25年ぶりの再会 第1話
あの人が来るらしい。
10年ぶりの同窓会の案内状を見たとき、最初に目に飛び込んできたのは、参加者一覧に記載されていたその名前だった。メールを開けた手が、ほんの少し小刻みに震えていた。
「橋本も来るのか……」
声に出してみると、思ったよりも平坦な響きだった。けれど、胸の奥では何かがざわついていた。これはきっと、橋本に会えることを楽しみにしているんだ。
同窓会の会場は地元の居酒屋「十二万両」。大震災で一度閉店したが、地元の人気店だっただけに再開を望む声が多く、寄付金も集まり、2年前に再建された。あの大震災で、私たちの高校の同級生も何人も亡くなった。今回の同窓会は、追悼の意味も込められているという。
私は、参加の可否を返すまでに3日ほどかかった。仕事の合間に何度もメールを開いては閉じ、空白ばかりのスマホカレンダーと睨めっこし、結局「参加します」とメールを返した。
理由は自分でもよくわからなかった。ただ、何かを終わらせるべきだという気がした。
同窓会の当日。私はいつもよりも少し丁寧に化粧をして、髪を後ろで一つにまとめた。黒のワンピースに袖を通す。鏡に映った自分は、思っているよりも落ち着いて見えていた。
まだ大丈夫。
会場に入ると、懐かしい顔がいくつも並んでいた。
「
高校時代、仲の良かった
「あれ。
よく隣の席になっていた
「今は特養で介護士してる」
「へえー。大変だな」
そして、彼が現れた。
「え? 朱音? 久しぶりだね」
橋本健太郎。少し寒気がした。
あの頃と変わらない、いや、むしろ少し柔らかくなったような笑顔で、私の前に立っていた。スーツ姿はよく似合っていた。髪の毛は短く整えられ、少しだけ白髪が混じっていた。けれど、その目の奥にあるものは、私には見えなかった。
「久しぶり……」
私は、口角だけを上げて答えた。
「元気にしてたの? 最後に会ったの、高校の卒業以来だから25年くらい前だよね」
「そ、そうだね。そっちも元気にしてた? こっちに帰ってくるって聞いたときはびっくりしたよ」
「ああ。親父が怪我で仕事できなくなってしまって、継ぐ人が俺しかいないから、半ば仕方なくだけど、後悔はしていないよ」
「そ、そうなんだ。家の仕事、建築だっけ? 大変なんじゃない?」
「まあ、大変といえばそうだけど、俺は現場じゃなくて事務がほとんどだから、思っているよりは大変じゃないよ。震災でいろいろあったし……」
彼はそう言って、少しだけ目を伏せた。
その時、彼がくしゃみをした。
「花粉なのかな。今日ずっと鼻がムズムズしてる」
「じゃあこれ飲む?」
私は鞄の中のポーチから鼻炎薬を取り出し、彼に差し出した。薬の名はレスタミン。鼻炎にも使われるが……。
「第二世代だから眠気はマシだと思うよ」
嘘だ。レスタミンは第一世代。
「ありがとう、助かるよ。でも、薬飲んだらお酒は控えめにしないとだね」
「飲みすぎなければ大丈夫だよ」
「ありがとう。さすが介護士してるだけはあるね」
「たまたまだよ。医者でも薬剤師でもないんだから。薬の知識は持ってないよ。ただの市販薬だから」
「朱音は昔と変わらず優しいな」
その言葉に、私はまた笑ってみせた。
心の中では、冷たい歯車が静かに回り始めていた。
あの夜のことは、いまだに夢に出てくる。
教室の隅、誰もいない放課後。当時付き合っていたとはいえ、教室での性行為を求められたのはさすがに困った。おまけに、彼はこう言った。
「ちょっとだけでいいから、撮らせて」
そう言って、彼は私の制服を脱がせた。当時の私は何も言えなかった。彼に幻滅されるのが怖かった。でも、求められていることは嬉しかった。そして、彼の言葉に逆らうことはできなかった。
そんな彼も最初は優しかった。毎日のように「好き」だと言ってくれて。
「朱音は俺だけのもの」
そう言って、頭を撫でてくれた。
でも、彼の態度は次第に変わっていった。
「朱音。お前って鈍いな」 「俺の前で嫌な顔なんかするなよ。気持ち悪いぞ」 「朱音は俺の言うことだけ聞いていればいいんだよ」
ある日、クラスの男子がトイレから出た私を見て笑った。私は何も知らなかった。でも、男子の視線ですぐに気づいた。
彼は……健太郎は、撮影した動画をクラスの男子に見せていた。
私の、あの姿を。
噂はすぐ女子にまで広がり、私は教室で孤立した。味方になってくれた子もいたが、ほとんどの女子は目を合わせなくなり、男子たちは陰で笑っていた。
「あいつが……」
そんな言葉が、嘲笑が、廊下に響いた。
私は何も言えなかった。誰に相談することもできなかった。
唯一、佐々木先生だけが、私の目を見て言った。
「ごめんな……」
その一言だけだった。でも、あの時の先生の目は、今でも覚えている。
あれは、罪悪感だったのか、それとも何もできないことへの無力さだったのか。
大学に進学してからは、私は健太郎とは一切関わらなくなった。
彼は県外の大学に進み、私は地元の専門学校に進学した。
それから18年。私は介護士になり、日々の業務を淡々とこなし、過ごしてきた。
利用者の生活支援。食事を運び、食べさせて、排泄を手伝い、オムツを替えて、夜勤も月に8回こなす。
誰かの支えになる仕事。感謝の言葉が嬉しかった。
でも、私の中には、ずっと空洞があった。
健太郎の名前を聞いたとき、その空洞が少し埋まった気がした。
「今更何を話せばいいの」
そう思いながらも、私は同窓会に出席した。ある計画を遂行するために。
そして、彼は笑っていた。
まるで過去のことを何もなかったかのように。
腸が煮えくり返りそうだった。
「朱音は昔と変わらず優しいな」
レスタミンを渡したときの、あの言葉。
あの頃と同じ口調で、同じ笑い方で。
私は、心の中で叫んでいた。
“何であなたは、何も覚えていないの?”
それとも、本当は覚えていて、知らないふりをしているのか。
どちらにしても、私の中の何かが、音を立てて崩れた。
私はあの日のことを思い出していた。
制服を脱がされる感触。
冷たい机の上の感触。
笑い声。
動画の撮影開始音。
あれから、私は変わった。
誰にも心を開くことはなくなった。
誰かを信じることが、怖くなった。
でも、彼は何も変わっていなかった。
笑って、酒を飲んで、昔話をしていた。
思い出はいいものしかない、と思っているかのように。
私は決めた。
このままでは終われない。
あの日のことを、なかったことにはさせない。
私の人生を壊した人間に、何もなかったかのように生きてほしくない。
私は計画の遂行を始めた。
静かに、冷静に、顔に出さずに。
誰にも気づかれることがないように。
完璧に終わらせるために、私は動き出した。
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