第44話 最終決戦2


「タミィ?」


 研究室へと踏み入った旧デス畳は、少し先の壁のほうでたおれている“お嬢さま”に気がつくと、ニヤリと笑った。

 “お嬢さま”は背なかを見せ、指ひとつ動かない状態で横たわっている。

 呼吸こそかろうじて絶えてはいないものの、無傷の箇所がないほどに全身が傷つき、ふたつのみごとな縦ロールもいまや乱れ、よごれてしまっていた。


 デス畳はノシノシと無遠慮ぶえんりょに近づき、


「タミィィィ」


 と喜色満面といったようすで、おのれのいぐさを近づけていき、ピタリと“お嬢さま”の足の裏に押しあてた。


「……タミ?」


 瞬間、とまどったようにからだをかしげたのち、巨大な目尻をさげて獰悪どうあくな笑みを浮かべるデス畳――


「タミ! タミタミ!」


 そのまま“お嬢さま”をすくって、むりやりおのれの上へのせようとする。


『――させません』


 そう言い放つと、垂直にたたずむメカ畳からガシャンと、なにかがはずれるような音を発した。

 メカ畳のへりとして左右にそなえられていた、太いおびのごとき部位の装着が解除されたのであった。

 そして、それはまるで二本の巨大なムチのようにしなっていき――


『秘技、〈優婉なる女王の笞撻メカ・フチムチウィップ〉』


 とかけ声一閃いっせん、すさまじい速度でデス畳へとのびていく!

 一本は新デス畳へ、一本は旧デス畳へ、息をもないほどの乱打が二体をおそう。

 しょせんは畳のフチ――畳縁たたみべりであり、はたからはそれほど重いものとは見てとれないが、しかし見よ。

 とくに旧デス畳は、一撃ごとに“中型免許”がバイクで衝突したときのようなヘコみができていくではないか。

 新デス畳でさえも、そのあまりの手数の多さに身を固めていることしかできない。


「タ、タミ……!」


 ダメージが蓄積していくことを忌避きひするかのように、旧デス畳がひと声吠えた!


「オ、オーギ、〈雷?いいえあれは畳デス・ワイルドスピード〉!」


 その瞬間、旧デス畳の姿が消えた……


 常人にはとらえられぬ超スピードで動き、ムチの包囲網ほういもうからのがれる。

 その勢いそのままに、メカ畳をも破壊できようという威力を全身にのせ、猪突ちょとつ猛進もうしんしていく。

 とらえた――

 そう確信したのか、旧デス畳がニヤリと笑ったそのとき、


『秘技、〈炯眼なる女王の侍衛メカ・マルマルシールド〉』


 そのつぶやきとともに球体が出現したかと錯覚さっかくするほどのスピードをもって、メカ畳がその場で超回転しはじめたのである!

 すべてをはじく巨大なる球体――

 そこへ、旧デス畳が突入していく。


 ――メカ畳と旧デス畳とが、正面からぶちあたった。 


 瞬間、近くに横たわっていた“わけ知り顔”と“びびり八段”が吹き飛ばされるほどのエネルギーが爆発した。


「ウウウワァァァァァ!!」


 その衝撃で目をさました“びびり八段”が、間髪かんぱつれずの「起床絶叫」を決める。

 “びびり八段”が目をこすって状況を把握せんとすると、まず見えてきたのは、直立する旧デス畳の背なかであった……


「そ、そんなぁ……」


 壁にすがってようよう立ちあがり、ガクガクとひざをふるわせながら、悲嘆ひたんをもらす。

 しかし、“びびり八段”からはデス畳の立ち姿と重なっていて見えなかったが、メカ畳もまた、回転がおさまってかたむいていた体勢を立て直したところであった。

 あの中型バイクをこなごなに破壊しつくした奥義を正面から受けとめながら――まったくの無傷である。


「タ、タミィ~」


 なさけない声をあげ、目をまわした旧デス畳がふらりとたおれる。

 のがさぬとばかりに、メカ畳が旧デス畳の下からすくいあげるように挟みこもうと迫る――


「……させぬ」


 そう鋭くつぶやいたのは、新デス畳であった。

 弟への攻撃を阻止そしすべく、バサバサと高速で飛行をはじめようとする。


「ウウウワァァァァァ!!」


 そんな絶叫がとどろいたのは、直後のことであった。

 “びびり八段”が、さけぶとともに高く跳びあがり、あたかもワニの口を閉めるかのごとく新デス畳に全身で組みついたのである!


「このおれ、び、“びびり八段”の絶叫はなぁ、こわいとき、だけじゃねェんだ! これは、そう、雄叫おたけびなんだァァ!」


 “びびり八段”の手足、胴体にて口を閉じられ、新デス畳はうまく飛ぶことができない。


「キサマ……!」

「ウウウワァァァァァ!!」


 一世一代の勇気をふりしぼっての行動であったが、実際には、“びびり八段”の全身は恐怖でかつてないほどにふるえていた。

 しかしその心身のふるえが、はからずもハードプレイを極めつくした歴戦のSMカップルが用いる極太ごくぶとヴァイブのごとき強大な振動を発生せしめたのである――


 ヴヴヴヴヴ!


 新デス畳からすれば、“びびり八段”の力のごときは赤子あかごに抱きつかれた程度のものであったろう。

 だがしかし、その振動によって畳が異常にゆすぶられるためにうまく振りはらうことができない。

 大型地震の際、地上に立つ人がその場から容易よういに動けはせぬのと同じことである。


「や、め、ろ……!」


 新デス畳はどうにかもがくが、振るほどに、“びびり八段”の傷ついた頭部から鮮血せんけつが散り、また破れたズボンからのぞいた美尻が縦に横にとはげしく残像をのこす――

 いつのまにか意識をとりもどしていた“わけ知り顔”だったが、全身を激しく打ち、起きあがることもできないまま手をのばす。


「い、いけません……! このままでは、あなたが……!」


 そうさけんだ瞬間、新デス畳が強く地を蹴った。

 そうして、中空ちゅうくうに舞いつつ姿勢をコントロールし、研究室の高い天井へと“びびり八段”を激突させる。


「ぐえっ」


 背なかには天井、腹にはデス畳と、痛烈つうれつな打撃を喰らった“びびり八段”は大量に吐血とけつする。

 何本もの肋骨ろっこつが折れ、その先端が内臓へと突き刺さり、つぶれ、回復不能なほどに損傷する……

 振動はとまり、グパリと口をあけてすぐ下で待ち受ける新デス畳のもとへと、ゆるやかに落下していき――


「ウウウワァァァァァ!!」


 というひときわ高い絶叫とともに、


 バグンッ


 と、“びびり八段”は喰い破られた――


「“びびり八段”氏ぃぃ!! ウ、ウ、ウウウワァァァァァ!!」


 あふれた血しぶきを浴びながら、“わけ知り顔”が彼の悲鳴がうつったもののように、高くせつなく慟哭どうこくする。

 そのかたわらの床には、愁雨しゅううのごとく降りそそいだ血によって、極太ヴァイブのごときものが雄々おおしくえがかれたのであった……

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