第28話 カギを得た“わけ知り顔”、目前の兵器、あの悲鳴


「は、はわ、はわわわわわわ」


 無事にカギとなる百科事典を見つけ、隠し部屋へともどってきていた“わけ知り顔”と“可憐”であったが、どうも愛の告白がなされているらしい声がきこえてきて、入るに入れずようすをうかがっていたのだった。


 「はわわ」とうろたえているのは、“わけ知り顔”である。その後、「やっと……やっと言えたんですね」と涙ぐんでひとり何度もうなずいている。


 そのとなりで、腕組みをして「ふぅん」と声をもらしたのは、“可憐”である。

 おどろき、喜び、くやしみ――こうした場合に起こりうるなんらの表情も浮かべず、ひとみの光は静かにいでおり、なにを考えているのかは、はかれない。


 が、隠し部屋のふたりの会話が一段落したことを察するや、 


「よかったね、見つかって!」


 と声をはりあげた。


 ふたりは心臓のはねあがりを体現したように飛びあがっておどろいたが、かたわらにいた“わけ知り顔”もまた予期せぬ事態に仰天ぎょうてんした。

 視線で、「話をあわせて」と“可憐”から告げられてようやく、


「え、ええ……! すぐに場所を思い出すことができて、よかったです」


 とうろたえながらもようよう相槌あいづちをうった。


「お、おおふたりとも……! ありがとう、助かった、あの、ありがとう……!」


 不自然に“お嬢さま”と背なかを向け合った“カタブツ”が、うまくとりつくろうこともできないまま迎える。

 “お嬢さま”は、だれにも見えない角度で、涙ぐんでいた。いや、ダミ畳のうえであそんでいたミニ畳にだけは、見えている。

 どこか痛いのかと心配するように見あげたミニ畳だったが、“お嬢さま”はほほえみ、おだやかに彼のフチをなでることで応じた。

 その親指の感触は、やさしく、また甘い。


「で、ではこのもってきた百科事典をば、入れてみまして……」


 “わけ知り顔”が、ふたりに話をきいていいのか悩んだようなのあと、「いや、プライベートの話をやじ馬的に聞き出そうとするのはわが“わけ知り”の信念に反する」と口のなかでつぶやいて首を振ったあと、本棚のスペースへとむかった。


「みなさん、用意はいいですか」


 と、カギとなる百科事典に手をかけながらうしろをふりかえると、みなも応じてうなずく。

 スッと、“わけ知り顔”が、百科事典を押した。


 ガコン、というはめこまれたような音がひびく。


 しばらく、なんの変化もない。

 「ハズレか」と落胆する空気がながれ出したあたりで、じょじょに、部屋を占める本棚全体が七色の光をまとい出す。まるで往年のディスコ、あるいはパリピひしめくクラブのごとき光の乱舞である。


 モーターがまわるような機械音がしたかと思うと、眼前の本棚が猛烈ないきおいで前進してきた!


「はわー!」


 さけんだのは、“わけ知り顔”である。

 本棚にかれかけた彼を、また次いで近くにいた“お嬢さま”を、“カタブツ”がとっさにうしろへと引いて抱きささえる。

 左腕には“わけ知り顔”、右腕には“お嬢さま”がおさまる。

 “わけ知り顔”はキュンと胸ときめいたかのように目を見ひらき、とろんと“カタブツ”を見つめた。


 “カタブツ”は移動する本棚を熟視じゅくししていたが、本棚は前へ出たあと横へずれると、そのうしろから――ひとつの重々しき鉄の扉が姿をあらわす。

 そして、その鉄扉てっぴには一枚の貼り紙があり、こう書いてあった――


〈兵器、この先〉


 車で地方を走行しているときに出てくるメシ屋の看板のごとき武骨ぶこつさがただよってはいるが、ともかくも目標まで到達しつつあることは予感させた。


「……いよいよだな」


 一同が顔を見あわせ、だれかがゴクリとつばをのんだときであった。


「ウウウワァァァァァ!!」


 という特徴的な悲鳴とともに、あわただしくドアノブがガチャガチャとまわされ、部屋にふたつの影がとびこんでくる――

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