第19話 デス畳を煽り散らす“ゲス野郎”


 いくども聞いた、悪夢のごときあの咀嚼音そしゃくおんののち、建物にダイナマイトがしかけられでもしたかのような爆音が“中型免許”の耳をつんざいた。


 廊下のカドまで走ると、血をにじませ、ふちには“悪魔ばらい”の肉塊にくかいらしきものを引っかけたデス畳が、トイレの入口を破壊しながら姿をあらわしたところであった――


「タミィィィ!」


 怒りに満ちたおたけびを発し、木製のドアをバリバリとみ、らい、木くずと化した粉末を吐き捨てながら、右目のみでギヌロンと“中型免許”を視界にとらえる。


「やばっ」


 “中型免許”がさけんだのと、足を動かしたのは同時であった。

 そうでなければ狂乱きょうらんしたように迫りくるデス畳に、はや喰われていたやもしれぬ。


 人ふたりはすれちがうことのできる廊下ではあるが、それでもデス畳の体躯たいくからすれば自由に動けるとは言いがたい。

 が、そんなことは些事さじにすぎぬとでもいうように、左の壁を削り、右の壁をえぐりながらデス畳が逃げる“中型免許”を追う。


「ウウウワァァァァァ!! ちゅ“中型免許”が喰われちまうよぉぉぉ!」


 音を聞きつけ、二階からおそるおそる状況をのぞいた“びびり八段”が絶叫し、腰をぬかした。


 “中型免許”のからだが、まるで手品のように、デス畳のあいだへと吸いこまれてゆく――


 ボキンッ


「ウウウワァァァァァ!! “中型免許”ォォォ!!」


 “びびり八段”の慟哭どうこくがひびくが、しかし見よ。

 脇にあった、自分よりも背の高い観葉植物に腕をからめた“中型免許”はすべるように身を伏すと、みごとにデス畳を回避しつつ、観葉植物を思いっきりデス畳に喰らわせたのだ。

 もちろんデス畳に大したダメージはないが、観葉植物を不快そうに何度か口で折ったあと、またも吐き捨てるデス畳。


「ウウウワァァァァァ!! 観葉植物ゥゥゥ!!」


 腰をぬかしながらも、階段の手すりにしがみついてどうにか階下をのぞいていた“びびり八段”は、なぜか観葉植物にまで悲泣ひきゅうを浴びせる。いつそんなに思い入れが生まれる交流をしたものか、彼のほかに知るものはない。


「“びびり八段”! 旧デス畳が、解放されたって、逃げろって、控え組のみんなに伝えてくれ! さっき監視してたメンバーは、おれのほか……みんな、やられちまった……」


 デス畳の猛攻を皮一枚でかわしながら、“中型免許”がさけぶ。


「に、に、逃げろって、デス畳がここにいるんなら、そとに逃げたほうが、いいかなぁ?」


 倒れながら足を噛もうとしてきたデス畳を、ピョーンとジャンプし、チアダンサーのごとく足を大きく広げて回避する“中型免許”。


「いや、新デス畳が、まだ和室にいる! そとへ行ったらまた捕捉ほそくされて追われるかもしれん。一旦地下室へむかって、“カタブツ”たちと合流しよう!」


「わ、わ、わかった! 伝えて、すぐに、助けに、助けにウウウワァァァァァ!!」


「どうした、“びびり八段”!!」


 “びびり八段”は単にあせりすぎてすべって転び、床で「あわわ」と泡をふいているだけなのだか、いつもの絶叫があまりにもしんせまっていたため、“中型免許”の心を乱した。

 二階を見あげるが、下からでは、“びびり八段”の状況はまったくわからない。


 そして、このスキをのがすデス畳ではない――


 下から、すくいあげるように、“中型免許”をのみこもうとする。


「う、う、ウウウワァァァァァ!!」


 まるで“びびり八段”がのりうつったかのような絶叫をあげる“中型免許”であったが、思わず目をつむると、ガシャン、という音がひびいた。


「なんの音だ……?」


 おそるおそる目をひらく。

 ――すると、デス畳の上で植木鉢が割れ、土や葉っぱまみれになっているではないか。


「ケヒヒヒ、ここで登場するのは、そうこのおれ、“ゲス野郎”さ。夜討よう朝駆あさがけあらゆる不意討ふいうちがわが美学ってね」


「タミィィィィ!!」


 二階から、“ゲス野郎”が植木鉢を全力で投げ捨て、それがデス畳に直撃していたのであった。

 予期せぬ痛みのためか、土まみれにされたのをいとうたものかはわからぬが、デス畳は右目をつりあげて激昂げっこうした。


 かたわらの“中型免許”には目もくれず、バサバサと飛ぼうとするも、壁や階段の手すりにはばまれうまく飛ぶことができない。

 それを見た“ゲス野郎”は、


「ケヒ、ケヒヒヒぶざまだぁねぇ! 飛べない畳はただの畳、いやこんなところで立ってたら畳の役割もはたせない、ただの粗大ごみだねぇ。おい、“びびり八段”いつまで寝てるんだ。早く立って大広間へ行くんだよノロマ。おれさまはひと足先に逃げてるからよ、あばよマヌケないぐさやろう」


 と、階下にきこえるような声量で言いながら、長い舌でレロレロとデス畳をあおって逃走した。一点のくもりもない(あるいは全面にくもりしかない)、みごとなゲス顔である。


「ダァァミィィィ」


 それを聞き、濁ったうなり声をあげるデス畳。

 カッとさらに大きく目をかっぴらくと、壁にぶつかってへこみをつくり、階段を削りながら不器用に、けれど猛然と二階へのぼっていく。

 まるで、岩石のまじる荒れ地を強靭きょうじんに整地していくブルドーザーのごとき前進力である。


 “びびり八段”は階段をあがって右の大広間へ、“ゲス野郎”は左の客間へとドタドタ走っていくのが見えた。

 客間のベランダには一階のウッドデッキへつづく階段があり、そこから逃げようという算段であろう。

 が、デス畳は怒りにわれを忘れているのか、うしろ姿のみで識別が難しかったのか、よく確認もせず大広間へとむかった。


 忿怒ふんぬ咆哮ほうこうで、建物をびりりとふるわせる。


 ちょうど大広間では、“びびり八段”がころがるように逃げ込み、少し前に監視組を交代して休んでいた“太鼓持ち”と“いつもどこか他人事ひとごと”に


「に、に、逃げろデス畳デス畳、デス畳がぁぁぁ」


 と要領を得ぬ悲鳴をあげているところであった。


 この悲鳴だけではなにがなにやらわからぬが、ふたりは一瞬目配せをして「まあデス畳が来たので逃げろという意味だろう」とかいすると、脱兎だっとのごとく走り出す。


「さすが“びびり八段”だぜ! もはや名人の貫禄かんろくといっても過言かごんではないびびりぶりに、けれど『逃げろ』という具体的なアクションを盛り込むことも忘れず、決して並び立つことはないと思われた『びびる』と『警告』のあっぱれな両立。おまえ“びびり八冠”でも目指してんのかぁ!?」


 と、“太鼓持ち”は太鼓をたたくことも忘れない。

 とはいえ、全員の意思が統一されていたわけではない。

 発声しながらもまよわずベランダへと飛び込んだ“太鼓持ち”に、大広間のクローゼットへとすがたを隠した“いつもどこか他人事ひとごと”、そしてどこへ行ったらいいものかまよいにまよったあげく、大広間のすみでまるまってしまった“びびり八段”……。


 ギヌロンと、大広間へ入室したデス畳の眼光があやしくひらめく――

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