第42話 “わけ知り顔”、ほがらかに笑う
新デス畳が語り終えたとき、“わけ知り顔”は混乱極まるといったしぐさで、手をふるわせながら無いメガネをクイッとあげていた。
「まさか、そんなことが……。では、最初に女性の、“ふくよかな尻”さんをなかなか殺さなかったのは……」
「娘に、近い感触の人間がいたな。弟は……ずいぶん興奮していた。といって、あのときのようにすぐに喰い殺してしまわぬだけの自制はできたらしい。ずいぶん、成長したことだ……」
新デス畳は、感慨深げに遠くを見やった。
「それはよろこばしいことだが、同時に
「それで、弟さんが拘束されているあいだにそとへ飛んでいき、彼女を殺したというわけですね……」
「そうだ。しかし、『見に行ったら死んでいた』という
ため息をつくと、デス畳はあらためて“わけ知り顔”のほうへと向き直った。
「少し……しゃべりすぎた。なるほど、幼かった娘が、和室へ来てベラベラしゃべっていたような記憶がうっすらとあるが、こういう気分だったのかもしれぬな……。まあ、いい。……殺す」
グパッと、よだれさえ
ところが、“わけ知り顔”は抵抗するけはいも、逃げるけはいも見せず、ふふ、とほがらかに笑ってゴロンとあおむけに寝転がった。
「やはり、知性のあるものと話すのは、おもしろいものですね」
「……?」
「人間の世界ではね、『会話』というものは、なんといったらいいでしょう。聞く側にとっては、要するに『あなたのことを知りたい』という気もち――関心のあらわれなんですね。私は以前、中学生くらいのころは、人と話すのが苦手でした。でもある日、まあ、人間にはよくあることなんですが、片思いをしましてね。ふふ……お恥ずかしい。そのときに、『目のまえのこの人のことを、知りたい』と思ったら、スムーズに質問が出てきて話がつづくようになったんです。まあその人には思いを告げることさえできずに、別々の高校へ行くことになってしまったんですが、でも私はそれから、『目のまえのこの人は、どんな人なんだろう』と興味をもって聞いてみることで、まえよりもずっと楽に、たのしく、人と会話ができるようになったんですよ。人間は、本当に、多様です。むりやりに区別なんてするまでもなく、ネットの海に浮かぶ一面だけが
「なんの、話をしている……」
「そうそう、いまのは聞く側の話でした。一方で、話す側にとっても、『会話』というのは
「…………」
「私はね、それが『知性』というものでもあるんだろうなと、思っているんです。あなたにもそれが備わっていると……へたな人間よりも、話して、聞いて、考える。そうした知的な営みができるように、感じたんです。先ほどの、恐怖にかられ、逃げまどっていた私たちよりも、いまこうして目と鼻の先で、無防備に、無抵抗にペラペラとしゃべっている私のほうが、なぜだか殺しにくいのではありませんか? それがどうしてなのか……あなたがもっているその知性にしたがって、考えてみたくはありませんか?」
新デス畳は沈黙とともに考えているようでもあったが、からだを振り、うめいた。
「うるさい……キサマはうるさいな。散々、殺してきた。これからも、ジャマをされるのであれば、殺す。……それだけのことだ」
「そうですか……それは、残念ですっ!」
そう、突如として“わけ知り顔”は力強くさけんだ。
同時に、なにかを投げ飛ばし、デス畳のすぐうしろでパリンと音がした。
デス畳が、そちらをふりむく。
それは、壁にあたって割れた、彼のメガネのレンズの破片であった。
「こんなもの、あたったとしてもなんともない……」
そうあきれたように言い、デス畳が向き直ると、“わけ知り顔”の姿は
逃げるつもりかと出口へ目を向けるデス畳であったが、さにあらず、“わけ知り顔”はまず壁へと走って一部が割れたメガネを手にとり、かけた。
ちらとデス畳のほうを流し見ながら、クイッと、そのメガネをあげてみせる――
さらには、メカ畳のほうへと走りつづけている。
動けもせぬ鉄のかたまりになにができる、と嘲笑しかけたところで、デス畳はふと――
「……われらのいぐさを入れていた、袋は……?」
と疑問をもらした。
奥義を用いて人間どもを吹き飛ばしたとき、近くにあったはずの袋がなくなっている……
走る“わけ知り顔”のほうへのぞきこむと、その先で、ミニ畳がせっせと袋のいぐさをメカ畳へと
「キサマ……!」
デス畳の怒りの
「行っけぇぇぇ!!」
袋を押し出すと、大量のいぐさがメカ畳へと吸収されていく――
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