第22話 男版椎崎

 二クラス合同で行われる体育。その中でも特に俺にとって地獄なのが、「二人一組で行う競技」の時間だった。


 理由は単純。誰も俺を誘ってこない。


 これはもう、慣れきった日常だ。気にしても仕方がないと思っていた。だが、男の人数は偶数──つまり、余った二人が自動的にペアを組まされることになる。そして、その“余りもの”になるのは、決まって運動が苦手なやつ、あるいは俺のように厄介者と見なされているやつばかりだ。


 結果、目立つ。全体の流れから外れ、周囲から白い目で見られ、さらし者になる。クスクスと笑う声が、背後から聞こえてくるのが常だった。


「組もうぜ」


 ざわつく中、クラスメイトたちが次々とペアを決めていく。俺に視線を向ける者はいない。あまりに自然な無視。風景の一部に溶け込んでいるみたいだ。


「一緒にどうだ?」


 不意に、肩が小突かれた。軽い力。だが、驚いた。次の瞬間には、今度はしっかりと叩かれるような感触が来る。


「……俺に言ってんのか?」


 訝しみながら振り返ると、そこには、あまりにも眩しすぎる笑顔の男がいた。大和だった。光の中にいるような、疑いも計算もない目で、まっすぐ俺を見ていた。


「大和? まじかよ、そいつ……問題児だぞ」


 すぐ横から聞こえた拒絶の声。驚きや呆れが混じった、それでいて露骨な嫌悪。俺の“悪い噂”は、もう完全に同学年全体に知れ渡っているらしい。


 だが、大和は一切気にしていなかった。周囲の声にも、俺の反応にも、まるで頓着がない。


「今日は草加と組むから」


 俺が返事をする間もなく、当然のように言い放った。周囲にそう通告するような、その一言には、揺るぎのない確信があった。


「なにかあったら呼べよ。すぐ助けに行くから」


「……わかった」


 温度差に、言葉が出なかった。隣のやつは嫌悪を隠そうともしないのに、大和だけが、まるでそんな噂なんて初めから存在していないかのように接してくる。


 それは、怖さすらあった。


「じゃ、よろしくな」


「お、おう……」


 完全に大和のペースだ。俺は、ただ押し流されるしかなかった。


 準備運動。背中合わせで腕を組み、互いに体を反らせる。距離が、嫌でも近い。


「……何が目的だ」


 思わず漏れた問いに、大和は「え?」とでも言うような顔で小首をかしげ、すぐに笑った。


「目的? そんなもんねーよ。ただ──お前が、面白そうだったから」


 軽く、飄々と。冗談のように。それでいて、どこか本気のようにも聞こえた。


 ──ふざけんな。


 どこまでも余裕の態度が、無性に腹立たしかった。俺の噂を知った上で、それでも近づいてきて、なおかつ俺を「面白い」と笑う。


 この男とは、絶対に相容れない。そう確信した。


 今日の競技はサッカー。ペアを組んだ状態でのパス練習が最初のメニューだ。


「好きなとこに打っていいぞ」


 サッカー部だったはずだ、大和は。ならば自信満々なのも当然か。


「ほらよ!」


 勢いよく蹴られたボールが飛んでくる。胸で受け止め、弾みを殺してリフティング。足元に落とす。


「お、いいトラップ。さすが喧嘩慣れしてるだけあるな」


 挑発的な笑みを浮かべて、強めにボールを蹴り返してくる。俺の反応を観察している目。明らかに、試している。


 サッカーは得意じゃない。トラップも下手だし、ドリブルも怪しい。でも──


 俺にだって、返し方はある。


「おらっ!」


 思い切り蹴り返す。足の芯に当たらなかったのか、衝撃で足がしびれる。けれど、ボールはまっすぐ飛んだ。


「おもしれぇな、お前」


 大和が再び蹴りモーションに入る。やばい、あれは……止められない。


「……なーんてな」


 直前で蹴りを止め、代わりにボールを高く蹴り上げる。ボールは空へと舞い、大和が素早く落下点に移動。余裕のある動きで、鮮やかにキャッチした。


「たいしたもんだ。技術はまだまだだけど、サッカー部に向いてるかもな。喧嘩なんかやめて、こっちに来いよ」


 さらなる挑発。いや、試験。俺の中を探られているような、そんな言葉。


「興味ない」


 短く、冷たく返したつもりだった。でも、大和は笑った。


「だよな。やっぱ噂なんて、あてにならんな」


 軽く、しかし、確かに何かを納得したように。


 ……なんだこいつ。


「……下手な真似するなよ」


 警告のつもりで言った。なのに大和は、何かを約束するように言った。


「安心しろ。お前が自分の口で真実を語るまで、俺は何も言わない。だから交換条件として、今後も体育のペアは俺な。お前、変に自分を出さないし、運動神経も良い。気に入ったわ」


 気に入った、だと?


 冗談みたいな展開に、言葉を失った。でも──


 たしかに、大和の一言一言が、俺の中の何かを揺らしていた。


 ほんの少しだけ。だけど確かに、何かが変わり始めた気がした。

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