第15話 立ちはだかる障害
「やべぇ。どんずまった。」
本が完成してからはや一週間。俺は試作品の布を完成させた。
草から取り出した繊維を水で洗い、天日干しにして乾燥させる。それを数本束ねてよって糸にする。
ここまではよかったのだ。索道と呼ばれる技術の応用で糸を作るまでは順調に進んでいた。
しかし、できた糸を布にする段階で問題が起きた。
俺は手元にある小さな布切れのようなものを見る。端がほつれているのは仕方がないにしても、流石に生地として緩すぎる。糸と糸同士が絡まってかろうじて布の状態を保ってはいる。しかし、こんなものを材料にしたら、出来た袋はすぐに壊れてしまうだろう。
だが、生憎と俺は機織り機の作り方なんて知らない。魔法の研究に本は必要だったが、布はそこまで必要ではなかった。前世では買うだけで済んでいたが、今はその肝心のお金がない。
昔に工場の大型の機織り機を見せてもらったことはある。だが、機構が複雑すぎて俺にはよくわからなかった。
ベッドの上に寝転がりながら、机の上に積まれている二つの糸の束を見る。
材料はあるのに肝心の道具がない。
こんな時頼りになるのはマリーだが、彼女は今父親の手伝いで大忙しだ。なんでかというと年に一度の狩猟祭が近づいているからだ。
ノノべ村の住人は基本的に森に住む魔物の狩猟で生計を立てている。狩猟祭とは森にいる全ての生き物に感謝を捧げて、一日を通して開かれるお祭りだ。
いつもに比べて村の外から来る商人の数も増えるし、露店も出る。普段はお目にかかれない魔道具などが出品されるときもあるらしい。去年は家に居たので俺も詳しいことはよくわからない。
でもいくら珍しいものが入って来るって言っても、機織り機は入ってこないだろう。
かつて見たやつは二メートル四方のもので、とてもじゃないが持ち運べるような大きさではなかった。
俺は諦めてとりあえず糸だけを集めることにした。
布に加工できる目処は立ってないが、材料を用意しておいて損はない。
「…やるか。」
ベッドから立ち上がり、俺は雑草を集める為に部屋を出た。
「マリーこの書類はもうチェックしたかい?」
私は運び込まれた積み荷の検品を中断して、義父の声がした方を見る。その手には先ほど確認を終えた書類が握られていた。
「はい。先に済ませておきました。」
「ありがとう。その検品が終わったら、休憩にしよう。」
「わかりました。」
私は短く返事すると、木箱の中に目を落とす。中身は今度の狩猟祭に使われるものばかりだ。この倉庫の中に置かれている木箱の半分近くが狩猟祭で使うものになる。中には屋台の建材や、垂れ幕など様々なものが入っている。
「さて、もう少し。」
私は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、手元の書類に書かれたものがちゃんとあるか確認していった。
「ん、んー!」
一仕事終えた私は、家の庭に置いてある椅子で休憩していた。普段だったらこの時間帯は子供たちの相手をしている。しかし、狩猟祭が近いのでそんな暇は中々確保できない。
「ルー君…」
つい数日前までルー君の本作りを手伝っていたのが懐かしい。最初はすぐに飽きるかと思ったのに気が付けば何か月も植物のことを記録し続けていた。完成した本はルー君に預けてあるが、読みたくなったらいつでも貸し出すと言ってくれた。律儀な子だ。
「はぁ…はぁ…」
私は変な息遣いを聞いてすぐに身構える。庭の外から聞こえてきた。ここ一年、子供たちと遊んでいても変な視線を感じることがある。もしかしたらそいつが来たのかもしれない。
少し怖いが、私は相手が誰かを確認するために少しづつ回り込んでいく。相手の息遣いはまだ聞こえている。
徐々に相手の姿が見え始める。思ったよりも小さい。しゃがんでいるのだろうか。
「キツい…」
キツい?
向こうは今私のことを見ているはずだ。なんでそんな言葉が出てくるのかがわからない。
私は何かがおかしいと思い。すっと顔を出してみる。
そこにいたのはたくさんの大きな草を抱えたルー君だった。
「ルー君!今度は何してるの!」
「え?あれ、なんで、ここに…?」
「ここ私の家だよ?」
「ああ、やっとここまで来たのか…」
私はルー君が持っていた草を受け取り、庭に招き入れる。椅子に座らせて、顔の汗を拭いてあげた。よく見たら手も泥だらけだ。ルー君はそんなやんちゃなことをする子じゃない。何があったのか聞いてみることにした。
「で?今度は何をするつもりなの?」
「いや、ちょっと糸を調達しようと思って。」
話を聞いたところによると、今度は自分の鞄を作ろうとしているらしい。その布用の糸を用意するために、こんなにたくさんの草を運んでいたとのことだった。
「それぐらい私が用意してあげるのに…」
私がそうつぶやくとルー君は首を横に振る。
「マリーには本作りでもう十分すぎるほど協力してもらったよ。ここからは俺一人でやりたいんだ。もうこれ以上マリーに迷惑をかける訳にはいかないから。ありがとうね。気持ちだけもらっておくよ。」
ルー君はそれだけ言うと、草を抱きかかえて、一人で家に帰っていった。
それと入れ違いになるように義父が家の中から顔を見せる。
「マリー、そろそろ再開しようか。」
「あ、はい。わかりました。」
そう返事だけはしたものの、私はルー君のことが気になって仕方がなかった。 せっかく私に心を開いてくれたのかと思っていたのに、少し遠ざけられた気がした。
「ルー君…」
できればすぐに後を追いたかった。そして、私もまた手伝いたいと言いたかった。でも、私にもやらなければいけないことがある。
ルー君への気持ちを抑えて、私は倉庫の方に歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます