episode3[I, the Jury]

第15話

 カロッサシンジケートにとって国境は便利な逃走手段だった。

 戦後間もない為に国家間の協力体制は無に帰しており、緊張状態にある。

 国境を越えてしまえば大抵の場合は政治問題化を恐れて追跡は止まるのだ。彼らの様な犯罪組織にとっては夢のような境界線だった。

 

 そして彼等は、その選択が間違っていたことを知った。


「畜生!なんなんだよ!

 どうして国連警察がこんなトコまで出張って来てんだ!」

「やりすぎたんだよ俺達は。

 それにしたってあんな腕利きがいるたぁ聞いてねぇぞ……」

 シンジケートの一員であるマービンとアレッシオは屋外での違法取引を終え、地元警察に追われながら国境を跨いだ。

 二人を待ち構えていたのは、事故による大渋滞と、アジア系の男による執拗な追跡である。

 嵌められた、そう理解するよりも早く5人の仲間が斬り殺された。咄嗟に荷物を掴み逃走を続けて来た男達だったが、それも長くは持ちそうにない。

「クソっ!」

 マービンが銃身の突き出した掌を警官に向ける。放たれた光線は余熱で地面を溶かしながら直進するも、その先に警官は居ない。

 マービンが瞬きする間に、警官の姿が宙に舞う。

 紺色の制服に世界共通語で刻印された国連警察の文字が視認出来た時には、マービンの腕が舞っていた。

 腕の断面から 鋼の骨と電線が覗く。

「マービン!どうにか避けろ!」

 アレッシオは咄嗟に駐車している車を投げつけた。

「殺す気かよ!?」

 マービンは咄嗟に身を捻ると地面を転がる。彼の枠が数センチ頭上を車が通り過ぎた。

 避けられまい、マービンは確信すると地面から腕を使わずに跳ね起きて警官から距離をとる。

 破砕音が鳴り響く。

 安堵を覚えたマービンの表情が強張る。

 粉々になったのは、警官ではなく車の方だった。


 警官の男、鶴屋仁は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「貧乏クジはこっちかよ」

「よそ見かい!優男!」

 無重力の如く飛び上がったマービンの胴体の表面装甲がスライドし、体内に内蔵された多数の加速粒子砲がその銃身を仁に突き付ける。

 銃口から発射された緋色の粒子光線を、仁は可変単分子ブレード『MB9001-カゲロウ』で光の表層を撫でる。仁の周囲に粒子の雨が跳ねて消えた。

 カゲロウの刀身が伸び、空中のマービンを切り裂こうとする。

 その刃先は空中で軌道を変えると、二人の間に飛び込んで来た弾丸を叩き落す。

「世話が焼ける……」

 腕を一本の電磁砲に変形させたアレッシオは、仁に向かって砲弾を連射する。

 仁は弾丸を弾きながら飛び、ビルの壁面に足を付く。

 足の筋肉が膨れ上がり、壁面を抉りながら前進を進める。

 仁は建物の壁面を駆け抜け、アレッシオに横殴りの刃を叩きつけた。

「アレッシオーッ!」

 背後へと擦り抜けられたマービンは焦燥とともに叫んだ。

 アレッシオの電磁砲が仁の一振りによって粉々に切り裂かれる。

「マービン!ブツを持って国境まで走れ!振り返るな!」

 切り裂かれた電磁砲を押しのけるようにして腕から飛び出した剣で、アレッシオは仁と切り結ぶ。

「畜生!死ぬんじゃねぇぞ!」

 剣戟の音が背後で鳴り響く中、マービンは地面を転がっていた金属ケースを拾い上げて駆け出す。

 大きく踏み込み建物の上へと飛び乗ると、マービンは屋上を跳ねるようにして国境を目指した。

 隣国は大きく腐敗し、カロッサシンジケートによって国境警備隊は買収されている。

 国境に展開しているシンジケートの仲間たちと合流さえできれば、個人では手出しができぬ筈だった。

「アレッシオの野郎、カッコつけやがって……」

 悲しみを振り切るようにしてマービンは跳ねる。

 国境沿いのフェンスは目前に迫っていた。

 マービンの表情が和らぐ。


「ビンゴ!」


 突如、マービンを照らしていた太陽を鳥のようなシルエットが遮った。

 天国と地獄の合間に、天使が空から舞い降りる。

「天使が裁きに来たってのかよ……」

 翼を体内に仕舞い込み、白髪の天使と見まごう女、ミーシャ・サマヤがマービンを見据える。

「投降して」

「くそっ!」

 振り返ったマービンは言葉を失う。

 誰の血とも分からぬ血液で警官服を濡らした仁が、カゲロウを抜いて立っていた。

「シンジケートは部下に自爆装置を組み込んでやがるらしい。

 もう一人には死なれちまった。

 こいつの自爆に割り込むぞ」

「それじゃ、タイミングは任せるね」

 自分の意思など存在しないかのような会話に、じりじりとマービンが後退する。

「畜生、ちくしょぉーっ!!」

 マービンは絶叫と共に、仁へ体内から飛び出した銃口を向ける。


 放たれた仁の刀身が縦横無尽に駆け巡り、手足と銃口を切り落とす。

 ミーシャが投げつけたコードがマービンの首筋へと食い込み、その自爆プログラムを電脳ごとショートさせた。


 大地に崩れ落ちるマービンから金属ケースを取り上げると、ミーシャは一息つく。

「戦時中に廃棄された機密地下核融合炉の起爆コードなんて、それこそ次の戦争を起こしかねないでしょ。

 力は大きければいいってもんじゃないでしょうに……」

「どいつもこいつもイカれてやがる。

 今年に入って、俺達何回世界を救ったんだろうな」

「担当した事件の件数見ればわかると思うよ」

 ミーシャと仁は二人してため息をついて、やってきた迎えの飛行船へとマービンの体を引き摺った。


 国連警察に休息日は存在しない。

 中世期に存在した国連内部の警察組織とは比べ物にならない権力を現在の国連警察が認められているのは、国家間の軋轢やしがらみの多さが世界の滅亡に直結しかねない世紀の訪れによるものである、

 人類は自らが生み出した技術を全くコントロールできていない。

 戦争による技術の散逸は深刻であった。

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