第46話 最終決戦4


「まさに、究極秘技の名にふさわしい最高純度のエネルギー……。あんなのを人間の私が喰らっていたら、あとかたもなく蒸発じょうはつしてしまうでしょうね……」


 すぐ近くにあったメカ畳の据えつけ機が、デス畳ごとレーザーでえぐられたことによりバヂヂと電流があらぶっており、あたり一帯に黒い煙が濛々もうもうと立ちこめている。

 “わけ知り顔”はメガネをクイッとあげながらおぼえず慄然りつぜんとした。


「生きのこったのは……」


 そうつぶやきながら研究室を見まわすと、遠くの壁際で“お嬢さま”でたおれているのが見える。

 ピクリとも動かないが、無事だろうか。

 “可憐”は、入口のほうへ走っていったらしき足音がかすかにきこえたので、うまくすれば生きているかもしれない。


(無事でいてくれればいいですが、しかし旧デス畳が入口から出てきていましたし、あまり期待はできないかもしれませんね……)


 “お嬢さま”と話す時間もなかったのでわからないものの、“カタブツ”や“中型免許”といっしょではなく単身だったことから、ふたりとも死んでしまった可能性が推測される。

 “びびり八段”も、自分の目のまえで、つぶされてしまった。


(あなたの最後の雄姿、おのれのうちなる『びびり』に打ち勝った姿、私だけは忘れません……。あなたのおかげで、旧デス畳、そして新デス畳と、一体ずつメカ畳氏が相手をし、葬ることができたのです)


 29名ものメンバーで楽しい合宿をしてやってきたというのに、あまりにも多くの仲間を、友人を失ってしまったという事実に胸をおしつぶされ、“わけ知り顔”は自分の頬がぬれていることに気がついた。

 グイと腕をのばし、よごれた袖で目もとをぬぐう。


「まずは、“お嬢さま”の無事を確認しませんと……」


 そう言いながら、ボロボロのからだをようよう起こし、どうにか背なかを壁にもたれさせることができた。


「メカ畳さん、あなたには感謝しかなく……」


 メカ畳のほうへ顔をむけ、謝辞しゃじを述べようとすると――


『なにか……おかしいデス』


 そう、メカ畳が疑念を告げる。


「おかしい、とは?」


『壁に関しては損壊そんかいすることを計算のうえでレーザーを放ちましたが……あれほど大きな穴が「天井」にあくのは想定外デス』


「……え?」


 メカ畳のげんで視線を向けると、たしかに壁だけでなく、天井近くにまで大きな穴があいている。

 しかし、その穴の周縁しゅうえんはいかな高熱であったかがひと目でわかるほどにはげしく溶けており、多少の想定外があれどあのなかで生き延びることのできる生命体が存在するようには思われない。


「そんな、いかにデス畳といえど、あれほどの熱のかたまりが直撃して、無事でいられるはずは……」


 自分に言い聞かせるように、“わけ知り顔”がふるえる口からことばをこぼしていた、そのときであった。


「タミ、タミ……」


 愉悦ゆえつまじりの笑い声が、煙の中からひびいてきたのである――


 天井から一陣いちじんの風が吹きこみ、煙が舞うことでふわりと新デス畳の顔が、なんの損傷も与えられていないままの顔があらわれた。


「おもしろい……おもしろいぞ。ここまで死を実感したのは、はじめてだ。なるほど、これが、命のやりとり……」


 満足そうにつぶやいて、タミミと笑う。

 “わけ知り顔”は座ることで安定しているはずの腰が、ふっと無重力にとらわれたような、底が抜けてどこまでも全身が落ちていくような、恐怖におそわれながら問うた。


「な、なぜあれほどの、攻撃を受けて……」


「先ほどのキサマの、〈炯眼なる女王の侍衛メカ・マルマルシールド〉だったか。あの技を見て、『なるほど超高速で回転することで、相手の攻撃をはじくことができるのか』と学んだのだ。見よう見まねではあったが、ふふ、案外うまくいくものだな……」


 自身さえ知らなかったおのれの技量の底深さに酔うように、デス畳はこたえた。


『そうしてあなたのはじいたレーザーが、天井に穴をあけた……ということデスね』


「そういうことだ」


『しかし、あなたがたのいぐさを吸収し、また先ほど弟御おとうとごを喰らったことで……ワタシはパワーでまさっています。次は、レーザーなしにバラバラにしてあげましょう』


「パワーでまさる……? タミッ、それはおもしろいことを言う……」


 と、デス畳がこたえるや、ふたたびそとの風が煙を吹いた。

 先ほどまでは黒煙こくえんで見えなかったデス畳の全身があらわになると、そこには――


「い、一部が機械になっています!」


 そう“わけ知り顔”が絶叫したとおり、デス畳の下部のいぐさがげており、その下には機械のからだがあったのだ!


『……どういうことデス』


「ふむ、完全にはじくことはできなかったようだな……。たしかに、大した威力だ。まともに喰らえば、さしものオレもただではすまなかっただろう……。キサマ、われわれのいぐさを吸収した、と言ったな。なぜ、自分だけがそうだと思う?」


『……!? まさか、6代目メカ畳が行方不明になっていたのは、あなたに……』


「そう、アイツは、オレが喰らった。いや、喰らったといっては、正確ではないかもしれん……。『うちに取り込んだ』というべきか。そうして、オレのパワーはますます盤石ばんじゃくのものになったのだ……。オレが認めたのは、アイツだけ。多少の性能差があろうと、まがいものでしかないキサマは……やはり、殺す」


 まったく現実ばなれした事態の連続に、“わけ知り顔”の理解は追いつかず、ぶざまに口を開閉させることしかできなかった。

 メカ畳は、デス畳から放たれるまがまがしい殺意に反応するように、


『秘技、〈優婉なる女王の笞撻メカ・フチムチウィップ〉』


 と、両脇のへりをしなやかな、けれど悍鋭かんえいなるムチと変えて先手を打つ!

 先ほどは一本ずつ新旧デス畳に分散させていたが、今度は二本のムチが予想しえぬ角度からせまり来る。

 それは単純に二倍では済まず、まるで四方を包囲する兵士の大群に切っ先するどい剣筋けんすじを雨あられと浴びせられるような圧力をともなっていたのだが――


「それは、見たぞ」


 と新デス畳はつぶやくや、床をひと蹴り。高くジャンプしたかと思うと天面てんめんで天井を頭突ずつきし、その反動によって残像がのこるほどのスピードで垂直落下する。

 撃墜げきついしようとメカ畳はムチの軌道きどうを変化させるが、ひとつは追い切れず、ひとつはたやすくはじかれ――メカ畳は巨大な弾丸と化したデス畳の直撃を喰らった。


「メカ畳さん!」


 “わけ知り顔”が悲鳴をあげると、メカ畳の中心はべっこりとヘコんでいる。

 しかしメカ畳はひるまず、からだを起こすと同時に手裏剣オプションのひとつを高速回転させ、デス畳を殴りつける。

 デス畳はたやすくはじき飛ばされるが、その勢いを利用してくるりと回り、メカ畳を蹴りつけた!


 さらに四隅を器用に使って、メカ畳に猛攻もうこうをしかける。

 カドで中央部を殴り、メカ畳がくの字となったところ、挟み殺そうとデス畳が大きく口をひらいておそいかかった。

 メカ畳はたまらずジャンプして空中へのがれるが、デス畳もまたそれを追い抜くスピードで飛翔ひしょうし、縦に一回転してメカ畳を頭から叩き落とす。

 二畳を広げてどうにか着地するメカ畳の背後へ、デス畳が音もなく降り立った。


殲滅せんめつする……だったか? どうだ、できそうか」


 ニヤリと笑って、傲然ごうぜんとメカ畳を見おろしている。


「そ、そんな、こんなことが……」


 “わけ知り顔”は、あれほどに心強さを感じたメカ畳の武力が、立場を入れ替えたように圧倒されはじめた事実に心底しんていからふるえた。

 メカ畳はこたえずふっとちからを抜くと、地面とスレスレの高さで回転しはじめた。

 ブレイクダンスのパワームーブのごとき荒々しさからはじまり、やがて精緻せいち、かつ鋭利えいりなすべてを切断する速度にまでいやましに加速していったかと思うと、ギュイインという甲高かんだかい音とともにデス畳を一刀両断しようとする。


 デス畳はトン、と羽のごときかろやさで跳ぶと、メカ畳の中心を全体重でメギリと踏みつけた。

 が、それで罠であったように、メカ畳は二畳を展開し、複雑にまわりながらデス畳のからだをからる。

 押したおしたかと思ったら、寝技のスペシャリストのごときたいさばきでマウントポジションを、手裏剣オプションでもってガンガンと何度もはげしくぶったたいた!


 二畳が畳まれた状態で乗られているデス畳は、数発はもがきつつ喰らっていたが、ふいにぶわっと風船のごとくふくらんでメカ畳をはじき飛ばす。

 メカ畳が着地とともに体勢をととのえようとすると、そうはさせじとドロップキックのごとく底面ていめんでメカ畳を蹴り飛ばす。

 そのまま背なかから壁にあたったメカ畳を、半回転したデス畳がロケット頭突きで追撃ついげきした。

 その衝撃で、メカ畳の背後の壁は砲弾ほうだんでも撃ちこまれたかのように大きく割れ……


「ま、まずいですよ」


 “わけ知り顔”が、下くちびるを指でつまみながらうろたえる。


「一見、怪獣大戦争もかくやという戦いに見えますが、より威力の高い一撃は、つねにデス畳のほうが入れています。このままでは……」


 そこまで言ったところで、メカ畳が手裏剣オプションを大きく振りかぶり、なぎはらうようにデス畳を横から撃ち抜く。

 が――デス畳は脱力して床へすべりながらかわすと、まるで綿わたぼこりがふわりと舞って吸いつくようにメカ畳にふれた。

 その直後、突如として豹変ひょうへんし、万力まんりきのごとき圧力でメカ畳をギリギリと締めつける。


「ウウウワァァァァァ!! め、メカ畳氏がついにとらえられてしまいました……」


 “びびり八段”がのりうつったかのような悲鳴をあげ、“わけ知り顔”がいよいよ頭をかかえる。

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