第17話
カスタムチャイルドの子供達との面会はコンクリート張りの殺風景な部屋の中で行われる。
四方を監視カメラと銃座で囲まれている部屋であるが、直接の面会が許された場所である。従来型の壁を隔てた面会よりも距離が近いため、カスタムチャイルドの子供達はこの面会方式を好んでいた。
「面会時間は30分です。
預けた武器は受付に声を掛けてくだされば返却されるのでお忘れなく」
警官の言葉に頭を下げると、二人は扉を開ける。
部屋の中では、席に着いた子供たちが喜びを隠さない。
「兄ちゃん!なんだよ~、今日の面会はないかもなんて言うから心配したじゃんか!」
「事件があったんだよ、今回はイタリアだって言われたから間に合わないかもしれなかった」
「え、マジで?事件はどうなったんだよ」
「解決したさ、二人でな」
「おぉ~!
俺もムショ出たらさぁ、兄ちゃん達みたいに……」
「ちょっと!キリア!」
「あっ!」
キリアは何故か気まずそうな表情をすると、ミーシャを振り返る。
「なぁ姉ちゃん!今日はどんな事件だったんだ?」
「ミリアも聞きたい!」
「今日の事件はねぇ、カロッサシンジゲートっていう裏組織が……」
突然会話からはじき出された仁は、困惑したようにキリア達を見比べていた。
そんな仁に、今日まだ一言も発していなかった少女が声を掛ける。
「あの!仁さん!」
少女の名はタキ・ツエリスカと言う。彼女は数か月前までカスタムチャイルド最年長として子供たちのまとめ役をを務めていた。
そんな彼女も、今は年場の行かぬ少女相応の緊張を浮かべている。
「その……お話を、しませんか」
「そう、だな?」
会話をするときにそんな前置きをされたのは初めてだった。
仁は少し困って、タキ言葉を待つ。
「あの、お話を、えーと……」
「うん」
タキは眉をハの字に曲げてうんうん唸った後、がっくりと肩を落とした。
「いろいろ考えてきたのに全部忘れてしまいました……!」
タキの隣でキリアとミリアが溜息をつく。
しかしここには仁がいる。彼は大きく頷いた。
「わかるぞ。
凄く良くわかる。何を話していいか分からないんだろ」
「そ、そんなことは」
「だが、話題を考えてきたのが自分だけだと思っていないか?
俺もちゃんと考えてきたさ」
「おぉ!」
タキの眼が期待に輝く。
自信満々に口を開いた仁は固まった。
「……何話そうとしたんだっけ」
タキは奇麗にずっこけた。
「若い子に合わせようと思って色々調べてきたんだけどな……。
ダメだ、
「ふふ、ふふ……」
タキは頭を抱える仁を見て思わず噴き出した。
仁も苦笑いを浮かべる。
それですっかりタキの緊張はほぐれたようだった。
「というわけで、ここでの暮らしは大変な所もありますけど、みんな不安もなく過ごせてます。
養護施設に移された小さい子たちも良くしてもらってるって聞いてます。
……みんな、お二人のおかげです」
タキは刑務所での暮らしを一通り話し終えると、ほうっと息をついた。
ハイジャック事件終結後、カスタムチャイルドの子供たちの処遇は2つに分かれることとなる。
15歳以下の者たちは責任能力がないと見なされ、観察処分付きで児童養護施設に引き取られた。
15歳以上の者たちはハイジャック事件の主犯として裁判にかけられたものの、ハイジャックにおける働きが大きくなかったこと、何より世論の減刑を求める声により長期刑には至らなかったのである。
「電脳の負荷のせいで殆ど寝たきりだった今迄の生活と比べたら、どんなところでも幸せです。
キリアとミリアも、刑期が終わったら国連警察に入るんだと張り切ってトレーニングをしているんですよ」
微笑ましそうに語るタキを、仁はどこか冷めた目で見る。
「……国連捜査官はお勧めしないぞ。
常にギリギリの職場だし、俺たち以外に新人が入ってきてもすぐに負傷して退職するんだから」
「ですから、鍛えているんです。
前にもお話しましたが、もうこれは決めたことですから」
ぴしゃりと言い切られてしまい、仁は頬を掻いた。
彼自身も驚いたことだが、仁はカスタムチャイルドの子供達に情を抱いている節がある。
国連捜査官に就任する前ならば、仁は彼らを優秀な戦力だと認識しただろう。
今では、困難な戦況において正しく彼らを見捨てる自信が仁の中で揺らぎつつあった。
「それに、ほかにできることもありませんから。
戦うために生まれたのであれば、あなたのために戦いたい」
「降参だ。悪かったよ」
仁は両手を上げて見せた。
荒んでいた彼にも目指すものが出来て、余裕が生まれたのであれば、我の戦後はそう遠くないのかもしれない。
仁は戸惑いながらも、自身の変化を秘かに喜んだ。
「タキねぇ、もういいだろ!
兄ちゃんとそろそろ変わってくれよ」
「う、うん」
席を立ったキリアが仁に駆け寄る。
「どういうことだ?」
「タキねぇは兄ちゃんと上手く話せないから、機会を譲ってやろうってみんなで決めてたんだよ」
「あっ!何で言っちゃうんですか!」
ぽっと顔を赤くして抗議するタキ。
「なぁ兄ちゃん。この前なんだけどさ、この施設にバックログ仕込んでおいたんだけど……」
「ちょっと待て!会話は記録されてるんだぞ!」
「あ、ミリアが記録を書き換えてるから気にしなくていいよ」
「……国連捜査官として、これって見逃していいのかな」
ミーシャは悩ましそうに眉間を潜める。
面会時間は足早に過ぎていった。
扉の窓から押し合うようにして仁とミーシャを見送ったカスタムチャイルドの子供達は、彼らの姿が完全に消えてから扉を離れた。
刑務官に連れられて檻の中に三人は戻る。
「兄ちゃん、やっぱ俺らが国連捜査官になるのが嫌なんかなぁ」
キリアのぼやきにミリアが肩をすくめた。
「しゃーないっしょ、うちらとにーちゃんじゃ実力が違いすぎるし。
もっと強くなんなきゃね」
「でも、姉ちゃんは乗り気だったよな」
「う~ん、どうでしょう」
「タキねぇ?」
「ミーシャさんは……たぶん、私たちを戦わせる気はないんじゃないでしょうか。
後方支援ぐらいはやらせてくれるかもですけど」
「それじゃ飼い殺しじゃんか」
「でも、手元に置いておけば私たちの安全は確保できますから」
ミーシャは火星の貧民街の生まれだという。
そのためか、夢見がちな理想を掲げる一方で彼女は決して冷徹な部分を手放さない。
「あ~だめだめ暗いほうに考えちゃ!
時間はいくらでもあるんだから!ゆっくり二人に頼られるような力をつけていけばいいでしょ」
時間はいくらでもある。
ミリアのその言葉に、タキとキリアは表情を緩めた。
電子妖精の設計思想を発展させた生体CPUである彼女たちは、定期的な投薬がなければ意識を維持できない。JSFのタカ派によって秘密裏に研究されていたカスタムチャイルドは、研究時間以外の所要時間を一切与えられずに生きてきた。
彼らを虐げる大人はもういないのだ、焦る必要はない。
「おい、もうその辺にしてくれ。俺が上から絞られちまうよ」
会話を静観していた刑務官が申し訳無さそうに会話に割り込んだ。
「ほら、お前は男子棟に行くぞ」
「は~い。そんじゃ、タキねぇ、ミリア、またな」
キリアを見送ったあと、待機していた女性刑務官に連れられて女性棟に向かう二人。
「鶴屋さんとサマヤさんでしたっけ?
いい人たちね。大切にするのよ」
「はい――」
気さくな女性刑務官に向けられたタキの笑顔が、わずかに歪む。
ざらりと、彼女の脳波にノイズが触れた。
「タキねぇ!」
「わかってます!何かが……!」
刑務所のシステムへ何者かが干渉している。
二人がそう確信した時、刑務所の警報が鳴り響いた。
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