第30話 水を得た魚、バイクを得た“中型免許”


「おらぁぁぁ!」


 デス畳の突進を避けながら、“中型免許”が手にもったイスを思いきり叩きつける。

 イスは衝突したはしから崩壊していき、むろんデス畳にダメージらしきものが通ったようには見えなかったが、体勢をくずしてややひるんだ。


 が、人がにおいをぐのに似たしぐさをしたあと、ちらと奥の鉄扉てっぴを見やって、ニィィとデス畳が邪悪にほほえむ――


「タミィィ」


 奥にいるのは、“お嬢さま”、“可憐”、“わけ知り顔”、“びびり八段”の4人。

 女性陣がいることを、察知さっちでもしたのであろうか。

 自分をひるませた“中型免許”には目もくれず、デス畳はそちらへ向かおうとする――


「あばよ、デス畳! みんな、こっちから逃げられるぞ!」


 そのとき、らしくない口調で大声をあげたのは、“カタブツ”であった。

 見れば、入口の穴に立っていまにもそとへ逃げ出そうとしている。


 これにあわてたのはデス畳である。

 せっかくここまで追いつめたのに、わらわらと逃げられてはまた面倒な追っかけあいに終始しゅうしすることになってしまう――

 そう言いたげにブレーキをかけ、あわてて入口をふさごうと“カタブツ”のほうへ向かった。


「タミ! タミ! タミミミ」


 よけいなことをするな、と言わんばかりのデス畳の抗議と猛追もうついを、闘牛士とうぎゅうしのごとくひらりとかわしてみせる“カタブツ”。

 “中型免許”が口笛をふく。


「うまいもんだな」


「最初の和室はせまかったが、ここぐらいスペースがあってかわすのに専念すればどうにか時間はかせげそうだな……。それに、ヤツの意識を入口にむけさせれば、そううかつには攻めてこれまい……やっ、“中型免許”。どうした?」


「これは……! あるじゃねぇか、おれにうってつけのモンがよ!」


 そう言いながら、“中型免許”が部屋のすみへとけていった。

 そこでトーテムポールなどにまぎれて置かれていたのは――1台の大きなバイクである。


「しかし、そのバイクは大型っぽいぞ! キミ、大型免許はないんじゃないのか!?」


「こんな屋敷のなかでまたカタいことを……。こいつは、もうとっくに生産中止になってる古いバイクなんだが、でかく見えるわりに400ccなんだ。中型バイクってくくりで語られることもある。そして、おれは、あらゆる中型免許をもつ男……当然、中型二輪免許も取得ずみだぁ! このバイクもいたって合法的に運転可能ってわけよ!」


 “中型免許”は興奮したおももちでそう絶叫したのち、高くジャンプしてその中型バイクにまたがった。

 つけっぱなしになっていたカギをまわしつつ、キックペダルを出すと、何度かシャコシャコと蹴って押しこんでゆく。


「……といっても、室内にあるバイクだし、さすがにガソリンも残ってないか……。とはいえ、なんだか、妙な手ごたえがあるような……?」


 ぶつぶつとつぶやきながら、さらに何度かキックペダルを踏みこむ。

 やがてセイッと気合きあいを入れて踏んだとき、ブルルォォンと、まるで千年の眠りから目ざめたドラゴンの咆哮ほうこうを思わせる音が部屋をふるわせ、中型バイクのエンジンが始動したのである!


「なんだこりゃ。やたら人工的などでかエンジン音がするし、マフラーから排気が出てない……。電子制御なのか? ええい、詳しいことはわからんが、こいつをらえぇぇぇい!!」


 “中型免許”がさけぶや、馬が気高けだかくいなないて疾走しっそうしはじめるように、中型バイクは前輪を高く天へと突きあげ爆走しはじめた。

 俗にいうウィリーの状態で、轟音ごうおんとともにデス畳へと衝突する。


 このバイクは、300キログラムはあろうかという重さを誇り、その質量がいきおい猛々たけだけしくぶちあたったものだから、さしものデス畳もたまったものではない。


「タミィ~!」


 というなさけない悲鳴をあげるや、ふっ飛んで部屋の壁へと激突し、たおれた。


とおったッ!」


 はじめて効果的な痛打つうだをくわえ得たことに、昂然こうぜんと“中型免許”がえる。


 ほかの部屋よりはかなり広いものの、バイクとするとせまい室内で器用にタイヤをすべらせてターンし、スタントマンもかくやという高度な操縦により再度デス畳へと接近する“中型免許”。


 バイクの尻を向け、今度は空をかんばかりに後輪をもちあげ、ハンドルを全開までまわすと、円形の電動ノコギリのごとくタイヤを高速回転させる。


「タ、タミィ!?」


 やめろと言いたげに抗議こうぎらしき声をあげたデス畳であったが、むろん聞き入れられるはずもなく、断罪が粛然しゅくぜん執行しっこうされゆくように後輪が振りおろされる――


「ダミミミミミミミ」


 どのような技巧ぎこうをもってすればなしうるのか、デス畳が身動きもとれずにゴリゴリと削られていった。

 その一方で――


「タイミングをあわせて、押してくださいましっ!」


 鉄扉てっぴのほうから切実せつじつなかけ声がひびく。

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