第45話 最終決戦3


 しかし、“びびり八段”が新デス畳に喰われてしまったその一方で――


 バリッ、ボリッ


 というなにかが砕けるヽヽヽヽヽヽヽおぞましい音が、どこかからひびいていた。

 “わけ知り顔”がちらりと目をやると……


「タミッ、タミ、タミィィ」


 というかぼそい鳴き声とともに、旧デス畳がメカ畳に喰われていくではないか!

 まっぷたつに折れ、何度も、何度も、メカ畳の硬質な鋼によってプレスされてゆく――


 その咀嚼そしゃくはまるで、いままでこのモンスターが喰らってきた人間たちの苦痛を再現するかのように、執拗しつようなまでにメカ畳の狭間はざまでくりかえされた。


「タミィィ……」


『助けて……デスか? あなたは、これまで殺してきた人間たちにそう言われたとき、どうしましたか。なにも聞かなかったのではありませんか……』


「タ、タミ!」


『そうデスか? あるいは、助けてとさけぶ時間さえなく殺された人もいるのでしょうね。ここの娘御むすめごのように……。その無念は、そのときのマスターの燃えるようないかりは、ワタシのなかに強くインプットされているのデス……』


 旧デス畳のことばが理解できるらしいメカ畳は、冥府めいふへの手みやげとして、せめて末期まつごにおのれの罪業ざいごうを悟らせようとするかのように、語りかけていた。


『そろそろ、あなたの命も尽きます……。なに、心配はいりません。あなたのからだはワタシのエネルギーとなり、循環していくのデス。まるで自然のサイクルのように……。デス畳、その罪深き兄弟の弟よ。あなたが殺してきた人たちへの懺悔ざんげを胸に……』


 語りながら、味わうように目を閉じて噛み砕いていたメカ畳であったが、静かに目をひらくと、


『畳に包まれ、お眠りなさい』


 とつぶやき、ふっと二枚の畳をひらいたあと、手を合わせて祈るように、すりつぶした。


「タミィィ……」


 そして、旧デス畳の断末魔だんまつまが、やがて蒸発するように室内の空間へと消えてゆく。


「こ、こ、これがメカ畳……。“びびり八段”氏が新デス畳の介入を防いでくれたことで、これほど一方的に旧デス畳を葬ってしまうとは、なんという技術力! これなら、勝てる……!」


 “わけ知り顔”は床にたおれたまま、力の入らぬ手でもはやレンズがなくなってしまったメガネをかけると、驚嘆きょうたんとともにクイッとメガネをあげた。


 同時に、ドズン、という地を揺らす衝撃とともに、新デス畳が上空から降り立つ。


「弟が、やられたか……」


 低い声で、ことばに見合うほどには感傷かんしょうをこめず、つぶやく。

 彼がなにを感じているのかは、はたからは読みとれぬ。


『先ほどもお伝えしましたが……デス畳』


 そんなデス畳に向けて、キュインキュインという謎の電子音を発しながら、メカ畳が告げる。


『ワタシはあなたを、あなたたちを殲滅せんめつしますデス』


「ふん……おもしろい」


 デス畳は、存外ぞんがいに怒ったようすもなく、わらった。


「弟は……不出来なヤツであった。チカラも弱く、一種類しかおぼえられなかった奥義を使えばしばらくはヘトヘトになってなにもできない。欲望にもあらがえぬ……。が、まあ、ただひとりの弟であることは、変わりがない。キサマら全員を殺してとむらいとし、オレは、この地が朽ちるまで、ひとり眠ろう……」


 人間が肩を鳴らすように、デス畳は直立したまま左右へからだをゆらした。

 ことここに及んでも、殺戮さつりくの意思を曲げないデス畳に、“わけ知り顔”は弱々しく床をたたいた。


「せめて、あなただけなら、和解することができないのですか……! もう弟さんはくなりました。われわれもたいせつな仲間を、友人を、たくさん失いました。いわば痛み分けです。おだやかに眠ることがあなたの望みなら、われわれがここから去り、おたがいに二度と干渉しないと約束することで……」


 それを聞いたデス畳は、ちらと“わけ知り顔”のほうを見て、心底しんそこふしぎそうにからだをかしげた。


「弟と、キサマたち人間の命は、同じ価値なのか?」


 あおっているわけでもなく、幼児が世界のしくみを問うときの純真さで、デス畳はそう言った。


 “わけ知り顔”は、どんな因果いんがであれ自我が芽生えた以上、人間と等しい「命の尊さ」をデス畳にも認めたつもりでいた。

 しかし――その根柢こんていには「人間が最上位」という前提があり、「それと同等と認めてあげよう」という、いわば思いあがりヽヽヽヽヽにすぎぬものがあったのではないかと、デス畳に突きつけられた心地がし、思わず絶句した。


 打撲による全身の痛みもあり、反論をしようにも“わけ知り顔”の考えはまとまらず、ええいと頭を切り替えてさけんだ。


「メカ畳が目ざめた以上、あなたの勝ち目はありません……! 弟さんがあっさりやぶれたのを、見たでしょう。ムダに命を散らす必要はないと、言っているのです……!」


 デス畳は、はじめて、しごく楽しそうに笑った。


オレに勝ち目はないと……? タミ、タミ、やってみなければ……わからん」


 そうしてメカ畳へと向き直るが、すでに、メカ畳の姿はそこから消えていた――


「どこへ!?」


 愕然とした“わけ知り顔”が四方へ目をやると、見よ。

 高く宙へ舞ったメカ畳が、何回転かしたのち、すさまじい速度でデス畳へと落下していくではないか!


 まるで変身ヒーローがジャンプキックを放つがごとく、その底面ていめんでデス畳へと激突する。

 吹き飛ぶデス畳へ、それだけでは終わらず、


〈手裏剣オプション、展開します〉


 という機械音声が告げるや、メカ畳のおもてが一部突出し、巨大な手裏剣ようのふたつの物体がふよふよとメカ畳の前へと浮かび出た。

 それはまるでメカ畳の両拳りょうけんと化したようで、密着して右へ左へとデス畳を一撃ごとにはじき飛ばすほどの乱打を見せ、回転して表面を削り、また投げつけて刺し、すぐに戻ってきてとデス畳が手も足も出ない(ないが)ほど圧倒してみせた。


「ま、まるで暴風雨……メカ畳氏がここまでの強さを秘めていたとは……」


 “わけ知り顔”はなかば呆然ぼうぜんとし、これで助かるという安堵あんど、おのれの無能で説得がかなわなかったという無念、圧倒的なパワーを目にすることへの昂揚こうよう、さまざまな気持ちがないまぜになった、複雑な心情で二者の死闘をながめていた。

 しかし、いま半身を起こすのもやっとの無力な自分にはできないことを、メカ畳が負ってくれていることはまちがいない。

 ならば、せめていまの自分にできることは――


「行けっ、そこです! メカ畳さん、勝ってください……!」


 その声がとどいたと同時に、メカ畳はトリプルアクセルもかくやという流麗りゅうれいな回転を見せ、回し蹴りのごとくデス畳を蹴り飛ばした!

 部屋のすみへと追いつめられ、背面を壁に強打きょうだしたデス畳。

 依然いぜんとして、メカ畳の体内からはキュインキュインという謎の電子音が鳴っている――


『あなたを追いつめた6代目メカ畳の技術、そしてあなたたちのエネルギーをかねそなえたワタシによって……ついに、悲願がはたされるのデス。滅しなさい……デス畳』


 メカ畳がそう告げるやいなや、清冽せいれつさのただよっていたキリリとしたメカ畳の大きなひとみが真円しんえんへと変化していく。


〈チャージ完了〉


 という機械音声がひびいた。

 その瞬間、直視すれば網膜もうまくが焼けるほどの光熱こうねつがカッとあふれいでて――


『究極秘技、〈断滅する女王の剣閃メカ・デスシネビーム〉』


 厚く太くかがやくレーザービームとして、メカ畳から射出しゃしゅつされたのである!

 それは、そこに鉄があれば水のように溶かし、そこに山があれば円状に消し飛ばすほどの、膨大ぼうだいなエネルギーのかたまりであった。


 デス畳に避ける時間などあったはずもなく、一直線に走る光芒こうぼうへとのみこまれていった。

 さらに光はデス畳に衝突したのちはじけるように一部飛散し、近くにあった機械を破壊し、壁をえぐり、天井に大きな穴をあけることで、メカ畳の〈兵器〉たるゆえんに一片の疑いもさしはさませぬ威力を示してみせた。


 複雑な地下の構造であったが、実は研究室はリビングの下にあったらしい。リビングの一部が破壊され、屋上までも突き抜け、そとの景色が見える。

 死闘しとうの終わりを告げるように、天井の穴から月明かりがやさしく降りそそいだ――

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