第33話 第二の衝突

「ロングラン、待ってくれ、彼らを下手に刺激するのは良くないかも知れない」


「なんだ、何か知っているのか?」


 未だ彼らの姿は見えないが、何となく俺も気配を感じられるまでになった。恐らく相手側もこちらの存在に気が付いて警戒しているのだろう。双方ともに茂みを隔てて、視界に収まらないまま、気配のみが察知可能な範囲で留まっている。


「まったくあてがない訳ではない。相手側の数は分かるか?」


「恐らく二つ」


「ならば、さきほど出会った姫と騎士かも知れない」


 すっかり存在を忘れていたが、そもそもこの物語はルルーゼと彼らとから始まったのだ。ここらで彼らが再登場しても何の疑問もない。


「となると、知り合いか?」


「いや、だが恨まれてる可能性は高い」


 状況も分からないうちから、俺はルルーゼを守る為に彼らに力を向けた。彼らからすれば、悲願を達成する直前で訳の分からぬ者が邪魔をしたのだ、恨まれているに違いない。


「ならば敵だな」


「……えっ?」


 想像だにしていなかったロングランの返答を前に、俺はぽかんと口を開けた。ロングランは俺とは正反対に、やはり真面目くさった表情を見せる。


「いいか、貴様は強力ゆえか甘い所がある。俺たちに余裕はない。この状況を考えろ、味方でなければ敵だ。この世界がどういう所かは未だ分からないが、生き残る為には勝たねばならぬ。先手を取るぞ、援護に回れ」


「い、いや、ちょっと待っ……」


 ロングランは不敵な笑みを見せると、身を反転させて前進を始めた。呼び止めようにも、大声を出してしまっては元も子もない。俺は仕方なくロングランの背を追いながら、身をかがめて木立の合間を縫って進んだ。ロングランにはもう相手の位置が分かっているのだろう、決して素早くはないが、迷いない足取りで進んで行く。


 一瞬の静寂が差し込んだ。俺はそこから少しばかり睨み合いが続くかと思っていたが、事態は唐突に動いた。


 すぐ前方で、軽やかな音と共に、木上に一つの黒い影が舞い上がった。騎士だ、白銀の軽装具をきらめかせ、ロングランを目掛けてまっすぐに向かってくる。予め木に上っていたのだろうか、その登場は全く俺の予想外で、とても援護のしようがなかった。


「ロングラン!」


「分かっている!」


 ロングランは急ぎその場から退いて攻撃を避けると同時に、杖を相手に突き立てて何事か呟いた。騎士は軽々と着地したのち、ためらわずに鋭い剣先をロングランに向ける。だがその切っ先はロングランには届かなかった。ロングランの手前で剣の先端が動きを止めたかと思うと、次に鈍い反響音が轟いた。その音を契機に、騎士とロングランは弾かれたように距離を取る。 


 そして、一呼吸置いたのち、同じタイミングで同じ言葉を発する。


「誰だ、貴様!?」


 分からないでもない。ロングランからすれば確かに相手は不明の敵。そして騎士はといえば、おそらく俺の姿を想定していたはずだ。そこに謎の野暮ったい魔導士が現れたのだから、いかんともしがたいだろう。


「ふん、誰かは知らぬが、なかなかに鋭い斬撃だ。踏み込みも良い」


「貴様こそ、我が剣を受け止めただけではなく、そのまま反射による反撃さえ仕掛けようとは、面白い奴よ」


「……良かろう。互いに相手にとって不足なし、といったところか」


 二人は視線をそらさず、じりじりと木々を挟んで歩み寄る。


 やがて。


「はっ!」


 水を打ったような静寂の後、騎士が高らかな発声と共に剣を振り上げた。ロングランは身を翻して騎士の右手側に回り込むと、杖を高々と掲げた。


「くらえ、我が秘術!」


「ぐぉっ!」


 目立った視覚効果はない。だが、鈍い物音と共に、騎士の体が崩れ落ちた。よく分からないが、凄まじい重力に耐えているようで、騎士の足元が土にめりこんでいる。身を屈め、その場に倒れないように踏ん張っている騎士の様子が見て取れた。


 しかし、それで終わる騎士ではなかった。騎士は態勢を崩しながらも、滑り込むように身をねじって重力空間から抜け出すと、再び猛然とロングランに斬りかかる。


「素晴らしい魔法だが、魔力にムラがあるようだな、覚悟っ!」


「そう、その位置だ」


「なにっ!」


 予めロングランが重力の逃げ場を仕掛けていたのだろうか、騎士が移動した先を目掛けて、光球のようなものが四方より発射された。


「はぁっ!」


 だが騎士も負けていない。その場で見事な回転斬りを放ち、一瞬のズレもないまま、四つの光球を消し飛ばした。


「何とっ! あれらを同時に打ち払ったというのか!?」


 しかし、ロングランの顔は悲壮に満ちていない。それは相手に敬意を払い、力を認めている表情だ。ロングランの(単純な)性格を考えれば、予想出来なかったものではない。


 ……俺はその状況に既視感を覚えた。こうなると続く流れが容易に予想出来る。相手の騎士も、結局は男の子なのだろう。


「そちらこそ見事なものよ、これだけの魔法を使う奴はそうそういない! さぞや名のある者だろう」


「我が名はロングラン、その身に刻み込め!」


「私はダルグレン、そちらこそ、我が名を忘れるな!」


 ダルグレンと名乗った騎士は、実に爽やかな笑顔でロングランに応えた。そして互いに満足してしまったのか、双方ともに武器を収めてしまった。


「ちょっとちょっと! どうしたのよあなたたち」


 やはりというか何というか、すかさずどこからか現れた姫君がツッコミを入れる。それを確認するや、俺も自分の役割を思い出し、草陰を抜け、ゆっくりと陽だまりに向かって歩を進めた。

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