第14話 本

 本の装丁を途中までやった翌日。俺は再び、マリーの家を訪れていた。俺は家の扉をノックして、誰か出てくるのを待つ。少しすると、家の中から誰かが玄関に近づいてくる足音がした。

 玄関の扉を開けてくれたのは、やはりというかなんというかマリーだった。

「ルー君いらっしゃい。ちゃんと机の上のやつは触ってないからね。」

「マリーおはよう。じゃあ、今日で完成させちゃおうか。」

「おー!」

 マリーの机まで行くと、昨日と同じ状態の作りかけの本が置かれていた。特に変形とかもしていないし大丈夫のようだ。

 俺は重りを外すと、続きの作業にとりかかる。本の装丁というのは糊でくっつけてハイ完成という訳ではない。厳密にやるといくつもの工程に分かれ、それぞれで正確な作業が求められる。今回は依頼されたわけではなく、自分用のものなのである程度は妥協している。しかし、それでも最低限本の形にするにはどうしても一日時間を空ける必要があった。

 昨日の段階で寒冷紗を貼ったり、花切れを貼ったりはもうやっておいた。今日は表紙を作るところからだ。

 クロスボール紙という固めの紙を使って、それを糊で貼っていく。

「ねえ、ルー君。」

「どうしたの?」

「ルー君はどこで本の作り方なんて覚えたの?」

 急に俺の核心を突くような質問をされて、俺は一瞬作業の手をとめる。だが、その質問が飛んでくることはある程度予想がついていた。なので俺は予め用意しておいた答えを言う。

「前に村に来た商人の人が教えてくれたんだよ。」

「へぇー。そうだったんだ。私も覚えた方がいいのかな…」

「マリーは別に覚えなくていいんじゃない…?使う機会もそうないだろうし。」

 作業を再開して、ヘラを使って糊を適量塗っていく。そして、暗めの赤色の紙でクロスボール紙を挟んでいく。これで外側は完成だ。

 最後に本文と表紙を糊でくっつける。そして、背表紙と表紙の間に『いちょう』と呼ばれる溝を入れて完成だ。

「ふぅ…できたよ。」

「わぁ…!見せて見せて。」

 俺は完成したばかりの本をマリーに手渡す。本のタイトルなどは昨日の内に書いておいた。

「へぇー。ノノベ村周辺の植物図鑑1 原本、かぁ。本当に本ができちゃった。いやぁここまで長かったね。ん?これって…」

 使った道具を片付けていると、マリーが顔を寄せてくる。

「ねぇルー君。著者に私の名前もあるけどいいの?」

マリーが指さしたところには『著者 ルーカス・リーヴァイス、マリアナ・ファラガ』と書いてあった。

「ああ、それね。実際マリーに書いてもらったページもあるし、ちゃんと明記しておかないといけないから。それであってるよ。」

 マリーは著者の名前をまじまじと見つめながら微笑む。

「そっか。私の書いた本でもあるんだね。そう思うとちょっと嬉しいかも。」

 俺は椅子から降りて、本を持っているマリーを正面から見る。

「マリー、ここまで色々ありがとう。マリーがいてくれたからこの本は完成したんだ。これから俺にできることがあったら言って欲しい。力になるよ。」

 俺はそう言ってマリーに頭を下げる。この感謝の気持ちは俺の本心だ。彼女がいなかったら紙も手に入らなかったし、本として仕上げることもできなかった。

「そ、そんなまっすぐ言われるとちょっと照れちゃうけど…うん。わかった。私が困ったときはルー君に助けてもらうね。」

 俺はその言葉に頷く。

 彼女には大きな借りができてしまった。俺は必ずいつか返すと誓って、マリーから本を受け取った。


「ああ、キツい!」

 本を完成させた俺が次に取りかかったのは雑草集めだ。正確にはある程度の大きさがあり、且つ繊維がしっかりした草を集めていた。

 本に書いてあるものから目星をつけて、草を引っこ抜いては家の庭に持っていくことを繰り返していた。道行く人には「草刈りありがとうねぇ。」とか言われてしまった。当然だが、草刈り自体が目的ではない。

 村周辺の情報をある程度手に入れた俺は次のやることを考えてあった。それは今後森に入るにあたって必要な道具を揃えることだ。

 そして、その一つ目に選んだのが採取用の袋だった。

 俺の家はそれほど裕福ではない。布一枚すらも服からぞうきんから余すことなく使っている。そんな我が家に俺が自由に使える布なんてこれっぽっちもなかった。

こうなるともう本の時と同じだ。ないなら自分で作るしかない。

そのためにはまずは大量の紐が必要だ。そして、お金をかけずに俺が大量に用意できる紐の材料はこの草だけだ。

 本当ならマリーにも手伝って欲しかったが、彼女は他の子供の相手もしなければいけない。つまり彼女は結構忙しい身なのだ。

 俺はある程度の量を運び込むと、近くに落ちていた手頃な石を使って、草から繊維以外の部分をそぎ落としていく。

 だが、これが中々の力作業なのだ。人がいないうちに身体強化のの魔法をかけておいたが、それでもなおキツい。

 そもそもこれは子供がやるような作業ではないのだ。石と石で草を挟んで、押さえながら草を引っ張る。単純な力作業故に、基礎体力の低さが諸にでていた。

 本を作るときは基本的に力作業はほとんどない。

 確かに本作りは時間がかかる作業ではある。

 だが、逆に言えば時間さえかければ子供の体でもできることだった。

 今回は時間よりも力がいるパターンだ。

「はぁ…はぁ…もう無理。」

 なんで子供の体とはこうも弱いのか。

 これは本の作業以上に長期戦になりそうだった。

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