第18話 共に過ごす夜
今日のナポリタンも、間違いなく最高だった。甘酸っぱいトマトソースに、香ばしく炒められたベーコンとピーマン。そのすべてが絶妙に絡み合い、口の中で満足感のハーモニーを奏でる。香りに恥じない――いや、それ以上の味だ。
「……やっぱ、なんか悪いな」
食べ終えた皿を見つめながら、胸の奥にわずかに差す罪悪感がじわじわと広がっていく。こんなにも手間をかけて料理を作ってもらっておいて、俺はただ食べているだけだ。役立たず感が半端ない。
「気にしないでください。これは私が“好きで”やってることなので」
少し笑ったような、けれどどこか冷めた口調だった。いつも通り無表情のまま、椎崎はグラスの水を口に運ぶ。
「それより、テレビあるんですね」
「あるけど……?」
俺が箸を置くと、彼女はすっと立ち上がってテレビの方へ向かった。
「動きますか?」
「動くぞ。……まさか見たい番組でもあるのか?」
「……はい。七時から、あるので。見てもいいですか?」
まるで、“お願い”の言葉に不慣れな人が無理やり口にしたような、ぎこちない一言だった。
「ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます。では――さっさと食べましょうか」
席に戻ると、椎崎は再び黙々とナポリタンを食べ始めた。その姿はまるで任務中の兵士のようで、食事すらも効率化された行動の一部に見える。
「ごちそうさまでした。では、またあとでで」
そう言って、彼女は静かに立ち上がり、自分の食器を片付けたあと、家を出て行った。
――が、数分後。
扉が再び開き、入ってきたのは……さっきとまったく違う雰囲気の椎崎だった。
制服姿はすっかり影を潜め、部屋着に着替えた彼女の腕には、カラフルでふわふわとしたぬいぐるみがぎゅうぎゅうに抱えられている。ライオン、ウサギ、ペンギン、カバ……まるで動物園の縮小版だ。
「倫太郎君も、隣に座ってくれると助かります」
「お、おう……」
思わずたじろぎつつも、俺はソファーに向かい、彼女の隣に腰を下ろす。
「倫太郎君にはこれを。ほら」
そう言って、俺の膝の上にペンギンとライオンのぬいぐるみがどん、と置かれる。視線を向けると、彼女はウサギとカバを大事そうに抱えていた。てっきり動物特集でも観るのかと思ったが――
『最新鋭、機械はここまで進化した! 歴史で学ぶロボット特集!!』
テレビから流れてきたのは、まさかのタイトルコール。ロボット特集? 今、ぬいぐるみ抱えてるのに?
「まてまてまて」
「どうしました?」
まるで心底不思議そうな顔。悪気も疑問も一切ない。
「アニマル系の番組見るんじゃなかったのか? そのぬいぐるみたちは……」
「これですか? これは“普段一緒にいるぬいぐるみ”ってだけですよ。倫太郎君も一緒に観るから、仕方なく貸してあげてるだけです」
いやいや、明らかに準備して持ってきてただろ……と突っ込みたい気持ちを抑える。というか、ロボット好きだったのかよ。どこまでも予想を裏切ってくるな。
番組が始まる。最初の特集は“調理ロボット”だった。
半無人の食堂。タブレットで注文すると、厨房の裏で複数の専用ロボットが稼働を始める。材料の選別、湯通し、炒め――それぞれに役割を分担し、無駄なく調理を進める様子は見事だった。そして、出来上がった料理は配膳ロボットによってテーブルまで運ばれ、会計までも完全に自動化されている。人件費を極限まで削った、未来型の飲食システム。
「レパートリーは少なくても……すげぇな」
「私だったら、ご希望の料理をその場で提供しますよ。しかも、これよりも安価で」
ドヤ顔という言葉があるなら、今の椎崎はその生き写しだ。
「いやいや、なんでそこで張り合おうとするんだよ。ロボットと個人じゃ、土俵が違いすぎるだろ」
「違うのは“お金”だけです。クオリティ、満足度、信頼性……そういった面では私が最適です」
ぬいぐるみを抱えていたから気づかなかったが、テーブルの下でこっそりメモを取っていたらしい。ちらっと目に入ったメモには、「メリット」「デメリット」「勝っている点」などの項目が並んでいる。
まるで、ロボット産業と本気で競い合うつもりじゃないか。
「でも……AIによる“最適な味”の調整が加わると、少し厳しくなりますね。初回対応なら、むしろロボットの方が精密です。私が勝てるのは、二回目以降の“好みの変化”を察知できることくらいでしょうか」
椎崎はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、静かに言った。
……やっぱりただのロボオタクじゃない。未来の生活に、本気で“自分が入り込む余地”を探してるんだ。理知的で、冷静で、でもどこか不器用で。そんな彼女の姿に、なんだか妙に惹かれてしまう――そんな夜だった。
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