第19話 機械好きな少女
番組では、次々とさまざまなロボットが紹介された。調理、掃除、介護、警備——どれも未来を感じさせる技術ばかりで、近い将来、単純作業のほとんどをロボットが担う時代が来るという言葉にも現実味が増していく。
そして最後の特集が始まった。
「最後は、ここまでAIが発展した! ロボットによるカウンセリングの最前線です!」
アナウンサーの高らかな声と共に、画面が切り替わる。その瞬間、隣にいた椎崎がふいに立ち上がった。
「すいません。これ持っててください」
言うが早いか、彼女は俺の膝の上にぬいぐるみを置き去りにして、テレビの目前まで歩み寄る。映像に顔が触れそうなほどの至近距離。シャーペンを強く握り、まるで何かに取り憑かれたような集中ぶりだった。
「近すぎるだろ、ちょっとは……ったく」
注意を促す気も起きないほど、彼女の背中からは異様な緊張感が漂っていた。気圧されてしまい、俺はそっと立ち上がり、流しへと向かう。皿洗いでもして、この空気から離れるとしよう。
テレビの音だけが背後で響く。
『あらゆるカウンセリングデータから、AIが最適なアドバイスを導き出します』
AIが相手の話や表情、声のトーンから心理状態を解析し、数多のケーススタディに基づいた対応を瞬時に判断するという。人間の経験では到底及ばない情報量。その分析力から導かれる答えは、もはや“正解に近い選択肢”と言っていい。
「機械的思考……感情がないからこそ、答えだけが……それが必要な状況って……」
椎崎の口元が動く。だが、声はかすれて聞き取れない。何かに苛まれるような、あるいは抑え込んだ感情が漏れ出るような、そんなつぶやきだった。
『AIの導き出す答えを人間のカウンセラーが補完する。それにより、心に寄り添った対応が可能になります』
テレビから流れるナレーションは、機械と人間の“共存”をうたっていた。互いの長所を補い合い、最適な結果を導く——理想的な関係性だと、ナレーターは力強く語っていた。
「……勝てない。そんなの」
それは、確かな悔しさをにじませた声だった。
「椎崎?」
食器を拭きながら横目に視線を送ると、彼女の頬を一筋の涙が伝っていた。
「え、あ……すいません。あれ? 倫太郎君?」
突然、我に返ったようにソファーの方を振り返る。俺がいないことに気づいて、少し驚いたような表情を見せた。
「いや、こっちだから。皿洗ってた」
「……あ、ありがとうございます。助かります」
「大丈夫か?」
「何がですか?」
「その……涙。流れてたぞ」
「……涙? あー、多分、凝視しすぎたからですね。目が乾いてきただけですよ。たいしたことじゃないです」
そう言って、慌てて手の甲で目元をぬぐう。その仕草には、どこかぎこちなさが残っていた。
「それならいいけど……気をつけろよ」
「はい。ちょっと気になるテーマだったので」
気になるどころの話じゃなかったが、あえて追及はしなかった。
「それにしても、まさかお前がそこまでロボットに興味あるとはな」
「同じ分野ですから。いずれは競合になる存在ですし。事前に情報は仕入れておかないと」
まるで将棋の対局前に研究しているかのような理知的な物言いだった。けれど、そこにあるのはただの理屈ではない。彼女の中にある強い信念と、自分の価値を証明しようとするプライドのようなものが垣間見える。
「お片付けありがとうございました。もう遅いですし、帰りますね。お見送りはけっこうです、そのまま続けてください」
「いや、もう終わったし。家まで送るわ」
ひとりで来たとはいえ、ぬいぐるみをいくつも抱えて歩いて帰る姿を想像すると、やはり心配になる。
「すいません……」
彼女の後ろを歩きながら、俺は二つのぬいぐるみを抱えた。
「本当にありがとうございました。そういえば、明日は何が食べたいですか?」
「明日も来るのかよ。……いや、願ったりかなったりだけどな」
「あなたが、私の魅力に気づくまで。続けます」
淡々とした声だったが、その言葉には強烈な意志が宿っていた。誰からも一目置かれ、実力もある彼女だからこそ、誇り高く、誰よりも真っ直ぐだ。
——ただ、そんなやつから「魅力に気づかせる」なんて言われたのは、俺の人生でこれが初めてだ。
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