25年ぶりの再会 第2話
「朱音〜2次会行こうよ〜」
しつこく2次会の参加を迫られたが、飲みすぎて頭が痛いことを理由に参加を断った。
「ごめんね。明日も仕事が入ってね」
嘘だけど、断る文句の同情を誘った。
「また今度絶対に飲み会しようね〜」
「わかった。愛莉もお酒はほどほどにね」
皆と別れて、駅に向かうフリをして、スマホを取り出し、彼だけにメッセージを送った。
(久しぶりだし、少しだけ話さない?)
(2人だけで2次会しない?)
返信はすぐにきた。
(わかった。久しぶりだし、ゆっくり話そうか)
その文字を見た瞬間、私の中で何かが確定した。
計画は、今夜実行する。
彼を、駅近くのアーケードにある寂れた居酒屋に誘った。
ここを選んだのには2つ理由がある。1つは、店内に防犯カメラがないこと。だから私の犯行を見るものはない。
2つ目は、この後行く予定の廃ビルが目と鼻の先にあるということだ。これで、防犯カメラに映る回数を減らす。
廃ビルからの道順も決めてある。防犯カメラが少ないのは、廃ビル反対側の路地。防犯カメラが少ない代わりにタクシーは多い。逃げるにはもってこいの場所だ。
証拠を残さないための準備も、何度も頭の中でシミュレーションしてきた。
失敗はしない。
不自然な自信があった。完璧すぎる計画を作った自分自身に鳥肌が立った。
反面、どこかおかしな気もした。明確な根拠も理由もない。ただ、違和感だけが頭の中に残っていた。
だからと言って、今更計画を変更することも、中止することもできない。
それでも、心の奥では何かが揺れていた。
居酒屋で、彼が言った言葉が頭の中を巡っていた。
「変わらず優しいな」
こんな簡単な言葉に騙されてたまるか。
彼は、昔のことを覚えていないかもしれない。あるいは、覚えていても罪の意識がないのかもしれない。
どちらにしても、私の中の傷は、そんな言葉では癒やされることはない。
居酒屋では、私は度数の高い日本酒を持参していた。彼がトイレに立った隙に、グラスの酒を飲み干し、中身を入れ替えた。
「朱音って、結構、酒飲めるんだな」
トイレから帰ってきた彼の第一声。
「今日は特別だから。たくさん飲みたい気分なの」
「そうだな」
何も気づいていないのが滑稽だ。このまま飲みつぶれてくれ。そうしないと、私の計画は完全じゃなくなるんだから。
何も知らない彼は、入れ替えた酒を飲み干した。
「結構酔ってきたかもしれん」
「そう。じゃあ、お冷やでも貰う?」
「ああ、そうしようかな」
店主にお冷をもらって、フレーバーだと言って、レモンの香りのするお酒をお冷に入れた。度数も大して高くないし、微量でしかないけど、水よりは少しでいいからお酒を飲んでもらわないと困る。
お冷を飲み干した彼の耳元でつぶやいた。
「久しぶりに会ったから少しシたい気分」
彼はすぐ話に乗った。目の色を変えて、興奮を隠しきれていなかった。
店を出て、早速彼を誘った。
「ホテルに行く前に、少し行きたいところがあるの。昔よく行っていたカフェ。覚えてない? 奢るつもりだった健太郎が、財布無くして結局私が奢ったの」
全て演技だったと気がついたのは、だいぶ後になってからだった。
「パンケーキが美味しいって、駅前に来た時はよく通っていたんだよ」
彼はいつの間にか頷くばかりで、身体を回しながら、フラフラしていた。
ようやく薬が効いてきたか。
「健太郎? 話し、聞いてる?」
「ああ──うん……覚えているよ……パンケーキが美味しかったの。朱音はいつもチョコのかかったパンケーキを食べていたよな。俺は、チョコが苦手だったから、シェアできなくて、よく不機嫌になっていたよな。懐かしいな」
どうしてそんなことばかり覚えているの。なんで全部忘れてくれないの。何も知らないまま、死んでくれた方が嬉しいのに。そんなこと言われたら、手が震えてしまう。お願いだから、これ以上のことは言わないで。懐かしい思い出を言わないで。
廃ビルに向かう途中、点滅している街灯が私の影を淡く映し出していた。
私の影に、まだ鬼はいない。今からなら、まだ戻れるのだろうか。昔のような関係に。
何を考えているんだ。決めたじゃないか。これは復讐だって。成功させることを考えるのが今の役目だ。余計なことを考えるな。
それでも頭の片隅には“これで本当に終わるのか? 終わりにして、私は何を得るんだ?”余計な言葉が残っていた。
私も飲みすぎたのか。少し頭を冷やすべきなのかもしれないな。
廃ビルに着いた頃には、彼は、私が肩を貸していないと立ってもいられないくらい、意識が混沌としていた。
そんな彼を、穴の空いたソファーに一旦置き、落ちないように、髪の毛をワックスで硬く固めた。指紋がつかないように介護で使用しているゴム手袋を着用した。
フラフラしている彼をソファーから立たせると、不器用にも踊った。月光も光も、何も差し込まない暗闇で、彼と踊った。
証拠はこれくらいで十分だ。
こちらも介護で使用している、シューズカバーとビニールキャップ、マスクを着用し、彼を4階へと誘導した。
この廃ビルは、4階から2階まで崩れて穴が開いている。落下すれば即死だろう。
開いている穴の横に、カーテンを敷いて、彼をその上に寝かせた。ふくらはぎから下を穴に落として、カーテンにブラインドを絡み付ける。
彼が起きない限り、ブラインドの錘で勝手に落下する。
起きないように睡眠薬でも盛りたかったけど、そんなことをしたら私が犯人だって言っているようなもの。バレたら計画の意味がない。
静かに階段を降りようとしたその瞬間だった。
「朱音……」
彼の声が聞こえて、怖くなった私は、気がつけば彼を穴に落としていた。
瓦礫のおかげか、音は思ったよりも静かだった。
私は荒れた息の中、穴の底を見下ろした。彼は闇に溶けて何も見えなかった。
しくじった。こんなに早く目を覚ますなんて、想定外だ。
焦燥感に苛まれて、冷静に物事を考えられなくなった。だけど、この状況でも、悲劇のヒロインを演じれば、どうにか乗り越えられる気がした。
慌てて、廃ビルの階段を駆け降りた。手袋など、着用していたものを全部剥いで、鞄の奥に詰め込んだ。
証拠用に頬を叩き、赤く染めた。服を少しだけ破り乱した。
廃ビルの外に出た時、私は一度だけ深呼吸をした。
夜の空気は冷たく、肺の奥まで刺すようだった。
それでも、心臓の鼓動は止まることを知らず、うるさく響いていた。
荒い息遣いの中タクシーを呼び止めて、何もなかったかのように帰宅した。
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