第18話 新デス畳の不可解な態度


 和室の引き戸とともに吹き飛ばされた“中型免許”は、ごく短時間ではあるがリビングのすみで気を失っていた。


 目ざめたときには、和室のなかで黙然もくねんと縦になって壁によりかかる新デス畳がおり、また玄関へとつづくドアの付近には“善人だが浅慮”を思わせる血肉の残骸ざんがいが散っていて、


「ぜ、“善人だが浅慮”ォォ……」


 かの人の名をくり返しながら、おのれの無力をなげいた。

 むろん、黄泉よみへと旅立った彼女の声は、どこからも返ってこない。

 “中型免許”はキッと、新デス畳を鋭くにらみつける。


「おまえたち、どうしてこんなことするんだ! おれたちが、なにかしたってのか。おまえたちの、住処すみかに踏み入ったからか? そうなら、謝るよ。二度としないと誓う。食料だと思ってるってことなら、おれをったっていい。ただ、残ったやつらは、見のがしてやってくれないか……たのむよ……」


 最後にはすがるように懇願こんがんをするが、新デス畳は、なんの反応も示さない。


「なぁ、少なくともおまえは、言葉がわかるんじゃないのか……? わかるんなら答えてくれよ、教えてくれよ……」


 床をたたき、背をまるめ、涙を流す。

 相手が人間であれば、あるいは心を動かされたかもしれぬ、衷心ちゅうしんよりわきいでたこの“中型免許”の所作しょさにあっても、デス畳ははなから聞こえていないもののようにじっと動かない。


 が、少しののち、デス畳が身じろぎをした。


「タミ」


 低い声で、いかにも鬱陶うっとうしそうに、ハエでもはらうようなしぐさで畳を振る。

 「行け」というジェスチャーにも、見える。


 と、そのときだった――


「悪魔よ去れぇぇぇ!」


 という絶叫と、ブリブリという排泄音はいせつおんらしきいかにもきたならしい音とが、リビングにまでひびきわたってきたのである。

 これを聞いた“中型免許”は、


「このくそでか排泄音はいせつおん、まさか、5日ぶりの排便をしていた“悪魔ばらい”か!? いま行くぞ!」


 とさけび、急ぎ地を蹴ったが、その際にちらりと新デス畳を見た。


 やはり緘黙かんもくしたまま、腕を組んで待機する大御所俳優のごとき貫禄かんろくをもって、壁にもたれている。


「しかし、あの殺気のなさ、本当におれたちを散々に殺しつくしたデス畳なのか……。あの距離で、無防備に気絶していたおれを殺すどころかおそいかかる気さえなかったようにも見えたが、かと思えば対話に応じる態度でもなく、なにを考えているものか……。ええい、いまは“悪魔ばらい”だ。無事でいろよ!」


 口内こうないで自問自答しつつ、“中型免許”はリビングより走ってその姿を消した。


 和室にひとり残るデス畳の、あきれたような、あきらめたような、ふうというため息らしき音が、聞くものもないまま床板へと吸いこまれて消えてゆく――

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