対応だから無いよりは全然マシってトコかな。
結局ライフル弾は貫通しちゃうけどね」
ようやく支給された制服の第一ボタンを外して、仁は胸元を緩めた。
「これでよし」
「あの子たちの前ではカッコつけるんじゃないの?」
「無理に大人をやって失望させたくない」
「ふぅん?」
二人は刑務所のロビーを歩く。
すれ違う刑務官は、今や常連になった二人とあいさつを交わした。
ミーシャは刑務所の職員から受け取った面会用の書類を書き上げる。
「でも、あの子たちが私たちに求めてるのって、大人なんじゃないの」
書類を職員に手渡したミーシャに、カップ式自販機から購入したコーヒーを仁が手渡す。
二人はベンチに座ると、ロビーでちびちびとコーヒーを啜った。
「大人にはなれねぇよ」
湯気が収まった頃、仁はぽつりと呟いた。
「俺、生まれてまだ十年とちょっとだぜ。
催眠学習と戦場は殺しは教えてくれても、ほかのことは何も教えてくれなかった」
ミーシャは思わずコーヒーを取り落としそうになり、危うく空中でキャッチする。
「き、キミ、それは」
「なぁに驚いてんだ、俺が人造兵士だって知ってたろ」
「そりゃぁ、そうだけど。
でも、人造兵士の人たちって、自分が人造兵士だって隠したがるって聞いてたから。
触れないほうがいいのかなって……」
仁はコーヒーを飲み干し、苦々しい表情を浮かべた。
「俺たちには何もないからな。
普通の人たちが持っているものを、俺たちは何も持ってない。
過去も、友人たちも、そして未来すらも持っていなかった……はずなんだが、生き残っちまって。
俺たちは自信がないのさ。人間だって、言い切れない」
仁は空のコーヒーカップを遠く離れたゴミ箱へと起用に投げ込む。
「ただ、俺たちの中にも人間を目指した奴はいた。
俺の部隊長がそうだった。
一歳しか変わらない癖に、兄貴ぶって、一番足の遅いやつに合わせて、俺たちを守って死んだ。
カスタムチャイルドの奴らを見て、隊長を思い出したよ」
「ジンは人間だよ。
そうじゃなきゃ、背中を任せたりなんてしない」
仁は表情を和らげ、頷いた。
「あいつらもきっと俺と同じだ。
だから、一歩先をかっこ悪く歩いて見せようと思う。
隊長みたいに上手くはやれないだろうけどな」
「でも、シャツの襟首は絞めてほしいけどね。よく考えたら物理的な格好と関係ない話じゃん」
ミーシャは空のカップを高く放り上げる。
放物線を描いて、カップはゴミ箱に落ちた。
――パチパチ
二人の耳に、拍手の音が届いた。
二人は怪訝な顔で音の鳴る方を振り返る。
「ナイスシュート!
あなた、最近話題の刑事さんでしょ。
ちょっとインタビューしたいんだけど、お時間いただけないかしら?」
拍手の主はアジア系の女だった。
タイトなスーツをしわ一つなく着こなし、機敏な動作で歩み寄った女は二人に名刺を渡す。
「オードリー・ファンです。
MNNの記者として、あなたには前々から話を聞いてみたいと思っていたのよ」
「私に?
ただの刑事なんだけど」
MOON News Network、通称MNNは月の主要メディアの一つである。
微妙な表情を浮かべるミーシャに、オードリーは意に介さぬようにミーシャの隣に座った。
「謙遜しなくてもいいじゃない。
タブロイド紙の言う容姿云々を除いても、あなたが大事件を片っ端から解決していることは最近の裏社会でのトレンドよ。
人工知能暴走事件、木星軍旅客機ハイジャック事件、そして今朝も何やらカロッサシンジゲートとやり合ったらしいじゃない?
ただの警官じゃ、無理があるわね」
「ハイジャックの時はオフだけどね。
まぁ、優秀な相棒がいるというのが答えかな」
オードリーは仁を一瞥すると、すぐに視線を外す。
仁は静かにショックを受けていた。
「優等生な意見ね。
あなたの経歴も気になるけど……一番聞きたいのは、動機かしら」
「動機?」
「あなた、そこのカレが国連警察に所属する前からずっと戦っているでしょう?
所属の特殊警察班はその死傷率の高さから形骸化し、人員の補充もない見捨てられた部署らしいじゃない。そして、犯罪者の重武装化は激しくなる一方。
そんな劣悪な環境で、あなたはどうして戦い続けるのかしら」
「戦後を作るため、かな」
「それはどういう……?」
今度はオードリーが疑問符を浮かべる番だった。
問いに答えるよりも早く、刑務所職員がアナウンスで二人の名前を呼ぶ。
「ごめんなさい。
今日はちょっと予定が入ってるから」
ポケットから取り出したペンで自身の連絡先を書くと、指に挟んで投げつける。
オードリーの手元で横回転になったカードは、上手く彼女が広げた手の中に着地した。
「興味があるなら連絡して!
夢見がちな女の話ならいくらでも聞かせてあげる!」
オードリーに会釈をして、仁とミーシャは面会に向かう。
何故か無言の相棒に、ミーシャは気まずそうに声を掛けた。
「今回のインタビューは私の経歴がメインだったらしいから」
「俺も背中に翼つけようかな」
「本当にそれでいいの!?」
仁の目は座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます