第29話 駆け込み“びびり八段”、立ちはだかるデス畳


「この悲鳴、“びびり八段”か!?」


 そういぶかしみながらさけんだのは“カタブツ”だったが、案にたがわず室内へ飛びこんできたのは“びびり八段”と、そして“中型免許”のふたりであった。


「“カタブツ”! みんな、無事だったか、よかった……。地下に来たはいいものの、迷路みたいになってるんでさがしたぜ……」


「“中型免許”、“びびり八段”、キミたちも無事だったんだな! 上で、なにかがあったのか」


 閉めた扉に背をあずけて安堵し、ズズズとからだを落としていった“びびり八段”であったが、“カタブツ”のことばを聞いてあわてて体勢を立てなおす。


「そそそそうなんだよ“カタブツ”。デス畳、デス畳が……!」


 最後まで言い終わらぬうちに、建物ごと爆撃されたようなすさまじい衝撃・音とともに、物置き部屋の入口が扉ごと破壊された。

 もちろん、そこから砂煙をともなって姿をあらわしたのは――あのデス畳である。


「タァミィィィ……」

「あの左目、旧デス畳か……!」


 “カタブツ”が、かまえながらうめく。

 しかし、足が、思うように動かない。股の、ひざの筋肉が張って、いやにかたくなっている。


(――やめておけ)


 そう、自分に語りかけるがごとき緊張であった。

 心臓の鼓動が、胸のうちであばれる。

 旧デス畳は“ゴリラ”の剛力ごうりきがあってこそ、拘束に成功した。そして新デス畳には、あの“ゴリラ”と力を合わせても、勝てなかった。その残酷な事実が、“ゴリラ”の肉のはじけるあの光景が、おのれをどうにかはげますべく目をつむった“カタブツ”のまぶたの裏に焼きついておのが無力をささやく。


「“可憐”さま、“わけ知り顔”さま、扉の先へ……!」


 となりからあがった声に、目をあける。

 ――“お嬢さま”である。

 “カタブツ”のとなりで、ゆらゆらと両腕をあげてかまえ、デス畳と対峙している。


 勇ましい背なかである。

 岩盤のごとき重厚じゅうこう、かつ堅牢けんろうな気合を発し、怪物のごときには一歩の前進もゆるさずと、言葉なしに語って背後に少しでも安心をあたえようとしている。


 しかし、となりにいる“カタブツ”は見た。

 その腕のふるえを。

 ひとみにくすぶる恐怖を。

 “カタブツ”同様、“お嬢さま”もまた先ほどの敗戦が、そうして負ったケガの痛みが、脳裏のうりを焦がしてやまないのだろう。


「“カタブツ”くん、これ、あかないよ!」


 同時に、本棚から出てきた鉄扉てっぴに組みつきながら、“可憐”が悲鳴をあげる。

 “わけ知り顔”も「フンギギギ」と顔に血管を浮かべて扉を押したり引いたりいろいろな角度を試す。

 ミニ畳は、「そうじゃない」と言いたげに“わけ知り顔”の足をはたきつつ、いっしょになってふんふんと扉を押している。


 “カタブツ”はそちらを一瞥いちべつしたあと、となりへ声をかけた。


「“お嬢さま”……あちらを手伝ってくれないか」


 “お嬢さま”はおどろいた顔で“カタブツ”を見る。


「あの扉があかず、デス畳にこの狭い隠し部屋まで来られたら、もはやぼくらは袋のネズミ……瞬時に喰らい殺されてしまうだろう。あの扉がひらくかどうかが、ぼくたちが生きのこれるかどうかを分けるんだ。時間稼ぎぐらいなら……ぼくでもできるだろう」


 “カタブツ”は、静かに語りかけながら、“お嬢さま”を見た。

 しばらく……たがいになにも言わない。

 ふたりの視線がまじわり、自身のふるえる手首をおさえた“お嬢さま”が、やがて問いかけた。


「わたくしに、無用な気をつかっているわけではありませんわね」

「無論だ」


「責任感から、死に急ごうとしているわけではございませんわね」

「ああ」


「……生きて、くださいましね」


 そうつぶやき、“お嬢さま”はきびすを返して“可憐”たちのもとへとむかった。デス畳の登場でふっとび、尻をつきあげてぴくぴくしていた“びびり八段”をひょいと拾う。

 “カタブツ”が「……ああ」とのどの奥で音をもらし、それを見送っていると、となりへやってきた“中型免許”がバンと強く背なかをたたいた。


「なんだなんだ、こんなときに。あの空気、もしかしてとうとう伝えたのか」

「あ、いや、その……まさしく『こんなとき』だ。すまない。そのぅ……」

「いいじゃねぇか! いま伝えなきゃ、伝えられない、ままかもしれねぇからなぁ……」


 口ごもる“カタブツ”に、ニヤリと笑んだ“中型免許”が並び立つ。

 デス畳は、追いつめた余裕があるのか、「タミィィィ」とせせら笑うような息を吐く。「ひとりも逃がしはせぬ」と悪意をみなぎらせるように、自分が破壊した入口に立ちふさがり、容易よういには攻めてこない。


「“中型免許”、キミの腕力も必要だろう。くわしいことはあとで話すが、あの扉の先に兵器がありそうだ。こじあけるのをキミにも手伝ってほしい」


 そう言われた“中型免許”は、ボクシングのファイティングポーズのようにあげた手をとかぬまま、横目でじっと“カタブツ”を見つめる。


「……なんでだ」

「え?」


「あの狭い扉のまえに、あんまり殺到さっとうしてもしかたないだろ。“お嬢さま”も行ってくれた。このうえおれまで行くより、できるかぎりおれとおまえでデス畳を足どめしておくのが『冷静な判断』ってヤツなんじゃないか? まあおれと“お嬢さま”とで扉にあたるのが、腕力的には一番かもしれないが、“可憐”たちにデス畳を撹乱かくらんしろというのも適材適所とはいいがたい」

「それは……」


 ことばにつまる“カタブツ”に、“中型免許”は今度はトンと肩をこぶしでたたく。


「なあ、おれたちそれなりのつきあいだろ。おまえの考えてることぐらいわかるつもりだぜ。“ゴリラ”たちを死なせちまったから、それが自分の判断ミスに思えてしかたないから、自分が少しでも矢面やおもてに立って責任をとろうとしてんだろ。積極的に死のうとしてるわけじゃないのかもしれないが、『死ぬならまず自分から』とでも思ってんだろ。“お嬢さま”も、おまえのそういう雰囲気を察してるんじゃないのか」

「…………」


「なあ、失敗ぐらい、だれでもするよ。どうせあのときおれとおまえが逆だったって、同じ判断をするよ。結果を見たあとならなんだって言えるんだ。『その時々で、最善の判断をする』なんて、ことばにするほどかんたんじゃないはずだぜ。なあ……失敗ぐらい、だれでもするだろ。それをどうにかしたいんならさ、それは『これから』で、とりかえすしかないんだ。失敗自体をなかったことにはできねぇ。“お嬢さま”のためにもさ、自分も含めたみんなで生きのびようと、あがいてみせろよ」


 聞いている“カタブツ”の、息がつまる。

 “中型免許”は、長い追いかけっこ後でひと息ついているのか、なかなか動かないデス畳を確認したあと近くにあった木のイスをひょいともちあげる。


「そうだ……報告しておく。デス畳が罠をはってきてな……“AVソムリエ”たち、多くが死んだ。おれも、なにもできなかったよ……。あと残ってるのは“ゲス野郎”と“太鼓持ち”のはずだが、デス畳に追われて地下を逃げてるうちに、はぐれちまった。もしあいつらと行き合ったら、たのむ」


 奥で扉をあけようとする動きが増し、ガンガンと音を立ててたいあたりしはじめた。

 その音で、ようやく奥にも扉があるらしいと気がついたデス畳は、いまさらあせったように――


「タミィィィ!」


 咆哮ほうこう一閃いっせん眼前がんぜんのふたりへとおそいかかる。

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